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雲は風に従う

 オートパイロットモードを交えながら、昼も夜も歩き続けて2日。


 荒れた様子もなく、草花が伸び伸びと育つ気持ちのいい場所を歩いている所だ。


 澄んだ小川のせせらぎが心を穏やかにする。


 今、ちょっとここに住みたいと思ってしまった俺がいる。まさかこの俺を惹き付ける程の力があるとは……恐れ入った。


 今まで、こんな事を考えた事は一度もない。


 日々戦いに明け暮れて踏み荒らされた荒野は、オタカラこそ山程転がっているが決して住みたい場所ではない。あんな所に家を持ったらその日の内に全壊してしまうだろう。


 だが、ここは違う。オタカラは無いが自然があり、その気になれば農業も出来そうだ。


 ここら辺で良い土地を見つけ、一人ひっそりと暮らすのも悪くないだろうか。


 そんな事を考えていると、コックピットモニターに見つけたくない物が映る。


 また戦闘の跡だ。草花が大きく禿げ、超重量の何かがドスンと着地点したような足跡がいくつもある。


 LBか、LMか。お互いサイズは変わらないので判断に迷う。しかし、破損したパーツが落ちている辺り、多分LMだろうな。まぁ、LM対LBという可能性も無きにしもあらずだが。


 まさか、ここは賊の狩場なのだろうか。俺のようにLMに乗ってる奴を狙う賊だとすれば、非武装状態である俺は格好の餌食だ。


「……っ!」


 残念ながら、心配せずとも敵はやって来た。


 何かが頭部に直撃して消し飛び、一時的にカメラ障害に陥ってしまう。


 急いでサブカメラを起動してリカバリー。するとその直後、画面一杯に巨大な敵影が映っていた。


「どわぁーっ!?」


 敵機はソニックブーム社の高機動型LB、ソニックブーム。あの会社の看板になってる機体だ。

 武装構成は超音速の弾丸を発射するレールライフルと、質量と鋭角の刃部分で敵を切断するブレード。敵は非常にオーソドックスな武装構成のようだ。


 そんな冷静な分析をしている間もなく斬撃が飛来する。


「ああもう、ついてねえな!」


 咄嗟にサイドステップで躱したものの、左肩部に硬質のブレードが直撃してしまった。


 ピーピーと鳴り響く警報。


 切り落とされる事はなく、粘土のようにひしゃげた肩関節が動かなくなる。 


「避けきれなかった……ああ、うるせえから警報止めてくれ!」


 ……いや、躱すのを想定していたのだろう。敵は、敢えて俺の左腕を使えなくしたのだ。


 さては、戦闘能力を奪って降伏させる気か。その後に身ぐるみを剥がして、俺をそこら辺に捨てるつもりだろう。


「こんな所をLM、しかも非武装で散歩とは、戦争が終わったにしても、危機感無さすぎじゃねえか?」


 敵パイロットが話しかけてくる。


「ちょ、ちょっと待てよ、俺はただの散歩だぞ? ちと乱暴が過ぎるんじゃないか?」

「そういう奴が、狙いやすいんだよ!」


 更にもう一振り。


 紙一重でその軌道を避け、殺意を込めた刃が虚しく空を切る。


「危ねっ!」

「ちょこまか逃げんじゃねえ、とっとと持ってるもん寄越しな!」


 敵の目的は俺の荷物のようだ。


 しかし、大した物は持っていない。もし俺を捕まえて物資を奪っても、文句を言われるのが関の山だろう。


「何も持ってねえよ! ほ、ほら、空き缶と干し肉とオタカラだけ!」

「オタカラ……? 金になりそうだ、早く寄越せ!」

「オタカラっつってもただのガラクタだぞ!? 廃品拾っただけなんだ!」

「旅人はそうやって嘘をつく。この目で確かめないとな!」


 一振り、更にもう一振りと連撃が降りかかる。


 ガチャガチャとレバー入力で避け続けるものの、防戦一方の戦いを強いられてしまう。


「む、無理だっ!」


 横薙ぎの斬撃が右肘から下を切り落とす。 


