夏の始まり
最悪だ。
皇都に帰って来たら、真っ先にアリスに会いに行くと決めていた。
それなのに、アリスが居ない。
皇都にアリスが居ないと聞かされた俺の絶望を、一体誰が理解できようというのか。
俺とエドが討伐任務で皇都から離れている間に、学園では事件が起こっていた。
その日、アリスはエトール嬢と買い物に行く約束をしていたらしく、待ち合わせ場所に来ない彼女を探していた。
一緒に行く予定だったミハエルと、アリスたちを迎えに来たハンナが加わって学園内を探したらしい。
生徒一人に対して、従者一人のみ学園内に入る許可証を発行されているが、ハンナにまで頼るなんてアリスは異変を感じていたのだろう。
エトール嬢は、男子生徒と倉庫に閉じ込められていた。
アリスが倉庫近くまで来た際に、聖女派閥の者たちが倉庫に用があると現れたらしい。
翌日の講義で使う物を確認に来た、と教師が一緒だったらしいがタイミングが良すぎる。
そのとき、アンジェ嬢の悲鳴が聞こえた。
『いやぁっ! 助けて!! 誰か助けて!!』
アリスの兄、ミハエルが駆け付けて扉を壊したときには、エトール嬢は気絶していたらしい。
中から出てきたのは男子生徒で、『やっと出られた』と言って無理矢理逃げるように去っていった。
『あんなに叫び続けて男性と一緒だなんて、まさか』
そんなことを口にした者は、ミハエルに睨まれてすぐに黙ったが、醜聞になるには十分過ぎるきっかけだった。
「気絶しているアンジェを運んだのはどなたでしょうか? ミハエルですか?」
説明をして下さっているウィルにエドが尋ねる。
「アリス嬢のメイドだ。」
え、ハンナ?
そんな力持ちには見えなかったんだけど。
もしかしてアリスの護衛も兼ねてるのだろうか。
エドがエトール伯爵家に行ったけど、エトール嬢は居なくて、まさかの親や兄でさえ「友人のところに居る」としか認識していないらしい。
友人が誰か分からないなんて正気か?
エトール伯爵家の唯一の娘だが。
ファンブレイブ侯爵家に援助を受けているエトール伯爵と嫡男は、「反抗期の家出かもしれない」「戻ってきたら私たちが反省させる」と全てエトール嬢のせいにして話してきたとか。
酷すぎる。
エトール嬢が唯一心を許している三番目の兄をエドがなんとか捕まえて、アイティヴェル領に向かったことが分かった。
テスト期間だったが、残っている試験は全てを領地で受けられるようにしたミハエルは、正直なかなか怖い。
一体どういう話をしたら教師が快諾してくれるの。
ウィルに、アリスからの手紙を渡された。
いきなり領地に帰ることの謝罪と、今回の事件について書かれていた。
「殿下、もしかして倉庫の電灯は壊れていたのではないですか?」
「そうだが?」
「‥‥アンジェは暗い所が怖いのです。だから悲鳴を揚げて気絶したのでしょう。これは、家族にさえ言っていないそうです。」
エトール嬢が暗い所に恐怖するようになったのは、幼い頃に躾と称して兄から真っ暗なクローゼットに閉じ込められたことがあるかららしい。
しかし、それが知られれば更に嫌がされせが悪質になると思い、ひたすら隠してきたそうだ。
「何でエドは知ってるの?」
「婚約者だからな。」
いや、そうじゃなくて。
そんな過酷な家庭環境に居たエトール嬢からすれば、侯爵家の婚約者というのは最大の救いであっただろうが、同時に一番信用を置いて良いのか迷う存在だっただろう。
それなのに、エドが知ってるということは、何か知るきっかけがあったのでは?
それを聞きたかったのに、隠された。
この後は、城に行って討伐報告会です。
しばらく事後処理にかかる上に、それが終わったら試験を受けるのだろう。
アイティヴェル領に行きたいです。
皇都からアイティヴェルに向かう道のりを、アリスと楽しく過ごすのだって楽しみにしてたのに。
それを奪った奴らは赦さない。
アリスに会えないなんて、最悪な夏が始まった。
久しぶりのアルグランデ。
毎日暑いですね。
熱中症にはすでになりました。
皆様もお体ご自愛下さいませ。




