二話 初めてのカクテル
…さて、半分程勢いで作ると言ってしまった。しかも何も考えずにバーカウンターの中に入っちゃったわけだが、どうしよう。
ちらりとカウンターに座ってるテオさんに目を移す。テオさんはめっちゃキラキラした目で見てくる。
目線が凄まじいよ…。とりあえず何を作ろうかな。お礼をしたいから感謝の気持ちを込めたい。ん?感謝…、感謝かあ…。よし、作るものは決まった。レシピも頭に入ってる。
このお店のバーカウンターは下に恐らく冷蔵庫と思われるものが付いているみたいだ。分かりやすく言うと、扉がガラス張りのコールドテーブル付きバーカウンターってところかな?
何故多分かって言うと、電気で動いてるって感じじゃないからである。光はあるのに温度表示はない。一体どういう仕組み何だろうか?まあ、それは一旦置いておこう。目の前のことに集中だ。
「シルヴィアさん、卵と生クリームはありますか?卵は2つほど使いたいんですけど…。」
「卵と生クリーム?あるわよ。ちょっと待っててね。」
取りに行ってもらってる間に鞄に入っていたシェーカーを準備する。冷蔵庫からジンを取り出しメジャーカップに注ごうとして気付く。
「…テオさん、ここにガムシロップはありますか?」
「ガムシロップ?一体どういうものなんだい?」
「えーと、砂糖と水で作れて、少しとろみがある液体なんです。」
概要を伝えると考え込んでしまったテオさん。やはり異世界には無いのだろうか…。お酒もリキュールもあったから失念していた。
ちなみにリキュールは棚にあったのだ。本当に助かる。リキュールはカクテルを作るにおいて影の主役だからないと話にならない。
さてさて、話を戻そう。さっきも言ったけどガムシロップは砂糖と水で作られる。家でも簡単に作れるんだよね。でも、砂糖は国や地域、時代とかにもよるけど、昔は高価な物であり、庶民は中々手が出せなかったものだと先生が話してた。
これは、もしかしなくても、ヤバイ?
「…ああ!ガムシロップという名前ではないが似たような物ならあるぞ。」
「本当ですか!?」
「おう、ちょっと待ってろ。」
テオさんがお店の裏に入ると入れ替わりでシルヴィアさんが戻ってきた。
「楓ちゃん、待たせてごめなさいね。生クリームと卵を持ってきたわ。」
シルヴィアさんの手には高さ15cmくらいのガラス瓶に入った生クリームと卵を持っていた。
「ありがとうございます。助かりました!」
お礼を言って、シルヴィアさんから物を受け取る。
「さっきテオとすれ違ったけれど、頼み忘れでもあったの?」
シルヴィアさんはテオさんも裏に入っていたことから察してくれたみたいだ。
この人は頭も回るんだなと思いながら先程のやり取りを話した。
「なるほどね。ガムシロップって言葉では分からないわね。」
「そうなんですか?」
「ええ。この世界では、ハニーキャンディーと言うの。」
「キャンディー、ですか?」
「ええ、キャンディーよ。これは実物見た方が早いわね。」
少し気になる言い方をされ更に質問しようとした時、テオさんが戻ってきた。
「ああ、お待たせ。こいつが所望のやつだ。」
目の前に出されたものは円柱のガラス瓶。陸上競技用のバトンを一回り大きくした物と言えば分かりやすいと思う。ちなみに蓋はコルクだ。
その中に入ってる飴玉がハニーキャンディーと思われる。
「う、わぁー…。オシャレですね…。でも、これどうやって使うんですか?私、液体の物が使いたいんですが…。」
「ハニーキャンディーは専らデザートに使われるんだ。その容れ物にはな、中に入った物体の経過時間を遅くする魔法がかけられている。劣化が速いから少し凝った物にしたんだ。使い方はな、外に出すだけでいいぞ。」
え、魔法?ここ、魔法なんてあるの?物体の経過時間を遅くするっていうのは、あれか?腐らないってことか?
思わずきょとんとする私にテオさんがさらに説明を加えてくれた。
「そいつはな、時間が経つと甘くなくなってしまうんだ。最初は液体のものが取れるんだが、液体じゃ劣化が速い。だから、固形にして保存するんだ。」
「時間ってどれくらいですか?」
「だいたい、30分くらいだな。」
「30分!?」
短すぎる!何それ、30分経てば甘くなくなっちゃうって、どんだけケチなの!このハニーキャンディーって子は!!!
それに、液体を固形にするってどうやってやってるんだろう…。もしかして、魔法なのかな?まあ、物は試しで!
瓶から取り出したハニーキャンディーを近くにあったグラスに入れてみる。
すると!なんと!!固形がみるみるうちに液体へと変化したのだ!!いや、ほんとびっくり!どうなってんのこれ!?
