驚いた顔
邸に帰って、俺はアリスと地図を作り出した。
「此処の手芸店、綺麗な糸が多くて素敵でした。」
「ユアランス候爵領では有名な染め物なんだ。」
「刺繍をしたら贈り物にしてもいいですか?」
「ありがとう。嬉しい。」
他にも行ったところや、見た物を詳細に書き込んでいく。
ただ、この地図はマズイ気がしてきた。
今は通りひとつ分しか書いてないけど、このまま勧めれば領地の問題が浮かび上がってくるのは必然。
皇都の地図は、アリスが気に入りそうな店しかメモしてなかったから気付かなかった。
それからもアリスと出かけては地図を作った。
そして、仕方なく父上に見せに行くことに決めた。
あー、仕事増えそう。
「これは……」
「今まで土地としてしか見ていませんでしたが、こうして見るとどうして物価が高めの地域があるのか、流通が不便な地域があるのかなど分かる気がします。」
領地は広い。
地図にしたのは領都だけだが、これを広げて行けば推測が確信に変わる可能性は高い。
「何故お前は地図なんて作ったんだ?」
「思い出の記録に?」
「は?」
事の経緯を正直話したら、父上には盛大にため息をつかれた。
婚約者に尽くすのは普通にでしょうに。
「お前は、この地図をどうする?」
俯いていた状態から見上げる父の目は、至って真剣でアイスブルーの瞳が鋭く感じる。
「アリスとこの地図を完成させて、気になる店をまわるつもりでいますが……… デートに向かない環境は整えたいですし、アリスがユアランスを好きで居てくれるようは努めようかと。」
「おまっ、お前は…………… はぁ〜〜 」
ため息がいつもより長い。
「父上は何故、こんな俺を後継者に指名したのですか?」
魔力が過剰な俺に爵位を与えて、なんとか国に留めたいのかもって考えたことはある。
ウィルが俺の親友になったのも、婚約を早くに決めたのも、もしかしたら同じ理由なのかもしれない。
アリス以外に執着を持てない俺に、民を預けるなんて父上は本気なのだろうか。
そう思ったことは何度もある。
民を大切に思うなら感情豊かなユリウスでも良いし、戦力だけを重視してるならノアルトの方が卒がない。
「お前には民を守る能力があり、国を守る力がある。」
全てアリスのために手に入れた力だ。
「お前は、幼い頃から己の生にすら執着心がなく、情熱が持てない子どもだった。」
それが母上を泣かせていたのかもしれないけど、その涙を見た瞬間、俺は人として大切なものが欠落しているのだと知った。
「だからこそ、お前がアリスを見初めたことに、親としては心底安心したのだ。アリスは優しいし、民を想えるアイティヴェルの御息女だ。実際に対面しても、その印象は変わることなく、私は婚約に賛成した。アリスが民を想えば、アリスのためにお前は民や国に尽くすと思った。」
そんな思惑があるなんて、知らなかった。
初めて聞いた親心なのかもしれない。
「そう思って婚約の申込みをしたが、アリスはお前に生きる望みを与え、今もこうして寄り添ってくれている。本当に、アリスには感謝しきれないと思っているよ。」
「父上。俺は、アリスを愛して、そのアリスに大切にしてもらって、その度に深く父上と母上に感謝しています。」
「えっ」
「では、私はこの地図からの報告書を提出しますね。アリスとお茶の約束をしているので、下がらせて頂きます。」
驚いた顔をする父に、バツが悪い気がしてさっさと退出する。
それにしても、仕事増えたなぁ。
けど、デートするのに治安は大切だし、清潔な街であってほしいし、民が苦しむとアリスは泣くだろう。
ならば、その憂いは俺が払うしかない。
ユアランス侯爵が
アイティヴェル辺境伯家に
婚約申込をした理由がこれでした。
邸を凍らせたことで息子の本気を知った父です。