婚約者のドレス
前回と繋がる話です。
店員はすぐに俺が誰か分かったようで、店主を呼びに走っていく人が見えた。
この国の魔導師には階級があり、俺は最高位のランクが与えられている。
国に認められた魔導師ならブローチが与えられ、その中で最高ランクを与えられた者のみブローチに宝石が入っているらしい。
宝石ありと無しでは柄が違ったと思うが、よく覚えていない。
俺は氷の魔力をイメージしたのか淡い空色の宝石がはめられている。
別にオシャレしたからではなく、治安改善のために普段から身につけるようにウィルに厳しく言われている。
店員は、そのブローチで判断したのだろうな。
「お初にお目にかかります。ユアランス侯爵御令息様、アイティヴェル辺境伯御令嬢様。」
店主はまだ若く、柔らかい雰囲気の女性だった。
アリスは既に安心した表情だ。
ふむ、アリスを萎縮させないためにこの店をウィルは選んだのか。
俺では母上に相談でもしないと、こういった店はさすがに知らないからな。
今度母上に相談して “アリス観光地図” を更新しようかな。
「夜会に赴くのが子どもの頃以来で、最近の流行りの形を知りたいのですが」
流行りの形なんてあるのか。
女性のドレスは「戦装備のようなもの」だと母が言っていただけあって、選ぶのは本当に大変そうだ。
店主が見本のドレスを並べるように指示を出し、俺達には紅茶が用意された。
「アディ。つまらないですよね? 私ひとりでも」
「アリスが嫌じゃないなら一緒に選びたいな。ダメかな?」
「いえ、嬉しいです。」
俺たちのやり取りを見ていた店主や店員が、ニコニコとこちらを見ていたのことに気付いたアリスは顔が赤い。
今日もアリスが可愛い。
用意された見本のドレスは、なんていうかすごく派手だな。
胸元が開けているデザインが多い。
これが流行りなのか?
夜会で見た景色を思い出そうとするが、アリス以外の女性が着ているドレスなんて思い出せるわけがなかった。
「アディはどう思いますか?」
「アリスが好きでもないデザインを無理に着る必要はないかなと思う。」
ドレスと普段着は違うのかもしれないが、アリスの好みは違う気がした。
アリスが派手な装飾品を付けている所を見たことがないし、髪飾りですら宝石などのない物が多い。
アリスの服も装飾品もアリスに似合っていて、何よりアリスが気に入っている物なのだから、俺としては何の文句もない。
だからこそ、ドレスだって好きな物を着て欲しい。
「アディ。私に聞きたいことがあるのではないですか?」
アリスにはお見通しだったようだ。
「アリスにドレスを贈りたい。けど、痕の正確な場所が分からなくて、どういうデザインを選んで良いのか分からない。」
「ふふ、アディは優しいから聞けないのだと思っていました。」
アリスは紙とペンを借りると、女性の背中の絵をサラサラと描き、傷の場所を教えてくれた。
「アリス‥‥‥ 絵が上手すぎない?」
「領地で見た景色を絵に描くのが好きで」
俺の知らない五年間のアリスの話だ。
アリスは五年間も空白になってしまったことを気にしているようだけど、俺としては気にしていないしどんどん話してほしい。
「絵は領地にあるのか? 今度見せてほしいな。」
「はい、未熟ではありますが是非。」
なんと、アイティヴェル領の邸に行く許可がアリスからもらえた。
「あ、そうだ。」
そのあとはもう、アリスより俺が店主や店員と相談している方が長かった。
正直言って、あんまり胸元が開けた服は俺が好ましくない。
アリスがそういうドレスをオシャレで着たいなら止められないが、その時は一秒も離れることはできないだろうな。
アリスは俺に任せてくれた。
正直、女性のドレスなんて知識不足だったので、そこは店主の知恵を借りてデザインを注文していく。
アリスは何も言わず、俺が聞いたときだけ意見をくれた。
本当に俺が決めて良いのかと尋ねたが、アリスは「はい、私に似合うドレスをお願いします」と言ってくれた。
俺が店主と相談を重ねてる間に、アリスは採寸を済ませていたようだ。
店を出てからアリスが教えてくれた。
俺は普段から「こういうの好き?」「どっちの方が好き?」などとアリスの好みを頻繁に聞いていて、今日渡した贈り物のデザインも好みにピッタリだったから任せてくれたらしい。
「前に連れて行ってもらったカフェも、今日のプレゼントも私の好みに合わせて下さっていて嬉しかったのです。」
俺の心は報われた。
「今度はアディの好きな物も教えて下さいね。」
え、アリスだけど。
聞かれる度にアリスって答えて良いのかな?
「婚約者から贈られたドレス」とか「パートナーの色のドレス」とか素敵だなと思う一方、好みに合わないとか似合わないとかないのだろうかって不思議に思ったことがあります。アリスのドレスを頼んだよアディ!