 危なかった。もし装甲が無かったら、このまま胴体まで真っ二つに切り裂かれていただろう。嫌な予感は的中したようだ。


 しかし、どの道状況は不利になるばかり。逃げも攻めも出来ない状況、もはやここまでだろうか。


「仕方ない……反撃だ」


 そうなってしまうと、吹っ切れてしまう物。俺は隙を見て、鉄塊の足蹴りを脇腹に叩き込んだ。


 ソニックブームは軽量な機体。この衝撃を反作用で軽減する事は難しいだろう。


「ぐあっ!?」

「へっ、カッコつけてピーキーな機体になんか乗ってんじゃねーよ」


 運動性能にも優れたソニックブームに、敵は振り回されているようだ。


 ……まぁ、煽っていられる程余裕な訳ではないが。


「テメェ!」


 もう一蹴りで剣を弾き飛ばすが、その分振りが速くなった手刀がコックピット目掛けて飛来する。


「やってくれやがったな、クソっ! クソっ!」

「おいやめろ! 一日かけて直したんだぞ!?」


 何度も何度も叩き付けられ、メチャクチャに歪んでいくコックピット。


 LMに反撃されたのが相当頭に来たのだろうか。効率よりも痛ぶる事を目的にしているようにも見える。


 もはや逃げ道は無い。この鉄の棺桶に、出口は存在しないのだ。


「へ、お前で3人目だ。この狩場はいい。蟻地獄とも知らずに、平和ボケしたバカがほっつき歩いてるんだもんなぁ!」


 強烈なアッパー。


 前面モニターが割れ、飛び散った破片が頬を切る。コックピットハッチは天高く飛び、真上には晴天の空が広がっていた。


 ああ……綺麗だ。俺、今からあの雲の一つになるんだな。


 振り上げられた巨大な腕を見つめながら覚悟する。これが運命という風ならば、雲はそれに従うまでだ。


「身ぐるみ剥がすなんてレベルじゃ済まさねえ……ブッ殺してやんよ!」


 殺意と共にレバー入力をしたその時。どこからともなく真っ赤な機影が現れ、敵機を蹴り飛ばした。


 赤……いや、赤紫……? 暗いショッキングピンクのような、そんなカラーリングだ。


 武装構成はプラズマライフルとプラズマブレード。至ってシンプルな物だ。


「うわっ!」

「痛ぇっ!? な、なんだ急に!?」

「そこのLM、聞こえるか! 機体は放棄してあっちに向かって全力で走るんだ。村があるから匿ってもらってくれ!」

「村……? 俺は人間とは関わらない、放っておいてくれ」

「サポロイドの村だ、安心してくれていい」


 サポロイドの村……噂に聞いた事がある。確か、身寄りの無いサポロイドを集めて暮らしている場所だとか。


 一度行ってみたいとは思っていたが……まさか、こんな所で尋ねる事になるとは。


「……分かった、ありがとう」


 俺の真後ろでは今、凄まじい戦闘が行われている。


 赤いLBとソニックブームの超高速機動戦闘。上昇、下降、前後左右への移動。目まぐるしく動く戦闘、並のLMでは絶対に出来ない戦闘だ。


 驚くべきはその速さ。どの行動も瞬間速度は音速を超えており、目で追うのが精一杯だ。


 だが、LB同士の戦いならば当然の事。特にあの2機のような高機動型同士ならば、起こらないはずが無い。


「どうしたんだい、機体に振り回されている様だけど」

「うるせぇ……!」

 

 確かに、ソニックブームの方は完全に機体に振り回されているように見える。


 というのも、行動の一つ一つに目的が見えないのだ。


 必死に光線を避けようとしているのは分かる。だが、それ以上は無い。足を止めない事を意識しているだけで、射線や反撃は一切考慮出来ていない。


 体が追い付いていないのもあり、体力の消耗も激しそうだ。


 それに比べて赤いLBは、敵の動きを読んで先回りしたり、射線を避けて反撃したりと余裕がある。


 手足の様に操り、反射速度も高く、機体のスペックを発揮し尽くす。NSRTを採用した強化人間か何かだろうか。いや、凄まじい操縦技術を持つ人間の可能性も捨てきれないが。


