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ワールド・ディスティネイト  作者: 十六夜ベーカリー
1/1

プロローグ ~始まりの風~

ーーー


…ふと少年は誰かに呼ばれた気がして振り返り空を仰ぐ。立ち並ぶ木々が開けて、世界の端まで広がり続ける澄み切った青い空に、いくつも浮かぶ雲が悠然と流れているだけだった。風が草木を駆け抜け、彼の肌と明るい茶髪を優しく撫でる。

身に着けている錆と汚れが混ざった薄汚い皮製の胸当ては、彼にはぴったりと合うようで身体の動きに合わせてその表面が擦れる音がする。

気のせいかもしれなかったがその声の主が気になり、一歩踏み出そうとした時だった。

「おい、シン!そっちに行ったぞ!」

ほぼ毎日といっていいほど聞き馴染みのある白い毛並みの虎の獣人の少年の声だ。その声にシンはすぐさま声のした方へと体を向ける。ガサガサと茂みを掻き分けながら、何かが勢いよくシンに向かって来る。シンは手にしたギザギザと所々刃がかけた剣を両手で強く握り、正体不明の何かを待ち構えていた。

茂みの葉が勢いよく舞い散りながらそれはシンに向かって突進してきた。琥珀の牙を覗かせ、黒い毛皮を身に纏う猪であった。だが、野生の獣ではなく魔力を蓄積しすぎた果てに、人に害なす魔物と化していた。ひどく興奮した様子でシンのもとへ猛スピードで突進してくる。この突進を食らえば大けがは避けられないだろう。それはシンもわかっており、いつもの調子でひらりと横へ避ければ、標的を捉えられなかった猪は哀れにも大きな木へ派手な音を立てて衝突した。その挙句に牙が突き刺さってしまい抜け出せずに鳴き声を上げながらもがいていた。

「…見慣れてるっつーのお前の動きなんて」

そんな様子を見て得意げに笑いながらシンは猪へと駆け寄る。やっとの思いで牙が抜けた猪は剥がれた樹皮を散らしながら標的の元へと体を向ける。が、標的は正面にはいなかった。そして上を見上げれば標的がそこにいた。

「どりゃぁぁぁぁ!」

怒声とともに猪の脳天めがけてその剣が振り下ろされる。避ける間もなく、「グギィ」と猪は白目をむいてその場にどさりと崩れ落ちた。途端に猪が黒い靄に覆われて、まるで餌に群がる大量の虫のように蠢いたかと思うと、すぅと黒い柱を成して青い空へ吸い込まれていった。そこに残ったのは薄汚れた毛並みの猪の死骸だけが残った。

「よし、うまく行ったな」

声と共に白と黒の縞模様が入り混じった獣人の少年が木の上からどすんと鈍い音を立てて飛び降りてきた。大人とも見間違えるような体格をしており、そんな彼はその体とは対照的なあどけなさが残る顔に木葉をまとわせながら言った。

シンと彼とは5年以上もの付き合いがある、親友とも言っていいほどの仲だ。

魔猪(ボア)っばかりも飽きてきたな」

「だなー。つってもここらにいる魔物なんてそんくらいしかいねぇしな。それにしても相変わらず剣で殴りつけるのな」

「しょ、しょうがねーだろ。親父の使い古しなんだからよ」

クーガーがからかう様に笑うとシンは不貞腐れてそっぽを向いてしまった。手に持つ鈍い銅色の剣は確かに刃がギザギザと所々欠けており鋭さを失っていた。なまくらと呼べる愛用の武器を見つめてシンは深くため息をつく。

