時には一休み
あれから俺らは、何とかハッチのロックを解除してソニックブームを奪取した。
もちろんパイロットはテキトーに捨てておいた。俺も命を狙われた相手には相応の仕返しをしたいし、気には留めない。
「どうだい、乗り心地は」
「うーん中々の乗り心地。上質な本革シートに高画質モニター、ペダルやレバーもスムーズに動く。賊には勿体ない品だぜ」
「本革ではないだろう。ナノマシンの塊なんだからさ」
「そうだった、間違っちまった。まぁ、乗り心地はLMに比べりゃ最高さ」
「ははっ。それは良かった、壊さず手に入れた甲斐があるってものだよ」
「おいおい……手加減してたのかよ」
あれだけの戦闘をしておきながら、手加減していたらしい。
強がりと言った感じでもない。言葉に余裕がある。間違いなく、喧嘩ふっかけちゃ駄目な奴だ。
「見えて来たよ。アレがサポロイドの村、僕の住んでる所さ」
「へぇ、いい村じゃねえか」
小さい村ですら珍しいというのに、この時代に水車なんかが回っている。
まるで別な時代に来てしまったかのような錯覚すら覚えるが、あそこに居る農民は全てサポロイドらしい。
つまり、旧時代の皮を被った未来の村。表面だけ見れば技術レベルも最底辺だが、それを形作っているのは超技術なのだ。なんとも、不思議なギャップだ。
「そうだ、君の名前を聞いてなかった。皆に紹介したいから、良かったら教えてくれないかな」
「俺はリーダムってんだ。アンタは?」
「僕はノマ・ルージュアル。ノマとでも村長とでも、好きなように呼んでいいよ」
「じゃあ、ノマさんと呼ばせてもらうぜ」
他人に名前を聞いたのは初めてだ。
そういえば……このノマという男。何故か俺は、こいつとの会話を素直に受け入れてしまっている。
まぁ、さっきの敵とも喋りはしたが、あんなの会話ではない。しかしこいつとは、楽しく会話が出来ている。
強化人間とだって喋りたくない俺なのに。しかも、サポロイドという感じもしない。
一体何故だろうか。
とりあえず今は気にしないでおこう。今すぐ知りたい訳でもないしな。
「機体はあのガレージに入れて。来客用に空けてあるからね。入れたら、そこの畑の所に集合」
そう言って去っていくノマ。その行く先には、なんと4機ものLBが鎮座していた。
赤が2つ、青、紫。それに加えて赤紫。色違いを集めているとでも言うのだろうか。
というか、過剰戦力にも程があるだろう。こんな小さな村に、一体何故なんだ。
いくつもの疑問を抱きながら機体を降り、畑へと足を進めていく。果たしてこの奇妙な村に、どんな秘密があるというのだろう。
「来たね。みんな、ちょっと集まって貰える?」
見慣れないLBが来た事で、皆ざわついている。
少し不愉快だ。こういうのに慣れていないというか、経験上視線が集まる時は大体ロクな事がない。
だが……そんな不快感も、いつものに比べれば何倍もマシな気がするが。
「じゃあ、自己紹介をお願い」
「あー、ども。リーダムってもんです、よろしく〜……」
「喋り方が安定しないね……まあいいや。彼とは見回り中に会ってね、例の盗賊に襲われてたから救助したんだ」
「そうなんですね……でもここは大丈夫、絶対安全だからゆっくり休んでいって下さい」
「へへ、どうもありがとう……ところで、ここの村人は全員サポロイドって話だが、本当で?」
「そうですよ〜。身寄りの無い私達を、エアストさんやファーマさん、ノマさん達が拾ってくれたんです」
「ああ、そりゃ凄い! 度々噂には聞いてたけど、温かい村だぁ」
「あれ、フィエスタ達が来ないなぁ……とりあえず皆さん、彼もサポロイドだから、よろしくお願いします。では持ち場に戻って下さい」
む。俺がサポロイドだという事、何故分かったのだろうか。
まだ一度も明かしていないはず。そこら辺はめちゃめちゃ気にするから、絶対漏らしてない筈だが……
「ノマさんよ。俺がサポロイドだって、いつ分かったんだ?」
「顔の傷、もう無くなってるでしょ?」
確かに、ガラス辺で傷付いた頬が再生している。
まさかそんな特長から見抜くとは……恐れ入った。
「あちゃー。アンタには負けたよ、凄い観察力だ」
「まあね」
「そういうアンタも普通の人間じゃ無さそうだが、一体……」
「ノマさーん!!」
思い切って聞いてみた所で邪魔が入る。
声の方向を向くと、金髪碧眼の少女が手を振りながら走ってくるのが見えた。
その後ろにも3人程見える。その中の一人は、重たそうに足を引きずっている。
「その方が旅人さんでしょうか?」
「どうも。俺はリーダム、よろしく」
「リーダムさんですね。私はアスール、よろしくお願いいたします」
「私はベルデ。緑色の髪が目印ね」
「ちょっと、一番最初に来たのに抜かさないでよ!
