怖い過去
新章開始になります。
最近は平和だ。
何故か聖女は大人しく、あの腹が立つ声を聞くことも、姿を見かけることすらもない。
そして俺は、機嫌が良い。
もうすぐ冬期休暇になり、アリスがユアランス候爵領に来てくれる。
北方にあるアイティヴェル領は豪雪地帯になるため帰省できず、皇都のアイティヴェル邸に留まるつもりだったらしい。
そこでアリスを帰省に誘ったら快諾。
ミハイルには断られたけど、レオの邸に呼ばれていたりもするらしいから寂しくはないはず。
冬期休暇は特別だ。
だってアリスの誕生日がある。
五年前の事件後、目を覚ましたときにはアリスの誕生日は過ぎていたし、魔力暴発の後遺症で満足に体も動かせなくて、何も贈れなかった。
その後、アイティヴェル辺境伯から『娘に時間がほしい』という内容の手紙をもらい、俺は何も贈ることすらできずに過ごしてしまった。
辺境伯からの手紙は、“治療の” 時間とは書かれていなかったから、怪我を負わせた俺のことを嫌いになったのかと悲しみに呑み込まれた。
実際に婚約解消を希望する書状も届いていて、俺は何日も寝込んで落ち込んだ記憶がある。
『お前の彼女への愛は、本当にその程度なのか?』
ウィルにそう言われなかったら、立て続けに起こる魔力暴発で、俺は長く生きられなかったと思う。
俺の魔力は感情に左右されやすく、泣いて過ごす毎日は本当に体への負担が大きくて、家族に大変な心配をかけていた。
ウィルに言われてから魔力操作の特訓を始めて、体への負担が減ってからは体力をつける訓練を始めた。
起きていられる時間が長くなった頃から、勉強の時間も増やして、俺は婚約者の家門について始めて深く知ることができた。
アリスは英雄一族の姫君だ。
その彼女と成婚するためには、俺は並であってはいけない。
ウィルは体の弱い俺のためにユアランス邸に通ってくれて、一緒に遊び、共に勉学や訓練に励んだ。
俺の初めての外出には、ウィルが無理言ってついてきたので、父と護衛は青い顔をしていたこともある。
親友だからこそ、俺はどうしても確かめたいことがある。
「君が私を呼び出すなんて珍しいな。何かあったか?」
ユアランス邸にある俺の部屋で、まるで自室のように足を組んで寛ぐウィル。
けど、ウィルが君って呼ぶのは人目を気にしているときだ。
癖とかではなく、わざとそうしてるらしい。
「たまにはゆっくり話したかっただけだ。親友だからな。」
目配せしてビリー以外の使用人を下げると、ビリーは給仕を始めてウィルにお茶と菓子を用意した。
「ビリー、腕を上げたな。何処産の茶葉だ?」
「アイティヴェル産でございます。主君の姫君にお願いして頂けた品でございます。今年のイチオシだと伺いました。」
「主君の姫君…… そんな呼び方してるの?」
「偽りはありません。」
幼い頃からユアランス邸に来ていたウィルは、ビリーのいれたお茶しか飲まないことにしている。
ユアランスの使用人が、万が一にも魔がさすことがないように、ウィルが父上に宣言して取り付けた約束だ。
皇太子殿下によって、勝手にお茶係にされたビリーは、さぞかしプレッシャーだったと思う。
お茶以外に何も入れなければ良い、なんて優しい話ではない。
誰にも、何も、させないようにすることまで含めて、一方的にビリーの仕事にされてしまった。
まぁビリーは元々の俺付きの執事だし、そういうことが不得意ではなかったようだけど。
そしてそれを実現できる能力を証明したので、ビリーは今でも俺の筆頭執事だ。
それにしても、毒を盛られるとかは皇族の宿命かもしれないが、媚薬を盛られるなんて危険はウィルが見目麗しすぎるせいだな。
昔、媚薬盛られた際に、事に及んだのか聞いたら滅茶苦茶怒られたことがある。
襲われそうになってたが相手を昏倒させ、解毒剤を飲んでから騎士を呼んで連行させたそうだ。
俺は偶然登城していて、激怒するウィルの話し相手になるために呼ばれたから知っているが、すっごい怒っていてほんと怖かった。
皇族って大変だよね。
「それで? 話があるんだろう?」
「待って‥‥‥‥‥ 今ウィルの怖い過去思い出しちゃったから、勇気が溜まるまで待って。」
「何を思い出したのか気になるね。」
「恐ろしくて語れません。」
ウィルは、落ち着いている。
なんとなく、何の話か察してる気がする。
それでも切り出してこないのだ。
大変お待たせしました。
更新再開します。