エースキング
―瞬間、視界が揺れた。
頭に流れる血液が、重力に従い一気に流れ落ちる。
「血の気が引く」
その言葉を今、身をもって実感していた。
俺は今、絶望としか形容しようのない状況にいるのだ――。
「最後まであきらめるな。」よく耳にするこの言葉が脳裏をよぎる。
誰もが一度は嘯いたことがある、無責任な一言が。
だが実際は、そんな言葉を、今の俺にかけるやつなど一人といないだろう。
例えば100m走。
ウサイン・ボルトが横に並んだ瞬間、誰も希望など持つまい。
「万が一」すらあり得ない状況。
そう…今の俺はそれに近い。
まだ始まったばかり――、いや、始まってすらいないのだ。
「―――、…だ。」
ふと、不意に聞こえた言葉で意識が帰ってくる。
よく聞き取れなかったが、内容は考えるまでもない。始まりを告げる声だ。
始まってしまった。既に敗者が決まっているゲーム、消化試合が。今、この場所で。
でもそれを知るのは敗者のみ。…なんという皮肉だろうか。
見慣れたいつものこの場所が、今はひどく無機質に感じた。
「…ない。」
目の前に広がる列、列、列、列。
そして、俺の目指す場所は、遥か遠くのその向こう。
だから俺は、そう呟くしかなかった。
そんな呟きを聞き、何人かの参加者が横目で俺を見る。真剣なその眼差しは、だが、一瞬で自分の手元に戻っていく。
誰もが手の内をひた隠し、誰もが誰もを疑い、伺っている。
…ひたすらに沈黙。
まあ、それはそうだろう。
何せこのゲームの敗者には恐るべき罰が待ち受けているのだ。
いつもの日常は、この無機質な空気が覆い隠してしまった。
いつもの部屋での非日常。
張り詰めた空気。
瞬き一つですら、今はやけに目立つ。
誰も、唯一の敗者になど、なりたくない。
「…ない」
また呟いた。
今度は、訝しげに、数人がこちらを見やる。先ほどよりも幾分か多い。
そんな目で見ても、結果は変わらないというのに。ハッ、無駄に神経をすり減らせばいいさ。
その他の参加者はと言えば――、どうやら戦いは次のステージへと進んでいるようだ。
ある人は、わざとらしくおどけ、またある人は、無表情に徹している。
なんて。―なんて滑稽なんだろう。
そんな駆け引き、すでに意味など無いというのに。
俺はただただ、俺が向かうべき場所を恨めしく睨み、自身を嘲るばかりだ。
「…ない」
3度目だった。
一心不乱に列に群っていた有象無象が、一斉にこちらへ顔を向けた。
いや、実際の所はよくわからない。正直、もうそんなことはもうどうでもよかった。
部屋の空気と同じく、俺の心はもはや鉄だ。何も響かない。
路傍の石が一つ、醜悪な笑みで俺の真似をする。
「ない」
煩い。俺は黙っている。
別の石も続く。
「ない」
雑音が頭を掻きむしる。無くした心に何故か響く。
それでも俺は、―沈黙を貫く。
そして――。。
「…ない。」
4度、同じ言葉を呟いたとき、俺は――。
…。
……。
………。
七並べに負けた。
なけなしのお札が自販機に吸い込まれた。
発表後、それなりにご好評を頂いたので「小説家になろう」様のサイトでも
公開させて頂こうかと、今、キーボードをカタカタしています。
もうすこしだけあるSSのストックを公開したのち、新作をいくつか書ければと思っています。
長編を書くほど文才も根性もないので、基本SSになるかと思いますが
よろしければ是非また見に来てください。感想お待ちしてます。m(_ _)m