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魔法少女パンデミック【試作短編版】

作者: 往復二万円

 彼が「墓守」としての仕事を始めた理由は、自分と同じような患者に対する同情心が原因だった。


 病気を患った人間の死因は概ね自殺。病そのものの致死率はゼロだが、患者の大半はその病気を患うと悲観的になり、深く絶望した者は自ら命を経ってしまう。


 この村の現状も、そういった経緯によって生まれたのだ。


 村は、「灰色の園」と呼ばれていた。


(…………)


 黒いローブをまとった小柄な「墓守」は、手首を掻っ切って死に絶えた少女の遺体を発見する。遺体は枯れ木にもたれかかっていた。手首から溢れ出た血は、近隣の雑草を赤く染色している。


「墓守」は片膝を地面に落とし、覗き込むように少女の顔を見つめた。そして僅かに開いている虚なまぶたを、自分の指でそっと閉ざす。


「また、一人」


「墓守」はか細い声で呟く。その声色は幼かった。


 あたりには濃い霧が立ち込めている。目を凝らしても付近の森の影しか見えない。「墓守」は周囲を詳しく確認するべく、ローブのフードを頭から外した。「墓守」の顔が顕になる。


 その顔は、遺体の少女の顔と瓜二つだった。




 ◾️◾️◾️




 原初の魔法少女「銀うさぎ」が姿を現してから三年。


 三年もの間に世界は大きく変わった。


 悪名高き「銀うさぎ」は日本を中心に魔力をばら撒き、たった一年で世界中に魔力が拡散した。


 魔力は人間を老若男女問わず、魔法少女へと変貌させる。


 そう。感染者は「魔法少女」と呼ばれている。


 魔法少女という名称は、パンデミック最初期に日本のマスメディアが面白半分で名付けたとの話である。


 既に、所以など誰も気にしていないが。


 現時点でおいて、魔法少女は蔑称に値する。


 魔力を介して人間を魔法少女に変身させる奇病を、人々は「魔法少女病」を命名した。


 拡散した魔力は疫病の如く、人々を強制的に魔法少女へと変貌させた。


 魔法少女病を皮切りに、現代社会の秩序を崩壊させかけた魔法少女パンデミック。数多の災厄・混乱・絶望・殺戮をもたらした魔法少女は、もはや蔑まれる対象に他ならない。


 不穏の象徴――「魔法少女」という概念にそのような評価が下されようとは、誰が想像できただろうか?


 華やかで平和的なエポックとして発祥し、日本国民を中心に万人から受け入れられていた魔法少女。そんな魔法少女が日本のマスメディアによって歪められ、恐怖の対象として人々に認知されてしまったのは、悲劇としか言いようがない。


 重ねて詳細を説明すると、魔法少女は見た目は少女だが、身体の情報は人間のそれと大きく異なる。たまたま見た目が少女に似ているだけ。そのように語る学者も、中にはいる。


 人間と全く異なるのは、魔法少女になった段階で、その人物は生殖機能を失うという点だ。変身する過程で性器は去勢され、()()()()()()()()()()()()()


 これは人類にとって、最悪の事実であった。


 最悪の場合、魔法少女病はヒトという種族を根絶させてしまう。


 魔法少女病は死に直結する病ではない。致死率は皆無に等しい。しかしながら、社会秩序を大きく崩しかねない脅威の疫病であるのは、紛れもない事実である。


 その疫病の発生源…それこそが魔法少女。


 魔法少女パンデミックの猛威を止めるのは不可能だった。


 だが……現時点はまだマシとも言える。


 全ての元凶である「銀うさぎ」は、二年もの間行方不明になっているのだから。




 ◾️◾️◾️




 灰色の園はベルギーの一画にある。


 ベルギーは日本から遠く離れた西ヨーロッパ諸国だが、「墓守」の居る村は諸事情によってパンデミックに巻き込まれてしまった。


 それは、村が「灰色の園」と呼ばれるきっかけとなった。


(…………)


「墓守」は遺体をお姫様抱っこの要領で持ち上げ、一人ひたすら霧深い草原の中を歩いていた。


 自分が運ぶ遺体も、元々が何者であったのかはもはや分からない。男か女か。老人か子供か。ただ姿が変わってしまっただけの少女だったのかもしれない。たった一つ分かっているのは、この自殺者も孤独に苛まれながら無念の死を遂げた……その事実だけだ。


