予約
「綺麗な温室ですね。それに暖かい」
「魔道具を使っているからね。さ、座ろう。」
テーブルセットではなく、空を見上げられるように長椅子を置き、ミニテーブルに飲み物とお茶菓子を用意した。
「今日は特別な日だから、アリスの好みに合いそうな物を探してみた。寒い季節だから少し甘い方が好まれると、店主に勧められたんだがどうだろうか。」
紅茶は安眠の妨げになると聞いたので、助言をもらってミルクたっぷりの紅茶に蜂蜜を入れて甘くしている。
紅茶の香りと風味があるだけでほぼ蜂蜜ミルクだ。
「美味しいてす。ですが、特別な日とは?」
アリスはユアランスの風習を知らなかったようだ。
アイティヴェル領では、新年のお祝いをするくらいだとか。
「だから今日は父上も母上と過ごすし、ノアとユーリは双子を寝かしつけて乾杯くらいはするはず。」
「素敵ですね。」
アリスの態度は、いつもと同じように見える。
でも、怒っていたと思ったのは勘違いじゃないはず。
「少し、お話をしても良いですか?」
「もちろん。何でも聞かせてほしいし、何でも聞いてほしい。」
アリスは、穏やかな表情のままだが、柔らかい笑みではない。
怒ってるわけでも悲しんでるようにも見えなくて、何か悩んでいるような……?
「実は、ルティ様にアディと恋人関係で、ベッドも共にしたと言われまして。」
「は?」
声が低くなったのは許してほしい。
知っていたけど、アリスから直接聞くと怒りが再燃してくる。
アイツは何故そんなことを言ったのか。
「私返答に困ってしまったのです。その、気になることが多すぎて。」
「俺も色々思うことがあるけど、気になることって?」
「まず五年間の間、アディは魔力操作を覚えるのに必死で、更に剣術の訓練や魔道具作成までしていて、毎日とても忙しかったと聞いたことがあるので、恋人を作るのは無理だったのでは、と。それに、五年間私を想っていてくれたと皆様にも聞いていましたから。」
皆様、とは。
ウィルは確定かな?
「それに、女性経験がないことを懸念されて関係に至ったと言われたのですが、今はそういう時代じゃないですよね。今は側室制度もないですし、一途さの方が好まれるはずです。」
アリスはとても冷静だったようだ。
相手の言うことに振り回されないというのは長所だな。
「色々気になってしまって、最終的にはアディが男色家なのだと言われてるかと思いましたが、殿下たちご友人に対してそう感じたことはありませんでしたし」
婚約申込みを断りまくってるノアじゃあるまいし、男色疑惑を持たれる日が来るなんて思わなかった。
「いくら伯爵家の次男だとしても失礼なことを言われてるわけで、でも女装して身元を隠す人物に指摘して良いのかも分からず。結構、どう振る舞って返答するか、分からなくなってしまったのです。」
「性別に気付いているばかりか、まさか身元まで分かっているとは。アリスはすごいね。」
少しムッとしているアリスが愛おしい。
抱きしめたいけど、話し終わるまでは我慢だ。
「部屋に下がってからちょっと調べました。」
「ヒントがあった?」
「ユアランス侯爵の補佐官のひとりが父親で、アディがルティと呼んでいたので恐らく本名または本名の愛称で、わざわざ身元を隠す必要のある仕事に就いている人、で調べました。サドル伯爵家当主はユアランス侯爵家の補佐官で、その次男はイグニドア侯爵家の騎士でしたから、皇族からの指令で来たのかなと。」
全部解っていたらしい。
さすがだ。
ノアも『ユアランスの基礎を話すつもりが、姉君の覚えが早いから色々話してしまいました』と言っていたな。
「俺も詳しい事情を知らないんだ。人前では本人にも父にも詳細は聞けないし、ウィルの指示の可能性がある以上人前で言えないから。何も話せなくてごめん。」
「いいのです。でも、ルティ様が貴方との思い出を具体的に話すので、嘘だと分かっていてもつい苛立ってしまって。」
俺、今絶対に瞳が光ってる。
だって、アリスが妬きもち焼いてくれたのかと思うと、とてつもなく嬉しい。
「アリス。」
「はい」
「好き。大好き。妬きもち嬉しい。」
「ひゃっ」
抱きしめたアリスの温もりが嬉しい。
想いは全て伝えなくては。
アリスは解ってくれたけど、それに甘えることはしたくない。
いつだって俺の想いを信じてほしい。
「あんな奴の嘘を信じないでくれて嬉しい。俺を信じてくれて嬉しい。」
アリスの顔は蒸気がでそうなほど色付いている。
そんな顔も可愛くて、その頬に軽く口付けた。
「五年間どころか、俺はアリスにしか恋情を持ったことはない。アリス以外に、恋人が居たこともなければ、欲情した経験もない。」
「れんっ……よ…!?」
俺は温室に保管していた贈り物を手にし、アリスの前に跪く。
アリスは大混乱しているようだ。
「アリス・アイティヴェル嬢。愛しています。俺に、約束を下さいますか?」
アリスの細い指に、濃い桃色の宝石がついた指輪を通す。
このシーンは、“僕のお姫様” のシーンを真似ている。
小説で彼は愛する人にプロポーズ前の予約をこうして取り付けていた。
「……………はい。お待ちしております。」
アリスの桃色の瞳から涙がぽたぽたと落ちる。
腕を広げると飛び込んできてくれた。
「約束の日には、金色の蝶がついた指輪と、ピアスを贈らせてほしい。」
桃色の花と、金色の蝶がついた指輪を重ねることでお互いの色を持てるようにしたかった。
指輪を贈る習慣は帝国にはなかったが、あの小説を真似て贈り合う夫婦や恋人が増えている。
それに、アリスの祖父母のロマンスストーリーにも指輪は登場するから、ならば習おうと思って用意した。
「待っています」
指輪を見てから、顔を上げて返事をくれたアリスに、唇をそっと重ねた。
誤解されてすらなかった。
さすがですアリス。