皇太子殿下 ウィリアム①
陛下だって、教会の仕組みに思うところがなかったわけではないだろう。
元々は私がひとりで調査を始め、現在の側近たちに手伝いを個人的に頼んでいた。
陛下に奏上しても事が大きいだけに、すぐに良い返事はもらえないまま、二年も経ってしまった。
その沈黙は、ユアランス侯爵令息襲撃事件のことがあってやっと破られた。
先代辺境伯である英雄の愛する孫娘、そして現辺境伯の最愛であろう娘の怪我の治療を真っ向から拒否するなんて、本当に正気の沙汰ではない。
しかも、ユアランス侯爵家嫡男で、魔力眼持ちのアルグランデ・ユアランスの婚約者だ。
心の傷は無理でも、体の傷は治すべきだった。
体の傷は令嬢にとって不名誉なのでアルは言わないけど、当時陛下が皇宮医まで派遣させたのだから、皇族の私はそれほどの大怪我だったと知っている。
身分で判断しろと言っているわけではない。
ただ、他の者の治療中だったとか、魔力が残っていなかったならまだ分かるが、聖女はアイティヴェル辺境伯からの要請を真っ向から拒否した。
このことにより、一部の貴族からは強い軽蔑、そしてアイティヴェルを慕う民からは大きな反発が起こった。
『辺境伯は真面目で優秀で、民を大切にできる優しく誠実な男だが、家族のことだけは別だ。これは紛争になってもおかしくない事態だと思え。』
当時、陛下がそう言っていた。
私としては、親友の婚約者を蔑ろにしたなんて、それだけで腹ただしいことだったけど、陛下にとっては国が割れる危機だったということだ。
実際に、当時ユアランス侯爵からは強めの苦言も届けられた。
一族全て連れて領地に帰ろうとしていたくらいだ。
更に先代辺境伯からは、『教会が関わる者が参加する場には二度と顔を出さない』と書状が届き、実際に当時から社交の場には一度も現れていない。
隠居してる身だからって言うけど、英雄が現れない社交界というのは当然様々な噂が飛び交った。
皇家にとっても良いことではない。
「殿下、お招き頂き有り難うございます。」
先に現れたのは婚約者を連れたエドだ。
軽めに頭を下げたエドの斜め後ろあたりで、エトール嬢が礼をしてくれている。
エトール嬢にお茶を用意しようと使用人が下がり、外にでた際に開いた扉から声が響いた。
『どうしても、心配なんだ。』
アルの声だ。
何が心配なんだ?
まぁ、アリス嬢以外のことで何か心配してる姿は、正直想像できないけど。
『ウィルは親友だ。幼い頃から俺に興味本意で近付いて、いつの間にか親友になっていたツワモノでもある。見た目は、知っての通りのとんでもない美形だ。笑顔ひとつで、女性は心が決壊して最終的に爆発するらしい。』
『幼い頃から仲が良かったのですね。』
親友だって前置きしたから不敬だなんて言わないけど、私のことそんな風に思ってたの?
笑顔はわざと作ってるものだし、別に良いけどね。
『レオは俺たちの優しい兄貴分だ。俺たちを区別も差別もすることがなく、幼い頃しんどい時にはいつも俺を隠して庇ってくれていた。そして、あの真紅の髪と夕日色の瞳の美しい男を見るために、今や騎士の公開訓練日は人気殺到らしい。』
『優しい兄のような存在だったのですね。』
明らかにアルの思い出の部分の返事しかしていない。
余計な突っ込みを端折っているのか、本当にそこにしか興味がないのか分からない。
『エドだけは心配していない。奴は婚約者に心の殆どを傾けているようだし、奴は仕事人間だから他の女性に心の砕く余裕はないだろう。』
エドが勢いよく立ち上がったのを、隣に座っていたリンが腕を掴んで止めた。
隣のエトール嬢は顔から蒸気がでている。
『そして、リンは俺に、一目惚れしたなら早く婚約する方が良いと言ってくれた天使だ。』
えっ、なにそれ。
初耳なんだけど?
レオとエドも全く同じ反応だ。
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