どうして
「アルさま!!」
人混みが割れて、聖女がこちらに飛びかかってきた。
もちろん避けました。
聖女が思いっきり転んだけど俺のせいではない。
手を引いて俺の腕の中におさめたので、当然アリスは転ぶことも汚れることもなく無事です。
「酷いですわ!」
手を差し出す男が現れるよりも先に、ひとりで勢いよく体を起こしてまず第一声がそれか。
「酷いのはそちらの方です。私は名前で呼ぶことすら許可していないのに、何度申し上げても改めて下さらない。」
「それは! ……え? 誰ですの? その方は」
は????
何を言っているんだ、意味が分からない。
そう思ったのは俺だけではないはず。
俺の腕の中に居る愛しのアリスを見て、誰かと尋ねるだなんて、帝国民であり学園の生徒だよね?
「アディ」
アリスが俺の腕からそっと離れた。
ちょっと待ってアリス、まさか。
「アディってなによ! 何故貴女が愛称で、いやそもそもそんな愛称聞いたことないし!」
聞いたことないって何。
俺はこの呼び方をアリスにしか許していないから聞いたことないって意味か?
「聖女様、お怪我はございませんか?」
アリスは優しい。
俺が抱きつかれなかったことに、アリスが腕の中で一瞬ホッとしたのを俺は見たから、複雑な気持ちになることはない。
「初めてご挨拶させて頂きます。アルグランデ・ユアランス様の婚約者、アリス・アイティヴェルでございます。」
「婚約者? えっ、アイティヴェルですって?」
やっぱり挨拶しちゃったか。
危険人物とは話さなくて良いんだけどな。
それにしても、聖女は本気でアリスを知らなかったということなのだろうか?
ユアランス侯爵の嫡男の婚約者が、英雄のアイティヴェルのご令嬢というのは有名な話だと思っていた。
「待ってよ! 何で名前がアリスなの!?」
着眼点おかしくない?
「祖母が好きだった本から名付けられたと聞いていますが」
アリスの祖母といえば、帝国とアイティヴェル領地に様々な恩恵をもたらした《革命の貴婦人》と呼ばれるとてつもなく有名人だ。
先代辺境伯夫人が娘を授かったら同じ名前にしたいと言っていたのは有名で、それ故にアリスという名前を帝国民は避けてアイティヴェル家のご令嬢の誕生を待っていたと聞く。
実際には先代辺境伯夫妻には、男児しか産まれることはなく、その意志を尊重して孫娘にアリスと名付けたのだろう。
「アリスって名前で、本……まさか…… えっと、アリスって名前の女の子が不思議な国でお茶したりトランプたちとゲームしたりするっていう」
「そうです! “ご令嬢アリスの冒険記”をご存知なのですね!」
「なにその壮大なタイトル!!」
「? 聖女様の読まれた本は違うタイトルだったのですか?」
なんだこれ?
婚約者であり愛しいアリスと、他人で論外な聖女の話が、なんだかとても噛み合っていない。
周りで聞いている生徒たちまで「他にタイトルがあったか?」「言わてみれば壮大かもしれませんが」などとザワザワしている。
「何で? どうして? あの本が存在するの?? どういうことなの」
俺たちも混乱しているが、何故か一番混乱しているのは聖女のようだ。
助けを求めようとウィルとレオを視線の端でとらえようとしたが、もう近くには居なかった。
目立つのを避けるために、離れたのだろう。
まぁ聖女と侯爵令息が立て続けに対立して、更に増えるのはあまりにもマズイよね。
読んで下さり有り難うございます!
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