 別に珍しい話では無い。「墓守」は同じような遺体を何度も引き取り、埋葬してきた。


 既に全世界三億人もの人々が魔法少女病に感染し、魔法少女に変身してしまっている。現在、世界保健機構は感染者を元の姿に戻すべく治療法の解明を試みているが、暗中模索の状況にある。


 いや、事態は何一つ好転していない。そう言っても過言ではない。


 魔法少女に対する差別は日に日に増していく。医療機関が豊富な国は魔法少女に対する保護を行なっているが、「墓守」の住んでいる村はそれに該当しない。


 灰色の園と呼ばれている村だ。


 既に神の加護は断ち切られているのかもしれない。


「墓守」の瞳が赤く光る。


 微かに鈍くきらめいたその光は、眼前にある濃い霧を吹き飛ばした。


 これこそが、魔法少女の能力。


 魔力を介した超常現象。人間の思考によって形式化された魔力の在り方を、人々は単純に「魔法」と呼んだ。


 魔法を受けた人間は、ほぼ確定で魔法少女へと変身を遂げる。魔力を介するのだから当然の事例である。故に、強力な魔法を使用した場合、発生するパンデミックの規模は計り知れない。


 最もな被害を引き起こしたのが、原初の魔法少女「銀うさぎ」。


「銀うさぎ」が人類全員から憎まれる理由は、そこにある。


 しばらく「墓守」が歩くと霧が晴れていき、大きな建物が見えてきた。


 霧に隠れるその建物は、古びた教会。教会の周囲には枯れ木で作られた十字架が無数に突き刺さっている。中には倒れた十字架もあり、その側には決まって大穴が掘られている。


「墓守」が瞳を光らせると、遺体は「墓守」の手を離れて浮遊し始めた。遺体は空中をゆっくりと移動し、そのまま穴の中へと配置される。


 あとは石灰を遺体に撒き、土で埋めるだけ。


 いつも通り。いつも通りの作業だ。


「村長さま」


 呼びかける声が聞こえる。「墓守」はその方向を見る。


 そこには「墓守」や遺体と同じ顔をした人物が立っている。ボロボロの服を着用する魔法少女だった。


「ランポかい?」


「はい。これをお持ちしました」


 ランポという名の魔法少女は、石灰の入った袋を重そうに抱えていた。「墓守」は右掌を石灰に向ける。すると袋は浮遊し、「墓守」の手元に引き寄せられていった。


 空中で袋をキャッチする「墓守」。足元に袋を置いた。


「ランポ。君は魔力を使えないのだから、無理をしてはいけないよ」


「でも、村長さま。僕も手伝わせてください」


「村の人たちと一緒にいなさい。それに、私は村長ではない。ただの墓守さ」


「いえ、アナタは僕たちのリーダー…。アナタのおかげでボロボロになったこの村は立ち直ったんです。他の人たちも、アナタを村長として歓迎してます」


「私は上に立つ器では無いよ」


 どこまでも謙虚な「墓守」だが、彼には苦い記憶がある。最近の記憶で、一生忘れられない苦痛だ。


 それを考えると。どこまでも自分が非力に思えてくる。


「ただ、少しでも村の為に尽くせれば……そう思ってるだけだよ」




 ◾️◾️◾️




 人類に根深い差別をもたらしてきた疫病。そのうちの一つ…有名なものに「らい病」がある。またの名をハンセン病と呼ぶ。


 古代より業病として恐れられたその病は、感染者の容貌を著しく歪め、身を腐らせ、耐えがたい偏見を生み出した。激しい苦痛が伴う病だが、感染者にとって最大の痛みは、他者から差し向けられる差別意識だったはずだ。


 偏見・差別はどの時代においても必ず発生する。


 灰色の園にてパンデミックを引き起こした日本人も、同様の差別に苦しめられていた。


 日本の真夜犬市に出現した「銀うさぎ」は、感情の赴くままに魔力を振るい、大規模な魔法少女パンデミックを引き起こした。


 その人物は「銀うさぎ」の魔法に巻き込まれ、レベル4の魔法少女に変身した。


 当時の日本政府は魔法少女病の混乱を防止する為、感染者を半強制的に治療センターへと軟禁した。医療機関がパンクしかねない強引な政策であったが、パンデミックを抑制するには高姿勢な対応をせざるを得なかったのだ。