「新しいのなんて買えるわけないだろ…あんまり親父は気にしてないけどお袋が黙ってないだろうしなぁ…はぁ…」

「だなー。ま、何にせよ武器は持ってた方がいいからな。俺もじいちゃんが凄んでくるしなー」

「そういうお前は何だよ、何も持ってねーじゃんか」

シンのその言葉を待っていたかのようにクーガーはニッと白い牙を覗かせながら、得意げそうに腕をまげるとふさふさの白と黒の縞模様の毛皮の下から見事な力こぶが覗かせた。

「へっへー、そりゃ己の肉体ですから」

「何だよそりゃ」

シンは呆れたような顔で一瞬剣を腰に下げている鞘にしまうと、クーガーに差し迫った顔をして言った。

「そんなことより猫だよ、猫!猪はお呼びじゃないんだよ!」

と再び周囲を見渡しながら草木が生い茂る木陰へと歩き出した。クーガーもつられて同じように歩き出す。

「なーんだっけ、クィンベルのケーシーだっけ」

「そうそう、白くてふさふさの可愛いやつ。お前じゃないぞ」

「んなもんわかるっつーの!」

「ケーシー!出てこーい」

シンが大きな声で呼んでも返ってきたのはそよ風で木々や茂みが静かに揺れる音だけ。何度呼び掛けても、森の静寂な雰囲気が広がるだけだった。

「ここにはいなさそうだな…」

「他を当たるか」

ガサガサと再び近くの大きな茂みが揺れる。

「お、ケーシーかぁ?」

音の方へゆっくり体を向けて近寄ろうと足を出そうとした途端、勢いよく飛び出してきたのは鋭い鎌状の腕をもつカマキリの魔物(キラーマンティス)だった。クーガーの背丈を優に越えるそれは羽を震わせながら二人の元へ近づいてくる。赤紫色の体がその異質さを際立たせる。

「どわぁぁぁ!?どっから出てきたんだこいつぅ!」

「ふ、臥せてたんじゃねーのかぁ!?」

そう言いながら再び構えるも後ずさりする二人。てらてらと光る鎌状の腕を交差させて擦り合わせながらじわりじわりと獲物との距離を詰める巨大カマキリ。パキッと落ちていた小枝をシンが踏んで鳴らした途端、カマキリが鎌を振り下ろしながら飛び込んできた。

「どわぁ!」

咄嗟に両脇に避けると、獲物を見失った交差した鎌は代わりに彼らの後ろの大木を斬りつけた。太い大木は地響きをたてて後ろに倒れ込んだ。二人は青ざめ顔でゆっくり見合わせた。ギギギと、鎌と顎を鳴らしながら再び獲物に近づくカマキリの後ろに木々の茂みが大きく揺れる音がした。思わずカマキリは振り返ると、一匹の小さなリスがこちらを一瞥してすぐに隣の木の枝へと飛び移り逃げて行った。つられてカマキリもリスの後を追いかけようとしたが、何かに気づいてすぐに振り返った。そこにいたはずの獲物はいつの間にかそのまま姿を消していた。


♢♢♢


「あ~、いたいた!いたよフィーちゃん!」

所変わって、森のはずれにありながら街に近い小さな廃墟となった集落。ここも青々とした木々に囲まれ、ぽつぽつと古ぼけて崩れ落ちそうな廃屋と、綺麗とはいかなくても所々が板や金属板やらで穴を塞いで改修された、住む分には問題なさそうな小さな木造の教会があった。その教会の裏のベンチの傍で二人の少女が佇んでいた。鮮やかなピンクの髪をしたカノンが、人懐っこそうなライム色の大きな瞳をフィーちゃんと呼ばれた褐色の肌とふさふさとした兎の耳を垂らす少女に向けた。獣の特徴を持ってはいるもののクーガーとは違いこちらの少女はシンやカノンに酷似した外見であった。

「…こんな所にいたのね」

苔が所々生えた朱色の塗装が剥がれかかったベンチの下に真っ白いフワフワの大きな毛玉が丸くなっていた。それは気持ちよさそうに目を細めてすうすうと寝息を立てていた。その触り心地がよさそうなしっぽはゆらゆらと揺れていた。

「まぁ何にせよこれで依頼達成よね。ケーシー、おいで」

手を叩き、優しく呼びかける。耳をピクリとたてて目を開けた。

「ほらほら~、お菓子もあるよ~?」

カノンはその肩から下げた所々汚れているカバンをごそごそと漁り、お目当てのものを取り出しケーシーの前でちらつかせた。宝石のように青い瞳孔が開き、その動きを追いながらのそのそとベンチの下から出てきた。カノンはお菓子の袋を開けて猫の口に向けると、猫は嬉しそうにゴロゴロと鳴きながらお菓子の中身をぺろぺろと舐めながら吸い始めた。食べ終わるとすぐさまカノンは猫を抱きかかえてふかふかで柔らかな毛皮を撫でる。再び気持ちよさそうに喉を鳴らす。