……コホン。リーダムさん、私はフィエスタっていいます。一番最初に来たのは私なんだから、一番最初に覚えて下さいね」
「はいはい、ナントカちゃん。そっちの人は? 足が重たそうだが……」
優しげな笑顔を絶やさない、余裕がありそうな女性。足は良くないようだが、苦しい訳では無さそうだ。
「私はエアスト、今は村長補佐をしてます。よろしくお願いしますね」
「よろしく。で、足は大丈夫なのか?」
「これは大丈夫、お気になさらず」
まぁ、深くは詮索しないでおこう。人だけじゃなく、サポロイドにもそれぞれ過去があるんだからな。
しかし、気になる事がまた増えてしまった。
ナントカ、ベルデ、アスール。この3人はどこか普通のサポロイドとは違った雰囲気がある。ノマに近い感じだ。
そしてこのエアストという女性は、普通のサポロイドとも3人とも違う。
「なあ、アンタら本当にサポロイドか? なんか、俺の感が普通と違うって言ってるんだが……」
「サポロイドよ? 確かに、普通とは構造が異なるけれど」
「何かこう、生物特有の何かを感じるんだ。俺らサポロイドには無い」
俺らサポロイドも、人間と同じ五感を持っている。それらをコンピュータが読み取れる形に変換して、色々な物を感じているのだ。
だからだろうか。サポロイドからは感じない、生物からのみ感じるチカラみたいな不思議な物を感じる事がある。
俺はこいつらから、それを感じ取っている。だから、本当にサポロイドかと聞いたのだ。
「ノマもどうなんだ? 人間ともサポロイドとも違うこの感じ、気になって仕方ないぜ」
「確かに僕は人間じゃない。……君は聞いた事あるかな、ナノマシン細胞強化人間について」
ナノマシン細胞化強化人間。強化人間の中でも、細胞をバイオ・ナノマシンに置き換える最上位の強化だ。
つまるところ、俺らサポロイドに近付く手術。敢えて人間を辞めるが、人の姿は保つ。見方によっては、最も愚かな手術と言われている。
「じゃあアンタは、そのナノマシン細胞化強化人間なのか」
「そうだね。それも、"脳までナノマシンに置き換えた"」
「え、えぇ!?」
出来ないというのが通説だった手術だ。
それは、脳細胞同士の信号伝達のやり取りを阻害して死亡する可能性が非常に高いから。そんな危険を冒してまで脳を置き換える奴なんてそうそう居ない。
「お、驚いちまった……悪い悪い」
「君が気にしてるのは、死亡の恐れがあるって事だよね」
「ああ。やったら死ぬってのが通説だろ?」
「やってみたら案外大丈夫だったらしくてね」
「"らしい"ってどういう事だよ」
「僕の前に一人、試した人が居るんだってさ。その人が大丈夫だったから、僕もやった」
「へぇ……」
賢い選択だ。一番手の称号より、二番手の安全を取るのは戦略として有効だしな。
「そして私達は、その"一人目"のデータを元に開発されたサポロイド。人間の脳までバイオ・ナノマシンで再現した究極のサポロイドです」
「なるほど。生物の脳を再現してるから、特有の脳波とか気迫みたいなのを放ってる訳か」
「多分ね」
自分の事にも関わらず、ナントカちゃんは首を傾げている。脳波とか、よく分からない単語に混乱しているのだろう。
「で、エアストさんも何か、特別なサポロイドなのかい?」
「一応私の事も話しておきましょっか。私は最初期型サポロイド、もう500年も前のモデルよ」
「ご、500!? じゃあ、バb……」
合測器の手が俺の口に覆いかぶさる。
それはノマの手だった。手のひらからピリピリと、それ以上はいけないという思いが伝わってくる。
確かに、この先は言ったらヤバそうだ。
「何か言いかけたかしら?」
「いや! 何でも……」
「そう。懸命な判断だと思いますね」
駄目だ、完全にバレてらぁ。
「修理はしながら活動してるから、ある程度の作業は問題無いのだけれど……足が足だから、重労働は手伝えません。でも、何か要望があれば言って頂戴ね。出来る限り対応はしますので」
「ありがとさん。大丈夫、無理はさせないさ」
「ところでリーダム。今日はこの後どうするのかな? 泊まっていくなら歓迎するけど」
「うーん、そうだなぁ……」
あまりに酷い猛暑や寒気でもない限り、俺は建物に泊まらない。
そして、ここはとても過ごしやすい。野宿でも十分に体を休める事が出来るのだが……お言葉に甘えてみたい気もしてしまう。
なんというか、今まで感じた事のない雰囲気が、ここにはあるのだ。
だが、これは俺の流儀に反する。いや、流儀なんて大層な物でもないが……一つの場所に留まらないやり方とは、大きく異なる物だ。
「強制はしませんけれど……新鮮な食材を使った美味しい夕飯を食べて、日の光で干した温かいベッドで眠るのはとても幸せですよ」
「最近のアスール、食べてばっかり寝てばっかりだもんね〜」
「ベルデ!」
「はっは、そりゃ幸福そうだ」
まぁ、一つのやり方に囚われないのも俺。たまにはこういうのも悪くないか。
「じゃあ、お言葉に甘えて今日は泊まってくわ。VIP待遇でよろしくな」
「君は遠慮が無いからやりやすくていい。分かった、用意しておくよ」
こんなワガママを言えるのも、この村の雰囲気あってこそのもの。普段だったら絶対言わないさ。
その日俺は、人生……いや、サポロイド生で最も心安らぐ一日を過ごすのだった。