アルグランデの親友
【ウィリアム=ディリアス・スペーリオ】
皇帝陛下の長男で、このディリアス帝国の皇太子殿下。
実力主義の皇族は、長男が皇太子になるという決まりはなく、長男が定められた年齢になると皇子皇女の中から立太子させる者を陛下が選定する。
長男は、準備する時間が年齢分長いが、ただそれだけで優位に立てるほど安易な問題でもない。
陛下は四男らしいし、ヴィオレット公爵は五男らしい。
ウィルは七人兄弟。
ウィルの下には、六人の弟妹がいる。
ウィルと次男の年齢差は、たった2歳。
立太子を目指すと決めたその日から、ウィルは弟妹に立太子の希望があることも聞くこともなく、徹底して準備を始めた。
『弟妹の意思は関係ない。彼等がどう考えていようと、私には実力と実績が必要なことには変わりない。』
名に “ディリアス” と付くのは、皇族として継承権を持つ証。
ヴィオレット公爵は、継承権を破棄しているため、本人にも子にも皇位継承権はない。
姓を別に持つのは、実力が伴わなければ皇族の差し替えだって行う可能性するあるということ。
つまり、皇族は皇位継承権を持つ代わりに努力を当然とし、皇帝陛下になるにはとても高い能力が必須だ。
血筋だけでこの国は守れない。
これはウィルが直接話してくれた内容で、余所ではできない内容だ。
俺は、ウィルのこういうところが好ましくて友になり、そして親友になった。
ウィルはあの日、空色の瞳に涙を浮かべて、この国に何を思ったのだろうか。
聞く必要はなかった。
いつもニコニコと愛想が良くて、お行儀が良くて、決して心を読ませることをさせなかったウィルの本心を、初めて目の当たりにした瞬間だった。
ウィルは、陛下と色合いは似てるけど、顔立ちは皇妃様に似て柔らかく整っていて、澄ましている姿を見れば美しい人形のようだ。
だからこそ、民を想って流す涙はウィルの本心であり、とても綺麗だった。
その事は、家族にだって話してはいない。
だからこそ、側近になると決めたのは、それぞれの家にとって青天の霹靂だっただろう。
「皇太子殿下が下さった書面には、愚息の愚行が書いてあった。まさか不貞を重ねていたなんて。」
聖女のことは伝えていないのか?
いや、公爵が酷い醜聞だからあえて口にしないだけで、告発している可能性はあるか。
「聖女様をよく思わない面があったようで、アイティヴェル嬢を聖女のようだと祀り上げて、聖女の地位を貶そうと画策していたようだ。」
「は?」
父上は思わず声に出したけど、陛下と辺境伯は表情を変えないままだ。
「聖女のよう、ですか。確かに娘は慈悲深い面がありますが、それでも聖女になんてありえません。」
辺境伯の聖女嫌いは誰もが知っている。
五年前にあんなことがあったのだから当然だ。
それなのに、教会の象徴の聖女のように祀られそうになっていただなんて、辺境伯が剣を抜かないか不安になる。
武器の持込み禁止で良かったかも。
「それから、そんな不埒な方が娘の周りをうろつくなど言語道断。絶対に、娘に近寄らないで頂きたい。」
あ、社交界からの断絶だな。
公爵という地位にいても、アイティヴェル辺境伯の怒りは買いたくないだろう。
いや待てよ、だったら何で話したんだ?
もしかして‥‥‥
「アルグランデ、お前は何を望む?」
あぁ、やっぱり。
これはウィルと公爵の取引の結果なのだろう。
「これ以上我が婚約者に付き纏うなら、こちらも距離を取ろうと思います。」
俺たちが領地に下がるか、公子を遠ざける選択をさせるか。
そんなもの、答えは決まっている。
「愚息は領地に下がらせます。」
公爵は、醜聞になる前に社交界から遠ざけ、できれば廃嫡するというお家騒動を回避したい。
ウィルは、公子を遠ざけたいが、血縁間のトラブルで皇家の評判を下げたくない。
その補佐をやらされたわけだ。
ハッキリ言わないなんて分かりにくい!
「それから、領地で三年以内に成果がなければ、二度と領地から出しません。」
公子がアレだから、この方のことを少し見誤っていたな。
この御方は、皇位継承権を持っていた、皇族陛下の弟だ。
守るべきものを守るためなら、子に優劣など持たない。
ウィル、皇太子なのに
役割的なものが華やかでなくてごめん……
読んで下さり有り難うございます!
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