「人懐っこい子で助かったわ。これであとはシン達と合流するだけね」

その様子をみてエルフィリアは息をついた。カノンが森の向こうに顔を向ける。

「あ、来たみたいだよ!」

見ると、森の出口から二人の少年が必死の形相でこちらへ全速力で走ってきた。カノンたちの元へたどり着いた二人はそろって肩で荒く息を切らしていた。怪訝そうに見つめるカノンとエルフィリア。

「ど、どうしたのよ…」

「ケーシーちゃん、見つかったよー?」

「ぜぇ、ぜぇ…、そうか…なら、早く、街に戻るぞ…!!」

そういって後ろを振りむくと、先ほどの狩人がどすどすと大きな地響きを立てながらこちらへ鎌をぶんぶんと乱雑に振り回しながら迫ってきていた。目を丸くして少女二人は大声で叫ぶ。

「な、何よあれぇ!えっ!?む、虫!?虫なの!?」

「うわわっ、こっち来るよー!?」

「いいから走るぞ!街に入りさえすれば何とかなる!」

そう言って一同、街道へと続く茂みで覆われた抜け道へと駆け出そうとした時だった。

カマキリが勢いよく左腕を振り落とす。その鎌の鋭い刃から何かが放たれる。キィンという甲高い音と共にザシュッと何かが引き裂かれる音がする。見ればおんぼろの教会の柱が見事に抉られていた。思わず足を止めてたばかりの傷跡を見つめて固まってしまう。

「…!」

再び風切音が鳴り、今度は右腕の鎌から二撃目が放たれる。攻撃に逸早く気づいシンは、カノンを突き飛ばす。

「きゃっ!?」

「いたっ…!」

突き飛ばされたカノンはそのままエルフィリアの方に、二人してその場に。刃はカノンがいた場所を通り抜けて、後ろにあった木々の幹を上下真っ二つに切り裂く。切断されてバランスを失った樹幹は、重い音を立てシン達の逃げ道をふさぐよう倒れ落ちた。

「っつぅ…ヤロー…」

シンは頬を押さえて顔を歪ませた。できたばかりの傷口から温かく赤い液体がじわじわとその手の平を染める。もう片方の手でなまくらの剣を握る力が強くなり、目の前の魔物を睨みつける。魔物はそれを気にせずに、両腕の鎌を揺らしてゆっくりと近づく。

「シ…シン君…!」

「だ、大丈夫かよ!」

「かすり傷だからへーきだ!帰ったら絶対なんか言われるけど」

「言ってる場合かよ!」

体勢を立て直し、少年達は神妙な顔つきで各々の武器を構える。シンは剣の先をカマキリに向け、クーガーは拳を握り、背筋をピンと伸ばして右足を踏み込む。エルフィリアも小さな拳銃の銃口をカマキリに向ける。カノンはその両手で抱きかかえる白い猫を守るようにぎゅっと抱きしめる。当の猫は全く気にせずにすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。

それに全く怯みもせずに、じりじりと歩み寄ってくる。ただ小さな獲物の必死な抵抗を面白がるように。時折、首を小さく傾け、カチカチと顎を鳴らす。そして。

「ー来る!」

カマキリは鮮やかな羽を広げ、鋭い両鎌を振りかざしながらその長い後ろ脚で地面を蹴り、勢いよく飛びかかってきた。

エルフィリアは引き金を引いて、その赤紫の巨体に乾いた音を響かせて銃弾を撃ち込む。3発放たれたその銃弾は大きい的にすべて命中し、青い液体が飛び散る。けれどカマキリの勢いは留まらない。

クーガーがその体躯とは裏腹に、素早く潜り込み体当たりをぶちかます。さすがの大人顔負けの重量に耐えかねたのかカマキリは怯んで少し後ろに体を退いた。クーガーもカマキリの勢いに押し負けて吹き飛ばされるも、1回転して体勢を立て直しながら地面を蹴り、再びカマキリに突撃をかます。カマキリの右腕がその頭に振り下ろされる前に。

シンも負けじと素早く近づいて、思いっきり剣をぶん回して鎌を弾いた。防がれた鎌は獲物を捕らえ損ねてそのまま空を切る。しかしカマキリの方が力が強かったのだろう。シンの手にしていたなまくらの刃も吹き飛ばされ草むらにに滑り落ちる。生い茂る草むらの陰に隠れて得物を見失い、必死で目を泳がせていたシンはハッとして振り返る。カマキリの左腕がシンの横腹めがけて振られる。気づいてクーガーがシンの前に出て彼をかばうも、一緒に成すすべもなく吹き飛ばされる。幸い、刃の方では無かったため体が真っ二つにされることはなかったものの、地面に叩きつけられ重く、鈍い一撃が体中を駆け巡る。

