風のように颯爽と
コックピットで迎えた朝。
狭苦しくて肩が凝ってしまった。ストレイはよくこの中で寝ると言うが、よくもまあ眠れた物だ。縛られるのが嫌いな俺には、到底無理な話だな。
だが土の上で寝るのと比べれば、虫に刺されないし風は冷たくないしで利点はある。慣れればいい、という事か。
「んあ〜……」
缶詰の空き缶を片付け、機体の外で風を浴びる。
朝の風は気持ちいい。どこか、俺の背中を押してくれている気さえしてしまう。
まぁ、今から出発するから勝手にそう感じてるだけだろうが。
丁寧に面倒見た機体の調子は良好、バッテリーはほぼ満タン。他の残骸から増槽を剥ぎ取ったから推進剤も十分にあるし、ユーラシア大陸までは水上移動で行けるだろう。
さて、今日やるべき事は移動と食糧確保だ。保存食は残り僅かだから、どこかで調達しなきゃいけない。
とりあえず、西に進もう。飯の事は海岸についたら考えればいい。
それにしても、ここ旧日本は地形が複雑だ。今回手に入れたLMが2脚型で良かったと、心の底から思っている。
エベレストみたいに高い山やグランドキャニオンみたいに深い峡谷、ナイル川のように大きな川は無いが、起伏に富んだ地形ばかりだ。
そういう所でこの2脚が役に立つ。流石に限界はあるが、他の脚部と比べれば多種多様な地形を乗り越える事が出来る。
しかし……海岸についたらまたメンテナンスしないと、少し不安だ。ちょっと手を抜けば割と異常を起こしやすいのが2脚の欠点なのだ。
山を越え、谷を渡り西へ西へと進んでいく。
大昔の核戦争で更地になった世界ではあるが、こうして練り歩いてみると、色々と過去の遺物が見つけられる。
ツタに巻かれ、コケに覆われた石。それがよく見るとコンクリート製建造物の成れの果てだったり、森林のド真ん中に立つ巨木が電波塔だったり。
自然と人工物の調和。こうやって数千年もすれば、自然は行き過ぎた人間の技術も受け入れてくれる。
素晴らしい懐の広さ。俺を蔑む人間達も、これくらい寛容だったらねぇ……
しかし、そんな大自然の寛容さも踏みにじるのが人間。風景に溶け込めてない残骸達が山ほど居るのも現実だ。
焼けた森は肥料になって草が生える。だが、鉄の塊に草は生えない。特にLBなんかは再生し続け、風化して消える事が少ないから大体は永遠に残り続ける。
LBを構成するナノマシン。自己増殖し、目的に合わせて進化する超小型マシン。旧時代の産物は、見方を変えれば生物の細胞のようでもある。
しかし、この光景を見れば一目瞭然。再生途中のLBが遺棄されているが、機体保護作用でコケの一つも寄せ付けていない。
死を知らない奴らは、生物とは似て非なるもの。絶対に自然とは相容れない存在なのだ。
本当、外部からの制御でしか進化出来ない存在で良かったと思う。もしそうでなかったら、今頃地上は地獄だっただろう。
俺の体を構成するバイオ・ナノマシンには周期的な死滅の機能があるが、分裂の際にデータの劣化はしない。つまり俺も不老、外的要因以外で死ぬ事はない。
では、この自然は俺と相容れない存在なのだろうか。
「あーもう……」
首を振って雑念を払う。
柄にもなくこんな事を考えてしまうのは、今時分が追い詰められているからだろうか。
このLBを見て感傷に浸っている暇はない。俺が今まで通りの生活を出来る環境に、いち早く移動しなければならないのだ。
通れそうな道を探しては移動し、段々と森が薄くなり始めた。
木々の隙間からは青いキャンパスのように海が見え、開けた地形が開放的な気分にさせる。
開けている事が絶望的とすら感じる荒野とは違い、美しい青に包まれて心が安らぐ。歌でも一つ歌いたい気分だが、残念ながら俺は音痴だ。
さて。海岸に着いたからには、また作業をしなければならない。
LMのメンテナンスと食糧確保。まさか無いとは思うが、ここまでの歩行の負荷で異常をきたしている可能性も大いにある。ジャンク品だから仕方ないが。
そして、海岸だからこそ出来る食糧確保の方法がある。肉を海水につけ、日陰で干せば保存食になるのだ。
あらかじめ作っておけば長期間持つから、俺も比較的平和な時期や冬なんかにはよく食べる。一週間分も作っておけば、ディザートタウンまでは持つだろう。
まぁ、一週間も毎日干し肉って事にはなるが……仕方ない。
「暗くなる前に、飯から調達するか」
昨日の反省を活かし、早めに食糧確保。ライトを使えば暗くても整備は出来るが、別に狩りが上手いわけではない俺に暗い森は危険過ぎる。
いくらサポロイドの身体能力が高いとはいえ、油断は禁物だ。
サバイバルナイフを取り出し、獣の痕跡を辿る。
「この丸っこい糞……鹿か?」
核戦争前と後では、生態系が若干異なるらしい。というのも、旧時代のデータには無い生物が山程居るそうなのだ。
高濃度の放射能の影響で多くの生物は死滅したが、生き残って進化した者も居る。そいつらが長い時の中で通常環境に適応し、こうやって新たな生態系を築き上げた訳だ。
この痕跡の主は鹿と呼ばれている。だがそれはあくまで鹿に似ているからそう呼ばれているだけで、細かく見れば別物だったりもする。
まぁ、食えるならなんでもいいさ。
呑気に草をかじる鹿。まさに道草を食ってやがる。
無心になり、さりげなく近付く。はいはい、俺も草食いに来たんだぜ、と。
だが、もちろん獲物も警戒は解かない。出方を伺い、体勢を低く保っているのが横目に見えた。
そろりそろりと間合いを詰めていく。俺が飛びかかりの射程内まで近付くか、相手が走り出した時が、狩りの始まりだ。
「……!!」
もう少しで飛び付ける間合いだという所で、鹿が地面を蹴って走り出す。
しかし、サポロイドの身体能力は桁違いだ。なんたって俺は100mを5秒で走れる上に瞬発力もある。
草を掻き分け、木の根を飛び越え、鹿に負けじと森を駆け抜け、ジリジリと距離を詰めていく。
「観、念、しろ!」
大きく振りかぶった一撃。ナイフを突き立てられた鹿は咄嗟に俺を蹴り、同時に転倒してしまった。
ひづめの蹴りは痛い。内臓をぐいっと押され、鼓動に合わせてズキンズキンと痛む。
だが怯んでいる暇は無い。俺はもう一本のナイフを首に突き立て、一気にトドメを刺した。
「……ふぅ」
お互い、生きる為には何かを食わなきゃいけない。お前が草を食うのと同じく、俺はお前を食う。悪く思うなよ。
そう心の中で呟き、各作業を進める。青い海に赤い血が溶けて行くのは、生き物が死して自然に帰っていく構図の縮小にも見える。
俺はその構図に入ってないかも知れないが、食物連鎖の歯車の一つではあるだろうな。
日陰で肉を干しながら、休む暇なくLMのメンテナンス。
やっぱり整備士の腕が良いのか、どこも異常無し。俺の心配し過ぎだったようだ。
そうこうしている内に、太陽は海に沈み始めている。残念ながら、おねんねの時間だ。
潮風に包まれたLMの中、ゆっくりと目を閉じるのだった。