3.あり得ない状況。
――レライエとは本来、群れを作らず単独で行動する魔物である。
通常時と異なる行動を取る魔物は、危険であるとされていた。何故なら、そこには必ず誰かしらの意思が働くからだ。魔物という生物は本能によって行動するものが大多数であり、スケルトンに至っては意思や思惑といったものは欠片ほどもない、とされている。
したがって、この状況は異常であり、危険そのものであるといえた。
「……おい、リュカ」
「なあに?」
しかし、それをリュカが知るはずがない。
今回の状況は、ひとえにグリム自身の油断によるもの。
リュカという規格外の存在があったがための慢心、とでもいえば良いだろうか。だからこそ、彼はここで少女の命を守るための選択を取ると決めた。
「合図をしたら、出口に向かって走るんだ。……いいな?」
「え、うん……」
リュカだけは逃がしてみせる。
そう思い、彼は一つ息を整えた後に――。
「――今だッ!!」
そう叫び、戦斧で地面を思い切り叩くのだった。
◆
「え……グリム!?」
リュカは粉塵巻き上がる中を駆け抜け、すぐに異変に気付いた。
てっきり、グリムも自分と一緒に逃げるものだと思っていたのだが、そんな彼は斧を振り下ろした姿勢のままレライエの群れの中にいる。
思わず振り返ると、彼は声を荒らげてこう叫んだ。
「逃げろ、リュカァァァァァァ!!」
「え……!?」
事態が把握できない。
ただ分かったのは、グリムが自身を逃がしてくれたこと。
自分のことを犠牲にして、その命の灯を消そうとしていることだった。
「お前はまだ若い! そして、俺なんかよりも何倍も強い! だから――」
唖然とする少女。
そんな彼女に対して、グリムは不適な笑みを浮かべながら叫ぶのだ。
「お前はとにかく、生きて『誰かのために』なれ!!」――と。
その言葉を聞いた瞬間。
「あ……」
少女の中で、懐かしい声が聞こえた気がした。
『貴方は誰かのために……』
レライエが矢を番える。
それを見た瞬間に、リュカの足は勝手に動いていた。
◆
――リュカの姿が、見えなくなった。
おそらく、逃げてくれたのだろう。これで安心だ。
「まったく、馬鹿なことをしたもんだな」
振り下ろした戦斧をそのままに、グリムは自嘲気味に笑った。
ちょっとした気紛れと油断。しかし、冒険者にとってそれは致命的だ。
だからこれは、リュカのせいでもなんでもない。自分が招いたこと。つまりは、自業自得、というやつだった。そうとなれば、恨む相手は自分だけだろう。
「さて、こいよ骸骨共……!」
だからグリムは、両手を広げてレライエたちを煽ってみせた。
脳裏に浮かぶのは冒険者として救えなかった命の数々。様々な後悔が去来して、泡沫のように消えていくのだ。そして、自分も今からそちら側へ行く。
だとすれば、別に良いではないか。
「あぁ、いま行くぞ。……アニス」
彼が口にしたのは一人の少女の名前。
ゆっくり目を閉じて、そして――。
「え……?」
その直後だった。
レライエのものであろう悲鳴が響き渡ったのは。
「リュ、カ……?」
「だいじょうぶ!? グリム!!」
思わず膝をついた彼の目の前にいたのは、あの少女だった。
彼女はグリムを見て、微かにだが笑っている。
そして、こう言うのだった。
「『誰かのために生きる』なら、アタシ……グリムといっしょがいい!」――と。
それは、思いもしない言葉。
ちょっとした気紛れで、一晩だけ面倒を見たにすぎない少女。そんな彼女が口にするには、あまりに重い内容であった。だが、すぐに少女は――。
「だから、またご飯いっぱいお願いね!」
悪戯っぽく、そう言うのだった。
「は、はは……バカかよ、お前は……」
それを聞いて、グリムは思わず笑う。
そして、戦斧を手にしてゆっくりと立ち上がった。
「いや、バカは俺か。勝手に諦めて、本当にバカだ」
得物を構えリュカに背を預ける。
次いで、こう叫んだ。
「だったら、どこまでも戦ってやろうじゃねぇか!! 行くぞ、リュカ!!」
「うん……!!」
二人の声が、ダンジョンに響く。
そして、あり得ない相手との戦闘が始まった。
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