アイティヴェル辺境伯家 アリス②
「お久しぶりです。アルグランデ様」
下がろうとしてるのに声をかけられてしまった。
アディが一瞬硬直しましたが、お知り合いでしょうか?
「その格好……」
「今日はユアランス侯爵家が全員揃うと聞きまして、張り切ってドレスを誂えて参りました。」
アディが人の服装が気になるなんてこともあるのね。
夜闇のような深い青に、ユアランスの象徴である氷色のショールが素敵だわ。
それに、綺麗な髪を巻いているのも素敵。
けれど、この方って………
「アリス。こいつは」
「はじめまして、アイティヴェル嬢。ルティと申します。父がユアランス侯爵の補佐官のひとりで、アルグランデ様とは幼い頃からの関係ですわ。」
「はじめまして。アイティヴェル辺境伯家アリスと申します。」
ルティって愛称よね?
家名も名乗らないだなんて、何か事情があるのかしら?
アディが苦い顔をしていても何も言わないのだから、とりあえず笑顔で対応しましょう。
「アルグランデ様。侯爵様がお呼びです。」
確か侯爵様の執事のひとりよね?
私のことを呼ばなかったということは、ついて行くべきではないわね。
「アディ。私は此処で待っていますから、早く戻って来て下さいね。」
アディが執事を睨みつけると、睨まれた方は顔色が悪くなっている。
「アルグランデ様、私がついていますので。」
あ、今度は盛大なため息をついたわ。
でも、任せると口にしなくても、そうするってことはこの御方は騎士か魔導師なのかしら?
「アリスの傍に居られないなんて苦行、さっさと終わらせて帰って来るから。それと、御守りも置いていくね。」
アディの掌から氷の結晶がふたつ現れ、手元を離れて私の髪とドレスに宿りました。
何だか分からないけど、装飾品代わりかしら?
アディが言うなら御守りなのでしょうね。
アディが離れて行った途端に、ルティ様は話し始めました。
「アイティヴェル嬢は、本当にアルグランデ様に愛されているのですね。凍りついているような表情の無さだと言われていた彼が、あんなに婚約者の前では分かりやすいだなんて。私とお付き合いしていたときにはなかったことだわ。」
え?
「あの方は昔から貴女一筋だけど、次期侯爵がいつまでも女性と経験がないのもって…… 昔からの知人の私に頼んで来たのよ。私としては、恋人にしてくれるならってお願いして、私たちの関係は成立したわ。」
恋人?
関係の成立?
これは、喧嘩を売られているかしら?
「貴女との夜はどうなのかしら? 私のときは、初めてのことに貪るように必死で可愛かったのだけど、貴女ともそうなのかしら?」
扇子で口元を隠してコソコソと話してくるけど、何故こんな所でこんな大胆な嘘をつくのでしょう?
女装してることにも目的があるから、アディは驚いても何も言わないのよね?
だったらこれも何か目的があるのかしら?
被害者のように振る舞う?
それとも悪女のように振る舞う?
正解はどっちなのか。
「あら? もしかして、まだなのかしら? そういえば貴族の婚姻って初夜まで待つのよね。私、協力しようかしら? その方が貴女も浮気の心配が減るのではなくて?」
協力? 浮気?
嘘だと分かっていても不快だわ。
「結構です。私はアディの愛を疑ってはいませんから。」
ニコッとしたはずなのに、何故かルティ様が引き攣った顔になりました。