アイティヴェル辺境伯家 アリス
□アイティヴェル辺境伯家アリス
アディに初めて会ったのは、王妃様の開催したお茶だった。
私はお友達ができたらいいな、くらいに思って参加していたので、女の子たちが殿下に集まる様がちょっと怖かった。
今思えば、ウィリアム殿下の側近候補、婚約者候補の選定を兼ねていたのだから、親から何も指示されていない我が家が特殊だったのでしょう。
親たちが離れてお茶会をしている庭園で、私は花を見て過ごすことに決めて、子どもたちが集まる場所をそっと離れた。
その綺麗な花たちの傍で丸く蹲っていたのが、アルグランデ・ユアランス様だった。
こちらに気付いて顔を上げたが、蜂蜜のような瞳は濡れていて、私は何かあったのかと駆け寄った。
後から聞いた話では、魔力暴発の不安から人に会うことは極力避けてきたので、人混みが怖くて魔力が反応してしまったらしい。
濡れていていると思った瞳は、ゆらゆらと動く黄金色の魔力と零れ落ちそうな涙だった。
「俺の瞳、怖くないの?」
アディはそう言って怯えた表情だった。
これも後で教えてもらったことだけど、アディの瞳を魔力眼だと知らずに気味悪がる人間は多いらしい。
でも当時の私は違った。
「なんで? とっても綺麗なのに。」
アディの隣に私はそっと座って、体調が悪いわけではないか気にしつつ、自分も隠れることに成功した。
「名前、なんて言うの?」
「アリス。」
当時の私は、愛称の付けにくいこの名前が好きではなかった。
付けてくれた両親に思うところは何もないが、名前から文字を取って愛称にするとか可愛いなって羨ましく思っていた。
「アリス。可愛い名前だね。」
男の子は、そう言ってくれた。
溶けそうな甘い瞳に優しい笑顔で、でもそれ以上に私の名前を呼ぶ声が、蜂蜜のように甘く優しくて嬉しかった。
私は相手の身分によっては、不敬になる行為をしてる自覚があったので家名を名乗らなかった。
そしたら相手も「アルグランデ」とだけ伝えてきたので、安心して花を眺めてた。
そのまま特に話すこともせずに、父が探しに来るまで隣で過ごした。
その後、直ぐに婚約申込があり、あの時の子が侯爵令息だと知った。
婚約後、初めてのお茶会で侯爵邸に訪れたときは、本当に緊張して、殆んど何も喋れなかった。
そんな自分に配慮して、アディはたくさんて話しかけてくれて、凄く優しかったのを今でも覚えている。
私は幼いながらにアディが好きだった。
笑顔を向けてくれれば温かい気持ちになったし、熱が辛くて涙を落とす姿を見れば胸が辛くなった。
なにより、私の名前を呼ぶあの特別な声が大好きだった。
アディが聖女様と歩いているのを見たのは、恋心を自覚して直ぐのことだった。
歩いていたことではなく、貴族令息としての仮面を張り付けていない、素のアディがそこに居たことが悲しかった。
次に会ったとき、あの日見かけたと言えば「仕事」だと言われた。
まだ幼かった私には、上手く言葉を紡ぐことができなかった。
帰ってからはたくさん泣いて、それ以降アディと会っても悲しさは消えなかった。
帝国一とも言われる程の魔力量で将来有望な次期侯爵様なのに、何故自分なんかが婚約者なのかと毎日考えてしまった。
それから、アディと話せなくなった。
私は相槌しかできなくなって、アディにどうしたのかと聞かれても答えられなかった。
聖女様が現れて、私と婚約したことを後悔していますか?
本当は婚約破棄したいのに優しいから言えないのでしょうか?
こんなこと、好きな人に言えるわけない。
その頃、アディが暴漢に教われ、私を護るために魔力を暴発させてしまった。
一面が雪景色になり、氷の刃が広範囲に降りかかる。
私はアディを庇う形で傷をおってしまい、あれは私を護るためだったのだと誰にも伝えられないまま時間が過ぎてしまった。
目が覚めた私は、アディが暴発の後遺症で酷い熱に魘され、その時間を処罰として一人で過ごしたことを知った。
普通の熱だって、あんなに辛そうなのに私のせいで。
涙が止まらない私をお兄様とお母様はずっと抱きしめてくれて、アディに申し訳なくなって更に泣いた。
私は婚約解消させてほしいと両親に頭を下げ、私の落ち度だと説得した。
アディに会うことなく領地に帰った。
兄から「アリスの好きなことをしてればきっと辛くなくなる」と言われて、私はアディを忘れようと心に決めた。
五年間、好きなことだけして過ごし、段々とアディのことを考える時間を減していけたと思う。
やっとアリスの回です!
まだ続きます。