アイティヴェル辺境伯家 アリス
皇帝を主君とする貴族とは異なり、国に忠誠を誓う四代侯爵家の【護】の家門こそがユアランス侯爵家。
皇帝が悪政を行うなら倒し、無能なら引きずり降ろす。
それが四大候爵家だ。
もちろん皇族や公爵家も口を挟むが、四代公爵家の当主四人が下した決定ならば覆すすべはない。
皇帝と四代侯爵家の誓約は、いつでも役割を果たすこと。
なので他の貴族とは違い、領地に籠るわけにはいかず、戦力を国の中央に置くことを基本とし、離れる場合には代理を置かねばならない。
「というわけで、父上と母上が帰省するために、僕たちが着いてすぐに叔父夫妻や騎士たち大勢が皇都に向かっています。」
兄弟が揃うのは初めてのことだと聞いていたけど、こういう理由だったのね。
それにしても、なんの躊躇いもなくノアは淡々と説明しているけど、私に知られて大丈夫なのかしら?
私の視線に気付いたノアが、優しくふんわりした笑みを見せました。
「僕たちは、教育の上でこういう価値観になるわけではないのです。まだ幼い双子でさえ、“最優先は皇帝より国である” という概念が己に存在していることでしょう。」
「そう‥‥ それが “ユアランス” なのね。」
価値観というより、本能に近いものなのかしら?
義務感とか、そういう話ではないのかもしれないわ。
「そうですね。血筋こそが国を裏切らない証明とも言えるので、基本ユアランスは身内で当主を支える役目を担います。なかには爵位を自分で得ている方もいますね。」
「ねぇ、ノア。こんな家門に関わる大事な話を、私にしちゃダメだと思うの。」
「もうしてしまいましたので諦めて下さい。これで客人と対面しても、余所者と言われる筋合いがなくなりましたね。」
確信犯だった。
アディとノアは見た目はそっくりだけど、ノアの方が策士って感じよね。
「ちなみに姉君が今書いているノートは、家門の秘密が含まれるので兄上が管理しますね。兄上の執務室にでも置いといてもらいましょう。」
「やっぱり厳重な秘密なんじゃない。」
皇帝より、国を優先する。
現在の皇太子殿下と側近の関係は、もしかしたら歪なのかもしれない。
殿下が国のために在り続ける限り、彼等の忠誠は揺るがない。
それでも殿下の絶対的な味方は居ないの?
彼等は友人で、アディと殿下は親友なのに。
「姉君、皇太子殿下と兄上の関係を考えてます?」
「ノアは本当に人の心に敏感ね。」
「予想していたっていうのもあるので。ふたりは異例とも呼べる親友の関係性ですから。」
殿下がアディを気に入って、何度もめげずに話かけて押して押して、友人になったことが始まった。
そこまでは私も知っている。
子どもの頃、アディが『ウィルが俺と友達になりたいらしい』なんて言ってたのを覚えている。
「殿下の本心を僕は聞いたことがないから、この話は兄上に聞いてみたほうが良いかもしれません。」
教えてくれるかしら。
確かに皇家の話でもあるから、いくらノアでも知らないこともあるのかもしれない。
「さて、姉君。ハンナを追い出すような形になってしまったので、お土産を用意しています。ハンナとどうぞ。」
「家門の話なら仕方ないわ。でも有り難う。」
そのお土産を持って来たのは、ずっと部屋に居たユアランスの執事と侍女。
男女がふたりきりで部屋に居るわけにはいかないし、こんな話をするのに扉を開けとくわけにもいかない。
そこでノアが連れてきたふたりだ。
「姉君。紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。」
「執事の名前はリアム・ハーデー。子爵家の三男で商人の勉強してたらしいけど、優秀だから引き抜いた。」
ハーデー子爵家って、あの富豪一族とまで言われてる?
ノアが引き抜いてくるならとても優秀な人なのでしょうけど、執事で良いのかしら。
「侍女の名前は、ユリアン。今は家名はないけど、まもなく用意します。優秀なので専属にした人です。」
今は家名がないということは、絶縁したとか、破門されたとかそういうこと?
「さてふたりとも、心して聞いてくれ。兄上の最愛の婚約者、アイティヴェル辺境伯家のアリス姫だ。」
「アイティヴェル辺境伯家!?」
「こんな可愛らしい方が、あの英雄のアイティヴェル‥‥!?」
姫ではないと訂正するタイミングを逃したわ。
むしろアイティヴェルということより、姫と呼んだことを突っ込んでほしかった。
「驚くと思って黙っていた。兄上は嫉妬心強だから、紹介したりしていなさそうだと思ってたし。」
アイティヴェルって、人を驚かせる要素あったかしら?
嫡男のお兄様でもないのに?
最初からあった設定なのですが、
今更の紹介になりました。
ウィルとレオの約束を本人たち以外知らないので
候爵家から見れば、皇太子殿下と側近は
将来性危うい歪な関係性です。