エトール伯爵家 アンジェ
どうしましょう。
どうしてこんなことになったのでしょう。
「ユアランス侯爵夫人、ご令息の方々。ファンブレイブ侯爵夫人、ご令息ご令嬢の方々。そして、妹の友人でもあるアイティヴェル嬢。本日は我が妹のために御足労頂き有り難うございます。」
噛まなかった!
リュカお兄様、とても頑張っています。
ちょっと震えています。
此処はファンブレイブ侯爵家の離れであり、普段お借りしている現在の住まいでもありますが、私たち兄妹はできる限りの準備をしました。
「リュカベル、過剰な気遣いは不要です。貴方はエドワードの義兄になり、私の義息子も同然になるのですから。」
「そうよ! 可愛いアンジェのためですもの!」
「普段この離れで、何か不便はないか?」
ファンブレイブ家、夫人、次女のソフィア様、エド様が順に話していきます。
キリッとした雰囲気が似ていて、ソフィア様は瞳の色がエド様と同じでちょっとドキドキします。
対して、ユアランス家の皆様。
「お邪魔してごめんなさいね。どうしてもアリスちゃんのドレス作りに参加したくて。息子だけでも置いてこようと思ったのだけど。」
「俺がアリスに会えるチャンスを逃すわけないでしょう。」
「リュカベル様、ファンブレイブ侯爵家の皆様、お招き頂き光栄でございます。」
お兄様は次男のノアルト様の畏まった様子に一瞬固まりましたが、アイティヴェル領からの帰り道にご一緒したときもそうだったことを思い出したようで我に返りました。
何故いらっしゃったのでしょう?
ノアルト様、アイティヴェル領でもパーティには参加せず、色々されていた印象です。
今回も目的があるのでしょうか。
各家のメイドや従者が素早く客室に荷を運びます。
えっと、お、多くない?
アリス様について来られたハンナはトランクひとつなのに、その何倍も夫人たちは持ってこられたようで。
「あの、エトール家からはたいした物を出せなかったのですが、それは」
「いいのよリュカベル。アンジェのドレスにはうちの娘たちの物を使えばいいわ。好みが知りたくて色々持ってきたのよ。」
夫人は、きっと知っているのでしょう。
子ども頃に着ていたドレスは売ってしまい、それでパンを買ってこっそりと食べていたのです。
そんなときはいつも、リュカベルお兄様が隠してくれて、こっそりと食べて空腹を満たしていました。
「あ‥‥‥ あの、お兄様、子ども頃よく身につけていたブローチ、あれはもう無いのでしょうか?」
お兄様は子どもの頃、自分がしているブローチを売っても良いと渡してくださいましたが、私はそれをしているお兄様が好きだったから断ったのです。
銀色の蝶の細工が素敵で、思い出のブローチです。
「今でも持っているよ。使うかい?」
「いいの?」
「もちろんだよ。あれはアンジェの物なんだから。」
私の?
「覚えてない? アンジェに贈った物なのに、アンジェは自分が持っていては壊されるから預かっていてほしい、と。引き出しにしまってはなかなか見れないから、いつもつけていてほしいってアンジェが言ったんだけど。」
ええっ!?
取ってくるね、と言うとお兄様は、足を引きずりながら部屋から退出していきました。
「使用人に頼まず自分で取りに行ったってことは、今の今まで誰にも言わずにずっと大事に隠していたのね。」
「あの優しさはうちの愚弟にも見習わせたいわ。」
エド様だって優しいです。
そう言いたいのに、涙が溢れそうで何も言えません。
少し前に、家族が罰せられるのに心が傷まない私を酷い人間だと思いますか? とエド様に訪ねました。
そしたら『思わない。アンジェの家族はリュカベルだけだ。』と言ってくれました。
そう、私にはずっとリュカお兄様だけでした。
今思えば、私たちは明らかに本妻の子で、だからこそ嫌がらせが耐えなかったという面もあるのでしょう。
「ブローチがあるなら、それを使って装飾品にするのも良いかもしれませんね。子どもの頃のなら小ぶりかもしれませんから、リボンや花とかでドレスと合わせましょう。」
アリス様が手を握って微笑んでくれました。
あぁ‥‥ 天使。
少しだけ、夜会が楽しみになりました。