 後に灰色の園に訪れる事となるその男も、治療センターに入院した患者の一人だった。


 しかしそんな彼を待っていたのは、治る目途の無い奇病との戦いと、未感染者から届く理不尽な誹謗中傷。


 魔法少女病は魔法少女と接触した場合の感染率が極めて高い。レベル4魔法少女と断定された男が目の当たりにしたのは、自身を煙たがる冷たい視線の数々。


 平和だった男の日常は、一転して地獄と化した。


 好転しない状況に心身をすり減らした男は、悲観的な思考から大規模な魔法を発動し、遠方に瞬間移動したのだ。


 気が付けば、男はベルギーにまでたどり着いていた。どうやって移動をしたのか、彼は理解できなかった。


 男はうろたえながらもベルギー国内をさまよい、後に「灰色の園」と蔑まれる村へとたどり着いた。男は徹底的に蔑視された。魔法少女病の恐ろしさはベルギー国内…そして村においても伝わっていた。「銀うさぎ」の顔も全世界に割れている。「銀うさぎ」と瓜二つの顔をする者が差別されるのは、悲しいが必然だった。


 もしかすると、男は日本から離れれば自分に対する差別が薄まるかもしれないと、考えていたのかもしれない。しかし現実は甘くなかった。


 深い絶望を抱いた男は、村中に魔法少女病を広めてしまった後、自らの脳を破壊して自殺した。


 彼の影響でベルギー内の一つの村が崩壊し、荒廃した村は後々に灰色の園と呼ばれるようになる。


 灰色の園は差別に苦しんでいる。


 一連の悲劇は、差別が蔓延した結果である。


 悲劇は今なお続いている。




 ◾️◾️◾️




 銀色に輝く存在が、「墓守」の眼前に出現した。


 突然の出現だった。


 鈍くきらめく銀色のパーカーとホットパンツを着用した少女。パーカーはウサギを模している。その人物の顔つきは「墓守」やランポと同じだった。


 最大の特徴は、腰のあたりから生えた輝く翼。あまりにも眩しいのに目をつむらずに視認できる、異質な翼だった。


 間違いなく魔法少女だ。だが、「墓守」が出会ってきた魔法少女とは根本的に異なる。


「墓守」は半ば確信しつつ、口を開いた。


「……『銀うさぎ』とは、君のことだね」


 魔法少女は僅かに驚く。そして「墓守」と目が合った。


《――僕を知ってるんですか?》


「墓守」は咄嗟に自らの頭を抑えた。音声が頭の中に直接流れ込んできたからだ。その声色は、少年の声質そのものだった。


「どうして、頭の中に…」


《言語を越えて思念を伝えられる。僕はベルギーの言葉を話せないから…》


「まさかこんな事が…」


《魔法は万能なんです。知っての通り、危険ですけど》


「墓守」の隣に居るランポには、「銀うさぎ」の声が届いていない。それ故にランポは「銀うさぎ」と「墓守」のやり取りを把握しきれていないようだ。側から見れば、「墓守」が一人で話しているように見える。


 冷静さを取り戻した「墓守」は、「銀うさぎ」に話しかけた。


「君が……原初の魔法少女?一番初めに『魔法少女』と名付けられた少年だというのか?」


《はい》


「君は二年前に姿を消したと聞いていた。死んだという噂も立っていた。なぜ君は突然この村に訪れた?」


《僕は…強力な魔法少女に会いに来たんです》


「強力な…魔法少女?」


《アナタも魔力が強いけど……違います。僕が会いたいのは、もっと強力な人です。そう――ここでパンデミックを引き起こしてしまった人。その人に会わせてください》


「残念だが…彼はもうこの世にいない。自ら命を絶ってしまった」


《……そうですか》


「なぜ彼を気にする?知り合いなのか?」


《いえ。ただ……その人が発生源ジェネレーターの可能性があるから、確認したかったんです》


「彼はパンデミックの発生源だった。おかげで村は廃れたよ。争いも起きた」この時の「墓守」の目には怒りが宿っていた。「――君のせいだろう?『銀うさぎ』」


《僕のせいです》「銀うさぎ」は即答した。《僕が不幸をばらまいた。この事実は変わりません》


「この村で何が起こったと思う?大規模な魔法少女パンデミック……それに伴う過激な感染防止政策さ。我々は望まずに魔力を得て、理不尽な差別を受けた。その結果がこの村の有様さ」


