ノアの怒り
今日は約束の日。
買い物をして、食事をする予定だ。
「姉君、買い物なら邸に呼べば済むのでは?」
ノアは行きたくなさそうだ。
祖父母と一緒が嫌なのだろう。
「せっかくオシャレしてきたのに……」
「姉様、とっても可憐です。アル兄様とお揃い感もあって、並んで歩いたら街の人も喜ぶでしょうね。」
喜ぶっていうか、驚くかも。
あんなに親しみやすいと思っていたご令嬢が、候爵一 家と居るのだから。
「買う物は決まってるのか?」
「瓶です!」
瓶????
全員一致で固まってしまった。
なお、祖父に元気よく返事をしたアリスの笑顔は満点である。
「そうか、可愛い方が良いのかな?」
「今日はオシャレな品を探しています! あとは、お義祖母様もいらっしゃるので、可愛い帽子なんかもほしいです!」
「探しに行きましょう。」
「はい!」
元気いっぱいのアリスが手を取ってくれて、俺たちは歩き出す。
双子はユリウスとノアルトが捕まえているので安心だ。
色々と見て回り、案の定街の人たちには盛大に驚かれ、今はレストランに来ている。
「アリス、本当に自分で払って良かったのか?」
瓶を決めて自分で会計をするアリスに、祖父母は驚いていた。
普通婚約者と居たら男性が払うからな。
けど、アリスはいつもこうである。
自分の物は自分で買うというスタンスがアイティヴェルにあるらしく、俺はいつも払えるタイミングを探している。
「帽子を買ってもらいました。お義祖母様とお揃いで嬉しいです。」
お祖母様の帽子をお祖父様が払うとのことで、アリスも俺が買うことで譲ってくれた。
「アリスはセンスが良いのね。まさかこんなに年の差があるのに、双方に似合うお揃いを選ぶだなんて。」
お祖母様のは落ち着いた色味に、上品な花飾りが。
アリスのは明るい色味に、リボンとフリルが使われた華やかな飾りが使われている。
飾りに使われている花が色違いなだけで、お揃いのデザインが特徴的だ。
「あなた、本当に似合ってるかしら? アリスのような若い子でもないのに」
「似合っているよ。悪い男に声をかけられないように、外出するときには私を連れて行ってくれ。」
「まぁ!」
うまいな、お祖父様。
参考にしたい。
祖父母は政略結婚の後、うまくいってなかった時期があるらしい。
ユアランスに祖母が嫁いできて、なかなか子を授かることができなかったらしく、それはそれは苦しんだそうだ。
そんな折に、国では重婚廃止が一躍話題になった。
アイティヴェルのロマンス物語が、眩しくて、羨ましくて、当時の祖母には辛かったそうだ。
祖父はそんな祖母を見て、つい『第二夫人を娶れれば良かったのにな』と呟いたそうだ。
祖父からすれば、そうすればこんなに悩まず苦しまず傍に居てくれると思った言葉だった。
しかし、完全なる悪手だ。
祖母は、政略結婚であっても祖父に愛情があり、だからこそ苦しんでいたのに、弱音を吐いてみればこんな言葉しかもらえなかった。
子を授かり数年もすれば、あの時の言葉は思いやりだったのかと祖母は思うようになったが、恐怖から二度と弱い所は見せず、素直になれないことが当然になっていた。
だから本当は、孫だって可愛いのに言えないのだ。
そういう話を先日、リドに教えてもらった。
父上にリドに聞くように勧められたけど、多分実の両親の話は気恥ずかしかったのだろうな。
多分だけど、ノアはこの話を知っている。
知らなかったとしても、素直に話せない質なだけだと気付いているはずだ。
それでもノアの怒りはおさまらず、祖父母が素直に話す機会を潰してきたのかもしれない。
今回、アイティヴェルへの思念を知っていた、祖母に長く仕えるメイドが嫌がらせを行った。
けど、俺たちがもっと祖父母と話していれば、そんなことにはならなかったのかもしれない。
俺は、アイティヴェルのご令嬢としてではなく、孫の婚約者としてのアリスを見てほしかったんだ。
その気持ちをしっかり伝えて、祖父母の話を聞くべきだったのかもしれない。
アリスは明確に言葉にはしなかった。
それでも、俺に気付かせてくれた。
意地になって牙を剥き出しにしていた弟に、態度のみで軟化を求めた。
兄の態度から、祖父母のことを誤解していた弟たちに、真実を教えてくれた。
この翌日、ノアが祖父母に今までの態度について謝罪した。
そしたら今度は、祖父母が孫たちに謝りにきて、これにて和解となる。
本章も終盤です。
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