アイティヴェル辺境伯 ミハエル
今日は妹がユアランス領に向かう日。
「アリス、お待たせ。……逢いたかった。」
馬車から降りて待っていたアルは、邸から出てきたアリスをナチュラルに抱きしめた。
「おい、ちょっと待て。俺の前だが?」
アリスは照れていたようけど、抱きしめ返したりもしなかったが拒否もしていなかった。
だが、それとこれとは話は別だ。
「おはよう。ミハイル」
「俺の目の前で! 俺の妹に! ベタベタするな!」
俺の記憶だと、アリスとは一昨日学園で会っているはずだ。
それなのに、何年も逢っていなかったかのように再会し、更にはハグするなんてどういうことなのか。
「ならミハイル。アリスを抱きしめても良いだろうか。」
「良くない! 許可が必要ということでもない!」
やっぱりコイツはズレている。
アリスのことしか考えていないのか、と突っ込みたくなることが多々ある。
「ごめんね、アリス。再会のハグは、婚姻してからになりそうだ。いや、ミハイルが居ないところでなら良いのか?」
「ハンナ! 荷物を頼む!」
もう無視するしかない。
こんなのが義弟になるかと思うと、ときどき不安になる。
「ハンナさん、荷物はこちらへ」
「はい。お嬢様のブランケットやクッションも用意しているのですが、それはどちらに」
「それならこっちに。アルグランデ様も姫君のためにご用意していますので、好みに合わないときは遠慮なく差し替えて下さい。」
一緒に来ていたアルの筆頭執事が、ハンナたち使用人にテキパキと指示してくれている。
ビリー・ハウスドラング。
元々はアルが拾ってきたと聞いているが、侯爵家に使えるために一度ハウスドラング子爵家と養子縁組し、それからユアランス侯爵家に仕えている。
皇太子殿下がユアランス邸に訪問した際、世話の全てを任せているらしく、社交界でも有名な人物でもある。
そして引き抜きの誘いは全て即拒否。
主君に忠実なところは好感を持てる。
うちのメイドに対しても紳士的のようだし、他人に厳しいハンナも仕事ぶりを褒めていた。
けど、姫君ってアリスのことか?
「あの、何故この馬車温かいのでしょう? それにクッションまで温かい? え??」
「主君の姫君が同乗するのですから当然です。この馬車には、防寒の仕掛けがされていますし、そのクッションにも魔道具を仕込んでいます。柔らかさを損なわないように、主君は試行錯誤していました。」
聞こえてきた声にどう突っ込んでいいのか分からない。
防寒の仕掛け?
クッションに魔道具?
聞いたことないし、試行錯誤ってことは自作??
「姫君? あぁ……… アリスお嬢様のことですね。うちのお嬢様にご配慮頂き有り難うございます。」
ハンナ、慣れたのか?
突っ込むのをやめて冷静に受け止めたな。
「ビリー! 私は姫君ではないと言ってるのに!」
ずっとアルと話していたアリスが、振り返って言葉をかける。
けどアリス、気になるのはそこなのか??
妹は魔道具に関する知識がないわけではない。
けど、魔道具が少ない辺境伯家らしいというか、魔道具に関心が薄い気がする。
婚約者が魔道具制作者なのに、それで良いのか?
「アル。妹のために有り難いが、やりすぎは?」
「アリスのためにやりすぎなんてことはひとつもない。馬車の中でもなるべく快適に過ごせるように工夫したから、アリスは安心してユアランス領に来てほしい。」
「有り難うございます?」
アリスもこれでいいのか? と思ってはいるようだ。
皇族だってこんな馬車は使ってない気がする。
「お兄様、行ってきます。」
「困ったことがあったらすぐに連絡しなさい。」
「有り難うございます。」
アリスが抱きしめてくれた。
ぎゅっとしてから頭を優しく撫でて、額にキスを落とす。
「どうかアリスに旅のご加護を。いってらっしゃい。」
「は!?」
アル、声に出ているぞ。
これは遠出する家族に向けた、我が家の伝統的な挨拶だ。
ユアランス領にやっと向かいます!
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