「墓守」は森に向かって指を差す。


「この先に私たちの村がある。今は灰色の園と蔑まれているがね。それでも、今の私たちの故郷である事実に変わりはない」


《…………》


「こんな事になるなんて、夢にも思わなかったよ。君はどう思うんだい?『銀うさぎ』」


「銀うさぎ」は申し訳なさそうに俯く。「墓守」は息が詰まった。「銀うさぎ」の表情からは懺悔の念を感じ取れた。元々、「墓守」は破壊された教会の神父であった。罪を悔いている人間の心情は読み取れるつもりだ。


「銀うさぎ」は、自分が罪人だと自覚している。


《……僕は》


「銀うさぎ」は語り始めた。


《僕は世界中に憎悪をばらまいた》


「…………」


《僕も意図せず魔法少女になりました。そして魔力を用いて……自己満足の為に暴れまわった》


「それが……君の過去かい?」


《特別な理由は何もありません。人間が誰もが持っている怒り……それをひたすらに発散させたいと思っただけです》


「今は思っていないのかい?」


《はい》


「どうして変わった?」


《親友のおかげです》


「親友?」


《…………》


「銀うさぎ」は話を切り替えた。


《教えてください。発生源の魔法少女はどこに埋葬されているんですか?》


「そこだよ」「墓守」は指を差す。そこには他の墓と同様、木で作られた十字架が建てられている。「彼の墓だ」


《分かりました》


「銀うさぎ」はそう言うと、目的の墓に向かって歩き出す。


「何をする気なんだ?」


「墓守」が「銀うさぎ」に質問を投げると、彼は答えた。


《彼を媒介にして広まったこの地の魔力を、根こそぎ回収します》


 目を見開いて首を傾げる「墓守」。


「なに…?」


《魔力は目に見えない枝のようなもので繋がっているんです。根が成長するように、魔力は次々と広がっていく。これが魔法少女病の真実です》


「君はそれを最初から知っていたのか?」


《知りませんでした。天使から詳細を聞くまでは……》


「天使…?ふざけているのかい?」


《とんでもありません》


「銀うさぎ」は「墓守」の方を見る。


《僕は根を張り巡らせてしまった。世界中に魔力が拡散してしまっている状態です。僕は……魔力を全て回収して、魔力の痕跡を無くしたい》


「…………!」


《そうしなければ、人類に未来はありません》


「魔力を回収したら、私たちは元の姿に戻れるのかい?」


《残念ながら…不可能です。変わってしまったものを、元通りにする事はできません》


「…………」


《ですが、魔法少女パンデミックを止める事はできます。なので遺体から魔力を回収します。そうすれば、アナタたちは魔力を失う》


 黙り込む「墓守」。二人のやりとりを理解できないまま目にしていたランポは、「墓守」に話しかけた。


「どうされたんですか?」


「墓守」はランポを見る。ランポはおののいた。「墓守」は苦悶の表情を浮かべている。




「墓守」は「銀うさぎ」の方へ振り向くと同時に、瞳を光らせた。




「銀うさぎ」の隣に白い光が発生し、彼は遠くに突き飛ばされる。「銀うさぎ」は雑草に転がり落ちた。


「そ、村長さま!?」


 驚くランポ。間違いなく、「墓守」は「銀うさぎ」に対して攻撃を行なった。「墓守」の魔法を何度も目撃してきたランポは確信できた。


「どうしてあの人に攻撃を!?」


「墓守」は悲痛の面持ちを浮かべている。


「……ランポ。彼は私たちから魔力を取り除こうとしているんだ」


「え?それって良いことじゃ…?」


「世の中、不公平なものだよ。魔力は我々に不幸をもたらした。だが……その魔力は現在、外からの差別に対する抑止力となっている。この村の戦争が終わった事由でもある。魔力を失ったとしても、私たちの身体が元に戻る事は無いんだ」


