勇者より
今日は祖父母との約束の日。
指定された場所は、先日とは別の温室だ。
「紹介します。愛しの婚約者、アリスです。」
何故か祖父母が目を見開く。
一般的な紹介文だと思うけど。
「初めてご挨拶させて頂きます。アイティヴェル辺境伯家長女、アリスでございます。お会いできて光栄です。」
アリスは完璧に “淑女の笑み” で挨拶した。
メイドたちが光悦の表情でアリスを見つめている。
「倅から話は聞いている。何でもアルグランデが一方的に一目惚れして、駄々をこね、婚約に至ったらしいな。」
嫌味ったらしい態度だ。
婚約したの何年前だか知っているのか?
それに、父上が駄々をこねたなんて説明をしたとは思えない。
この祖父の発言に、勝手についてきて勝手に後ろに控えているノアルトとユリウスが、警戒心を増したのが伝わってきた。
「アディが駄々をこねて下さったのですか?」
一方アリスはいつも通りだ。
敬意を払った態度は崩さないし、淑女としての姿勢そのものだが、攻撃的な態度でもなくにこやか。
「どうしてもアリスが良かったから、願いはした。」
「私を選んで下さって有り難う、アディ。」
この笑顔は、いつものアリスだ。
俺のことを好きだと伝わる最高に可愛いアリスだ。
「最近の子はアルグランデをアディと呼んでいるのね。」
祖母の気になるポイントが分からない。
今気にするのが俺の愛称なのか?
「違います。俺を愛称で呼ぶのは家族と親しい友人だけですが、この呼び方はアリスだけです。特別な女性ですから。親友だって俺のことはアルと呼びます。」
この人たちは、親友が皇太子殿下だと知らないかもしれない。
「特別な、そう、特別なのね。ノアルトとユリウスまで侍らせるのだから、確かに特別なのかもしれないわね。」
「? ふたりを侍らせているのは彼らの兄であって、私ではありませんが」
祖父母の嫌味は確実に伝わっている気がするけど、アリスはのほほんとした雰囲気のままだ。
コテンってして、ほんと何でこんな可愛いの。
「でも確かに落ち着かないですね。ノア、ユーリ。座って一緒にお茶を頂きませんか?」
「姉君が望むなら喜んで。構いませんか? 兄上」
ノアルト、今許可を取るべきは祖父だろう。
後継者に口出ししたあの時から、ノアルトはずっと祖父母と険悪だ。
「よろしいですか? お祖父様」
「構わん。今椅子を持ってこさせよう。」
「有り難うごさまいます、お祖父様! 姉様とお茶できるなんて嬉しいなぁ!」
ユリウスは表情を弾ませて喜んだ。
けど、お祖母様の顔は限界まで引き攣っている。
「ノアルト、ユリウス。その呼び方はやめなさい。まだ婚姻していないわ。それに貴女も、婚約者でもない侯爵家令息を愛称で呼ぶだなんて、婚約者同士でもない男女で良くないわ。」
「やめません。」
ノアルトが即断った。
食い気味の返事だった。
「姉君にノアと呼んでほしいと頼んだのは僕です。兄上の妻になる御方であり、敬愛する兄を救ってくれた尊い女性なのですから。僕は姉君と家族になれる日が楽しみです。」
アリスの桃色の瞳が潤んでいる。
ハンカチでそっと目元を抑えてあげると、ハンカチを受け取って涙を拭った。
「救ってくれた‥‥‥?」
「お祖父様、お祖母様。アル兄上が意思を強く持って、血を吐くような努力を重ねて、膨大な魔力に打ち勝って生きてくれたのは、アリス姉様と出逢ったからなんだよ。兄上は姉様と生きていきたくて、必死に魔力操作を覚えて、体力をつけて、強くなったんだ。」
「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」」
祖父母、絶句である。
「アリス姉様は、兄上のために何もできなかった俺にとって、どんな物語の勇者より尊敬する女性だよ。だから、アリス姉様に失礼な物言いはやめてください。」
ユリウスがこんなふうに思っていたなんて知らなかった。
俺が生きる熱意を失っていたことが、幼かった弟を傷付けていたなんて思わなかった。
「だから姉様、もしアル兄上が姉様を傷付けることしたら言ってね? 悪気がなかったとしても、絶対に俺が反省させるから。」
うん、弟は純粋なだけではなかった。
アリスは更に涙が溢れて顔を上げられないでいるが、ぶんぶんと首を振っている。
「ユーリ。何もできなかったのは私もです。熱に魘されているのを見守るしかできなくて、邸でしか会えないことを謝るアディに何て言えば伝わるのか分からなくて。私だって無力だったの。」
「姉様‥‥‥」
「姉君‥‥‥」
アリスのその気持ちは、当時から知っていた。
長く生きられないのに婚約なんかで縛ってごめんってずっと思ってた俺に、アリスはどう言葉にして良いか分からず隠れて泣いていた。
「アディ、生きていてくれて有り難う。ノア、ユーリ、私の大切な人を愛して見守ってくれて有り難う。」
俺は堪らずアリスを抱き寄せた。
ユーリはもらい泣き始めて俺に飛びついてきた。
ただ気になるのは、何故か祖母が思いっきり泣いている。
「きゃっ」
「すみませんが、今日はこれで失礼します。」
俺がアリスを抱きかかえて席を立つと、きちんと挨拶をしてからノアルトとユリウスもついてきた。
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