「君にはAM社のポーンがオススメだ。扱い安く、今よりは良い戦績が残せると思う」

「うるせぇって言ってんだろ!」


 一直線に接近してのパンチ。


 赤いLBはそれを紙一重……いや、引きつけて華麗に躱し、反撃の蹴りを背中から叩き込んだ。


「や、やるな……」


 思わず声に出してしまった。


 手玉に取るとはまさにこの事。真正面からぶつかっても、華麗な受けからカウンター。避けられれば側面や背後から蹴りが飛んでくる。


 手も足も出ない状況に、段々と焦りが見えてきた。これからどんどん隙が出来る、後は隙を突いてトドメを刺せば赤いLBの勝ちだろう。


「敵にアドバイスとかナメてんのか!?」

「ちょっとね」

「ああチクショウ!」


 ハイ・ブーストの速度を乗せた蹴りを放つが、それを蹴りでパリィ。


 更に空中で姿勢が崩れたソニックブームに、赤いLBは機体を縦回転させて踵落としを叩き込んだ。


 並の強化人間でも真似できないであろう、アクロバティックな空中格闘戦。


 一体彼は何者なのだろうか。俺にしては珍しく、相手に興味を持っていた。


「やべ、逃げないと」


 気付けば戦闘に魅入り、足を止めてしまっている。


 だが……そろそろ決着だろうし、このまま見届けるのも悪くなさそうだ。


 地面に強く激突したソニックブームが、よろめきながら立ち上がる。パイロットはひどくダメージを負っているようだ。


 破壊不可能なLB同士の戦闘では、パイロットへダメージを蓄積させる事こそ重要。要は、派手な格闘でぶっ飛ばした方の勝ちって事だ。


 今ソニックブームは、その派手な格闘でぶっ飛ばされた。あの一撃なら、もはや虫の息だろう。


「うっ……くっ、頭が……」

「もうここら辺で盗賊行為をしないっていうなら、見逃してあげてもいいけど」

「ふざけんな……!」

「……やめる気はないか」


 今まで受けの姿勢だった赤いLBが、突如として攻めの姿勢に切り替わった。


 ジグザグの移動を交えて高速接近。赤いLBは弾丸を避けつつ、一気に間合いを詰めた。


「じゃあ、誰かが尻を叩かないとね」


 空いた左腕で小さくジャブ。


 怯んだ隙に足を払い、倒れ始めて空中にある機体を思い切り蹴り上げる。


 更に浮いた機体にアッパーし、〆の踵落としを叩き込んだ。


「お、終わった……のか」


 嵐の後の静寂。


 地面に食い込む程強烈な一撃を受けたソニックブームは、ピクリとも動かない。


 激流のような勢いの格闘ラッシュの末、ついにソニックブームのパイロットは静かになってしまった。まぁ、死んではないだろうが気絶はしているだろう。


「君、逃げずに棒立ちなんていい度胸だね。巻き込まれたら死んでたよ?」

「いやぁ、つい観戦しちまってな。悪い悪い」

「生きてるならそれでいいさ」


 膝立ち状態の赤いLBから降りてくるパイロット。


 黒い髪と180cm程度の身長。特段筋骨隆々な訳でもなく、飛び抜けて美形な訳でもない。至って普通な人間のようだ。


「で、後始末はどうするんだい」

「パイロットをそこら辺に捨てて、機体を回収しよう。また暴れられたら大変だからね」

「け、結構エグいな……」


 いくら平和な草原とはいえ、捨て置かれたら生存は難しい。それを分かっていってるのだろうか……


 敵ながらそんな心配をしてしまうが、負けたのだから文句は言えないだろう。そんな勝者に俺は、少しの間付いていく事にするのだった。

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