「――!?」


「つまり……差別は無くならないまま、私たちは無力のうちに過ごさなければならなくなる」


「そんな…」


 愕然としたランポは、膝から崩れ落ちる。絶望的な事実を心に刻み込まれてしまった。


「僕たちは一生この姿でいなければならないんですか?」


 うつむく「墓守」。しかしすぐに顔を上げる。


「歯痒いが、魔力さえあれば外部への交渉を続けられる。今後永遠に蔑まれていくとしても、何の抵抗もできないまま死んでいくのだけは、何としても避けなければならない」


「村長さま…」


「この村は、我々が死ななければかつての風景には戻らない。だからといって、死ぬわけにはいかない。私たちにはこの地しかない。灰色の園は……灰色の園のままで在り続けるべきなんだ」


 雑草に転がっていた「銀うさぎ」だが、手足も介さないまま浮遊して起き上がる。彼の腰に付属する翼が作用したのかもしれない。


「墓守」は臨戦態勢を執る。


「すまない『銀うさぎ』。私たちにとって、魔力は善悪を越えた特別な価値がある。君に奪われるわけにはいかない」


《…………》


「銀うさぎ」の身体が銀色に強く輝き出す。


 彼の服は煙のようにうごめき始めた。


 フードから生えたウサギの耳の部分は触手のようになり、襟の左側から眼球が露出する。露出に合わせて服の胸元に裂け目ができ、そこから赤い光がこぼれた。両手は袖に覆われ、饅頭の如く丸々しい、無機質な形状となった。ホットパンツは伸長した服に隠れ、下半身は新しく造り変えられる。


 変身が完了したのだ。


 おののく「墓守」とランポ。「墓守」は自分が敵対しようとしている相手が、絶大な能力を秘めている事実を察する。


《ごめんなさい》攻撃を受けてもなお、「銀うさぎ」は「墓守」に対して謝罪した。《ですが、人類を救う為なんです。ここで挫折してしまっては…全てが台無しになるから――》


「銀うさぎ」は丸々とした右手を元の形状に戻し、足元に放置されていた木の棒を手に取る。「墓守」が十字架を作るべく集めていた物だ。


「それを持ってどうする気だい?」


《敵意を込めた魔力は、攻撃的な性質になるんです。僕は……魔力を攻撃の為には使いません》


「まさか、木の棒で闘うつもりなのかい?」


《はい》


「こちらは容赦しないよ」


「墓守」が瞳を赤く光らせると、「銀うさぎ」の足元に魔法陣が出現した。赤い瞳と同じ色の魔法陣は、超常的な力で「銀うさぎ」の動きを停止させる。


《――!》


「魔法は使い慣れてるのさ」


《重力制御…》


「そう。物の運搬においては最良の能力」


《レベル3にしては…威力が強い。かなりの執念を感じる》


「私は地獄の火に焼かれても構わない。この村の未来の為ならば殺人も犯そう」


 魔法少女VS魔法少女。闘いは地味だったが、「墓守」は間違いなく「銀うさぎ」を殺そうとしていた。彼は「銀うさぎ」の破壊を目論んでいたが、魔法陣は亀裂してバラバラに砕け散る。


