聖女に関する考察
キリよくしたくて今回は少し長いかもです。
「一生の思い出になりました。」
俺はアリスに頭を下げて感謝を述べた。
「え、今後はもう踊って下さらないのでしょうか?」
眉が下がり動揺した様子でアリスが答え、言葉の選択肢を誤ったことに気が付いた。
「いえ、これから先何百回と踊りましょう。」
そのタイミングで両親に「何百ってお前‥‥ 」と声をかけられた。
「お久しぶりです。アリス・アイティヴェル、ユアランス侯爵夫妻にお会いできて光栄です。」
この言葉に両親は衝撃を受けていた。
他人行儀過ぎて俺なら泣く。
アリスは緊張で震えているけど、むしろ息子が泣き虫の弱虫でなくなったのだから感謝していると思う。
「貴女みたいな可愛い娘ができるなら私は歓迎するよ。」
父がそう言い、母が
「アルのことで困ったらいつでも相談してね。」
と言う。
俺が困らせる前提なの?
両親と婚約者の和やかな雰囲気をぶち壊したのは、やたら甘ったるい声色で俺を呼ぶ声だった。
「アル様~!!」
察知したアンジェ嬢がアリスに近寄り、その婚約者を庇うような態勢でエドワードが構える。
エドたち、やっぱり護衛を兼ねてたのか。
俺はアリスを安全な所に行かせようとしたが、アリスが俺の服を掴んで離さない。
か、可愛いっ‥‥‥‥!!
「私とも踊って下さい。」
「断る。それに呼び方はユアランスとお願いしています。」
浮かれた気持ちが聖女の声で、急に冷えて思わず低い声が出た。
「なんでよ! 私聖女なのよ! アル様は私と踊らなくちゃ! 私アル様の色に合わせてドレスだって!」
それは悪手だったな。
俺の隣に居るアリスのドレスが、聖女には目に入っていないのか?
俺の髪色、俺の瞳の色、更に俺の氷の魔力までイメージして作らせたドレスだ。
誰が婚約者なのか一目瞭然なのに、聖女の声を聞いた周囲がザワザワしている。
それに、“ドレスだって” の後は何だったんだ?
用意した?
用意させた?
どっちにしても、俺が用意したという説は否定されたも同然だろうな。
「アディ」
アリスが不安そうに俺を呼ぶ。
これはアリスからの合図だと思う。
いくら侯爵家の嫡男でも聖女とのトラブルは最小限にすべきで、アリスは察して聖女から離れるタイミングを作ろうとしているのだろう。
男にだらしなくても帝国では唯一の高位治癒魔法の使い手だからな。
どんなに苦手意識があっても、あまり蔑ろにすることも邪険にすることも避けるべきだ。
アリスは、可愛い上に賢いな。
腰を抱き寄せて、服を掴んでいたアリスの左手に俺の右手を絡めて唇を落とす。
「何処にも行かないよ。アリス。」
エドの「やりすぎです」と呆れた声と、何故か女性の「きゃぁっ!」が耳に届くが無視だ。
今日は絶対にアリスを泣かせたりしない。
俺たちが聖女の元から去る空気を感じて、男たちが一斉に聖女に声をかけていた。
可愛いね、そのドレス素敵だね、なんて言うが男たちに正気かと問いたい。
黄色の生地ってだけで、夜会のパートナーでもない俺のためだと、さっきまで思いっきり叫んでたんだぞ?
「ユアランス様、アリス様。エドが仕事の挨拶に行くので、私を預かって下さいませんか?」
エドはウィルに聖女のことを報告に行くのだろう。
「アイティヴェル様、声を荒げられて大変でしたね。」
エド、報告前に手土産を用意するのか。
アリスの様子を併せて報告するのだろう。
俺の居ない所でアリスを話題にされるのは、なかなか気にくわないな?
気持ちを込めてエドに視線を向けると、察したのか諦めようと口を開こうとするがアリスの方が早かった。
「いえ、私どうしても気になって」
気になる? なにを?
まさか不安にさせてしまった?
「あんなに胸元の開いた服を着て、どうして溢れないのかしら。」
エドとアンジュ嬢が吹き出している。
コボレナイ‥‥
そんなこと気になってたの?
異性の前で女性が体型の話するのって、淑女的には駄目だと思うんだけど、アリスもそんな話するんだね??
アンジュ嬢がアリスにこっそりと、だけど俺とエドに聞こえる程度の声で説明する。
「あれは谷間が見えるように固定してから、ドレスを着ているのだと思います。実際はそれ程無いのではないかと。」
そんなハッキリ言っちゃうんだ。
さすがエドの婚約者。
令嬢の間では一時期、推測と考察の話題が飛び交ったと言っていた。
アンジェ嬢は上手いこと悪口とは言っていない。
でもそれって聖女って男遊びしてるみたいだけど、脱いだ時にガッカリされてない?
だって今も男たちは谷間ばかり見てる。
エドは婚約者の様子に驚く様子もないから、普段からアンジェ嬢とは素な姿で過ごしているのだろうな。
ちなみに、俺もエドも婚約者の胸元をこのタイミングで見たりはしないです。
紳士ですからね。
エドは、笑いたいのを堪えきれなくて顔を背けているけど。
俺はというと、こういうアリスも可愛いなぁって思っている。
さっきまでずっと、聖女と対峙したときでさえ、“淑女の微笑み” を張り付けていたのに、今はいつものアリスだ。
エドはしっかりと、アリスの天然な一面をウィルへの土産にして離れて行った。
アリスはマイペースな女の子です。
心底不思議そうにいうので、エドは笑いを堪えられませんでした。