「ぐぁっ!!」

「シン!!クーガー!!」

「二人とも!こ、この!」

ケーシーをその場におろして、カノンは弓を手に取って腰の矢筒から一本取りだして弦につがえる。目いっぱい弦を伸ばして矢を放つ。風切音とともに矢尻はカマキリの羽の付け根に突き刺さる。エルフィリアも続けて銃弾を何発も打ち込む。

しかし体液をまき散らして怯みはするものの、カマキリは狙った獲物を仕留めるまで標的を変える気はないようで鎌を振りかざしながら、倒れ込む少年二人に迫ってゆく。何とかして上半身を起こした二人は巨大な影に覆われてゆっくりと見上げる。てらてらと光る刃が日の光を反射して妖しく光を放っている。風切音と銃声が何度もなり続けるもカマキリはじっとその複眼に写る二人を見つめる。

(…クッソ…こんな、事で)

歯ぎしりしながらシンとクーガーはぎゅっと目を閉じる。

「諦めちゃダメぇ!」

泣き出しそうなカノンの絶叫が聞えるも、今の彼らではもうどうしようもなかった。体が上手く動かせない今、ただ暗闇の中でその一撃が一刻も早く振り下ろされるのを待つしかないのだ。

「シャァァァァ!!」

鳴き声とともに鎌が二人の脳天めがけて振り下ろされる。顔を俯けるしかない二人。泣き顔になって撃ち続ける二人の少女。この一瞬が長く、長く感じる。

「だめぇぇぇ!」

カノンの枯れそうになるほどの絶叫が森に木霊した。

その時だった。どこからともなく何かの咆哮がカノンの叫び声に返ってきた。カマキリのものではない、地を揺るがすような轟音。それとともにザスンッという何かが突き刺さる音がするかと思うと、シン達の前身にびしゃりと何かが吹きかけられた。おそるおそる目をゆっくりと開き、その姿を捉えると勢いよく目を丸くする。

あのシン達の攻撃が効いていないかのように振舞っていたカマキリが、頭を貫かれて雄たけびを上げて蠢いている。その頭頂部から地面に突き刺さっていたものはシン達の背丈の倍もある一本の槍であった。青い体液で濡れた全身を気にせず、シンとクーガーは訳が分からないまま口を開けてカマキリの動きを見守る。カノンとエルフィリアも涙を流しながらも手を止めて槍が降ってきた空を見上げる。

そこには空に浮かぶ黒い大きな影がこちらを見下ろしていた。トカゲのような頭頂部、艶めく黒い鱗、大きな皮膜の翼、巨木の幹の様に太い尻尾。

それはまるで、物語に謳われる幻の生き物そのものの姿で。

「…竜!?」

呆気に取られている中、カマキリは最後の抵抗にとゆっくりとまた鎌を振り上げる。

「あいつっ!」

エルフィリアは再び銃に弾丸を込めようとした。

その時、黒い影から何かがこちらに向かって飛び込んできた。

「…動くなっつてんだろうが!」

怒号とともに降ってきたそれは一人の男性であった。凄まじい形相とともにカマキリの頭頂部めがけてドロップキックの要領でカマキリに突き刺さる槍にその踵を叩きこむと。

衝撃と突き刺さったままの槍に耐えきれずカマキリの首は弾け飛び、その残骸はシンとクーガーの間をかすめてシン達の頬を再び青い液体で染める。頭を失ったその巨体は力なく鎌をだらんと垂らしながら静かに崩れ落ちる。4人はぱちくりと目を何度も瞬きしながら呆然とするしかなかった。

「あーあ、汚れちまったよ…ったく、幻魔でもないのに余計に仕事しちまった…」

白に近い浅葱色の髪を掻き、ため息をつきながらカマキリから解放されて地面に突き刺さったままの槍を蹴り上げると、空中で何回転もして彼の手に収まる。その槍の柄で肩をポンポンと叩き、シン達を振り返り、にやりと笑みを浮かべる。

「よぉ、おめーら。何とか無事みたいだなぁ?」

事が治まり、静かになった森の中に風のざわめき、竜の雄たけびと、白猫の安らかな寝息が聞こえるのみであった

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