「な――」


 目の前から消失した「銀うさぎ」は、「墓守」の背後に立っていた。


《すみません》


 そして木の棒を「墓守」の頭へ振り下ろす。


 鈍い音が響く。


「墓守」は殴られた衝撃で気絶した。


「そ、村長さまっ!」


 青ざめたランポ。倒れた「墓守」の下へ駆け寄る。


「銀うさぎ」は暗い表情を浮かべている。彼が木の棒を放棄すると、右手は瞬く間に無機質な倒卵形へと変形した。


《……命に別状はないよ》


 ランポは頭を抑える。先程の「墓守」と同様である。言語が頭の中へそのまま流れ込んできた。ランポは「銀うさぎ」を見た。


「急に声が……?」


《その人ともテレパシーで話をしていたんだ。君は…僕とそれほど年齢が変わらないね》


 ランポも「銀うさぎ」の正体が少年だと把握している。


「……僕たちから魔力を奪うの?」


《うん…。そうしなければ、人類が滅びるんだ》


「滅びる…?パンデミックで滅びるってこと?」


《これからもっとひどくなる。その前に…僕の方で魔力を回収しなきゃいけない》


 堪えてきたランポだが、ここに来て一気に涙ぐむ。


「ひどいよ……無責任だ」


《――?》


「僕らをこんな姿にしといて、人類の為に戦う?メチャクチャじゃないか。君……どれだけの人を不幸にしたと思ってんの?」


《…………》


「僕たちは……絶対に君の事を許さないから」


《……罪は償うつもりだよ》


「銀うさぎ」はレベル4魔法少女が埋葬されている墓の前に立つ。そして饅頭のように無機質だった右手を元の形状に戻し、掌を墓の方に向けた。


《僕の命をかけて》


 枝分かれした魔力を遺体から観測した「銀うさぎ」。広げた掌を握りしめ、草を抜くように遺体から魔力を引き抜く。分離された魔力は「銀うさぎ」に吸収される。すると、灰色の園に居る魔法少女に宿る魔力が完全に消失した。


(――!?)


 ランポは戸惑いながら自分の身体を触る。秘められた力が無くなったような気分に陥った。


《もう、君の中に魔力は無いよ。この人(墓守)も他の人も……魔法少女じゃなくなった》


 ランポは震えながら、自分の顔を両手で覆う。「墓守」が話した通りの結果になった。魔力が無くなっても、自分たちは魔法少女の姿のままだった。


「あぁ…あ…あぁ……!」


 嗚咽し始めるランポ。「墓守」は魔力の消失に気付かないまま気絶している。


《……病気には悪影響が伴う。治療し終わったとしても、後遺症が残る病気はたくさんある。その点を鑑みると……魔法少女病っていうのは……人類史上最悪の病気だと思う》


 ランポは罵倒する。


「他人事みたいに言うな!君のせいなのに!」


 罵倒を受け止めた「銀うさぎ」は頷いた。


《そうだよ…。だから償わせてください。許されないのは分かってるけど……僕だけが魔法少女パンデミックを防げるから。それに……君たちはもうパンデミックを引き起こさずに済む》


「――!」


 それから先、ランポは口を開く事は無かった。


「銀うさぎ」も、以下の台詞を告げる事しかできなかった。


《差別や偏見に勝てるのを――願ってます》


 そう言い残して、「銀うさぎ」は灰色の園から消えた。


 平和となった灰色の園には、静寂のみが残った。




 ◾️◾️◾️




 ベルギーではない他国の草原地帯を、「銀うさぎ」は一人歩いていた。


 既に戦闘形態を解いており、衣装はパーカーとホットパンツの状態である。


《辛いか?》


「銀うさぎ」の腰に付属している天使が、「銀うさぎ」当人に話しかけてきた。灰色の園での「銀うさぎ」のように、彼の脳内に直接言語を送り込んでいる。


 天使についての説明は、現時点においては控えておこう。


《貴様……戦う度に精神をすり減らしている》


 天使は「銀うさぎ」に対し、心の衰弱を指摘した。「銀うさぎ」は弱々しく笑うと、天使に対して返事をした。例によって、独り言のように見える。


「……大丈夫。平気」


《ムラン=コテラの痕跡を地道に回収するしか方法は無いとしても――やはりいささか難儀であるな。貴様自らが不幸にしてきた人間の末路を、貴様は俯瞰して見続けなければならない》


「命令したのは君じゃないか…。僕は地球全体に干渉して、一斉に魔力を回収したかったのに…」


《大規模な魔力の行使は、失敗した場合の悪影響が激しい。最悪の場合、残りの人類全員に魔力が伝染してしまう。前にも説明したはずだ》


「だからこそ、耐えてるんじゃないか」


《自業自得だ》


「分かってる……全部分かってる…」


「銀うさぎ」はうんざりするように答えた。


「早く僕は……たった一人の魔法少女になりたい」


《無論。そうしなければ…ムラン=コテラの危機を根絶できない》


 次の瞬間、「銀うさぎ」は戦闘形態に変身を遂げる。


 彼が次の目的地に向かう直前、天使は「銀うさぎ」に言い放つ。


《人類を生かしたければ、十字架を背負って前に進め――藤早ふじはやゆう


「銀うさぎ」は姿を消した。

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