ユアランス候爵家執事 リド
今年の冬は特別になりそうという予感は、本邸の誰もが抱いていた思いでしょう。
先に帰省されたのは、ノアルト様とユリウス様でした。
そしておふたりは、テキパキと長兄とその婚約者様をお迎えする準備を進めたのです。
あの兄上至上主義なノアルト様に認められるなんて、お嬢様はさそがし素敵な女性にご成長されたのでしょう。
お会いできるのが楽しみです。
グレン様とアレン様は侯爵夫妻と帰省予定ですが、先にアルグランデ様が婚約者様と到着なさいました。
あんなにも幼かった坊ちゃまとお嬢様が、今も手を取り、微笑みあっていることに目頭が熱くなりました。
驚くことに、お嬢様は私を覚えていてくださり、涙まで流して再会を喜んで下さいました。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
廊下でアリスお嬢様に出会いました。
メイドだけ連れて、アルグランデ様はご一緒ではないようです。
「あ、リド。先代様ご夫妻との再面会を希望したのだけど、お客様が例年より早くいらしたとかで延期になりまして。」
それは、とても大変そうな‥‥‥
先代様は、きっとお嬢様に失礼な言葉を発したでしょうね。
それに怒り狂う坊ちゃまたちが、容易に思い浮かびます。
「それで時間が空いて、ノアが勉強を見てくれるというから向かってるの。」
ノアルト様。
お嬢様に愛称呼びをさせているだなんて、アルグランデ様の願いを絶対死守するつもりなのですね。
嫁ぐ先の家族との仲が良好かは、とても大事なことですから。
「ご案内しますか?」
「場所は覚えたから平気よ。有り難う。」
使用人にまでお礼を伝えてくれる優しいお嬢様。
幼い頃と変わらないのですね。
お嬢様と別れてやってきたのは、アルグランデ様の執務室です。
入室の許可を得て中に入ると、アルグランデ様と執事のビリーが書類を片手に仕事していました。
「どうした? 使用人の教育係であるお前がわざわざ来るのだから、緊急なのか重要案件かなのだろう?」
「はい。ご相談させて頂きたく参った次第です。」
古株である自分は、高熱でベッドから起き上がれなかったアルグランデ坊ちゃまのことを良く覚えています。
そんな坊ちゃまが、今では魔導剣士として名を馳せ、今こうして御父上の仕事を手伝っているだなんてとても感慨深いです。
「実は客人から過分に贈り物が届けられまして。」
「贈り物?」
「はい。アルグランデ様の婚約祝いに六割、便乗して御兄弟にが三割でして。」
「俺が婚約したのは最近ではないが?」
ビリーが、お近づきになる名目が欲しいだけですよ、とアルグランデ様に説明して下さった。
「それに、ノアルト様への婚約申込みの足がかりにしたい人も多いそうですね。ノアルト様は、多分主君よりモテそうですし。」
本邸に居た頃、ノアルト様への招待状や婚約申込書の多さは何度も見ていますから、人気の高さはよく存じ上げております。
侯爵家の令息、父の色と母の美貌を持ち、そして何よりアルグランデ様に比べて愛想が良く柔らかいの印象のノアルト様、そう思われているでしょう。
アルグランデ様との最大の違いは、異性に対して鈍感でないところでしょうか。
「あっ。リド様、あと一割ってまさか」
「はい、アリスお嬢様宛です。」
言った途端に、空気が冷たくなりました。
アルグランデ様の表情は冷たく、瞳が輝きを増しています。
「どうして、俺はレオじゃないのだろうな。」
‥‥‥‥‥え?
アグニエイト侯爵家のレオナルド様のことでしょうか?
あの御方に憧れていらっしゃるとか?
子どもの頃は、友人でありながら兄弟のようでしたが。
「主君。物的証拠が残らず処分できたとしても、燃やしてしまっては主君の姫君が困ると思いますよ。この後贈り主と顔を会わせるでしょうし。」
燃やすつもりでしたか。
氷や水魔法が得意な家系ですが、ユアランス侯爵家はなんというか愛情が過激ですよね。
「そういえば、先程アリスお嬢様にお会いしました。メイドのハンナと共にノアルト様の勉強会に向かわれるところだとか。」
「は?」
発せられた声はとても低く、部屋の温度が更に下がりました。
どこに怒りの分岐点があったのか。
「アリスはハンナしか連れていなかったのか?」
「はい。あ‥‥‥ 申し訳ありません。案内が必要か尋ねるのではなく、付いていけば良かったです。」
頭を下げて済まされる問題ではない。
客人がたくさん来ているの邸は、あまり良い場所ではないのかしれない。
何の報告も飛び込んで来ないのだから無事なのだろうが、そういう問題でもない。
「アリスが断ったのか?」
「はい。場所は覚えたから大丈夫と」
「そうか。ならば良い。リド、よく役目を果たしてくれた。」
役目って何でしょう。
アルグランデ様は何かに納得したらしく、冷気を放たなくなりました。
ノアルトの笑顔は、基本作り笑い。
愛想が良いという認識は完全に誤解です。