「え!なになに、どうした、どうなった!?なんか飴玉が一瞬で溶けたんですけど!!?」
「わはははは!面白いだろう!!そいつは固形だが、液体で使うことがほとんどだ。だから、瓶から出たら液体に戻るようにしたんだ!!」
いやいやいや、今の現象を見て全然頭が追いついていかないんですけど…。
「と、とりあえずその過程になっている?のは魔法ってことですか?」
「そうだ。ほれ、さっさと使わないと甘くなくなってしまうぞー!」
「あわわわ、そうだった!!」
結構回り道をしたけれど、これでようやくカクテルを作り始めれる。
今から作るカクテルはジンが主役。メジャーカップで測ってシェーカーに注いだ後、レモンジュース、生クリーム、ガムシロップもそれぞれ測りシェーカーに注ぐ。オレンジフラワーウォーターを数滴入れる。卵は卵白だけシェーカーに入れた。卵黄と殻は別々の皿に入れておく。後で片付ける時便利だからね。シェーカーの蓋を閉めたらシェイクをする。このカクテルは通常より長くシェイクしなきゃいけないんだよね。理由としてはタンパク質である卵はレモンジュースによる酸で分離してしまうからである。だからしっかりシェイクするんだけど、腕がすごく疲れる。
ジンはハーブの匂いが強い物が多いリキュール。元々、ハーブティーが苦手な私はこの匂いと味に慣れることが出来ず、カクテルの中でも苦手な部類だった。作った時も味見が出来なくて、何がダメなのか分からないことも多かった。そんな私を師匠は付きっきりで教えてくれた。また、苦手意識を弱めるために教えてくれたのがこのカクテルだった。これなら美味しく飲めるから師匠がいない時でもたくさん作って練習したんだよね。
そんな思い出のカクテル、テオさんとシルヴィアさんも気にいってくれるといいな。
シェイクをしたら蓋を開けてタンブラーに注いでいく。タンブラーはグラスの一種で形は円柱。多分ワイングラスと同様でバー以外でも見る機会が多いグラス。注ぎ終わったら炭酸を入れて完成。
「はい、完成しました。ラモスジンフィズでございます。」
出来たカクテルを2人に差し出す。
「まあ、真っ白だわ。綺麗…。」
「ああ、知らない道具を使ってるから何が出来るかと思ったが…。ま、とりあえず飲んでみるか!」
コクリと音を立てながらカクテルは2人の口へと入っていく。
「…お味の方はどうですか?」
2人の反応がない…。まさか、不味かったのか?卵がうまく混ざらなかったとか…。シェイクが足りなかったとか!どうしよ、どうしよう!自信あった、なのに!!これだからあがり症は!!!それで何度失敗してきたことか!!
不安になって心が荒ぶりだした時、シルヴィアさんが声を出した。
「楓ちゃん、このカクテルすごく美味しいわ!レモンジュースの酸味とハニーキャンディの甘み、生クリームの濃厚さがマッチしてて絶品だわ!それにこのお酒、ハーブの匂いが強いのにあまり感じないわ!」
「本当だな。こりゃあ、美味い。見習いなんて嘘じゃねぇか?」
「そんなことないです!マスターはもっと凄かったので…。私はまだまだですよ。」
どうやら口に合ったみたいだ。良かった…。でも、そんなに褒められると照れちゃう!
火照った頰を手で仰ぎ熱を逃していると、テオさんが真面目な顔で話しかけてきた。
「楓ちゃん、俺の店で働かねぇか?」
「え…、いやでも…。」
お世話になりっぱなしなのに更にお世話になるのは…。
そう考えているのがテオさんには筒抜けだったのだろう。
「今、君は単身でこの世界に放り出された状態だ。楓ちゃんの住んでた所がどんな場所だったかは知らねぇ。ただ、ここは危険が多い。何が起こるか分からないんだ。そこで提案がある。さっきも言ったがこの店で働かないか?昼はウエイトレス、夜はバー。その働くかわりに、楓ちゃんはここに住む。3食飯付き、賃金もでる。」
ちらりとシルヴィアさんを見る。彼女は目が合うと微笑んだ。テオさんに意見する気はないようだ。
…正直に言おう。今すぐにでも頷きたい程の好条件だ。私は人を見る目があまり良くないけれど、この人達はいい人達なのは短い間だが分かった。だから、信じてみようと思う。
「…私、ここで働きたいです。働かせてください。お願いします!」
「よし!交渉成立だな。」
「あ、でも、賃金はいらないです。住まわせて頂くわけですし。」
居候させてもらい、ご飯もタダ。その上賃金までは貰えない。そこまで図々しくいられないのである。
「いいんだよ。1日働いてもらうわけだからな。それにこの店は意外に忙しいんだ!それに、金がなきゃ色々と困ることも出てくるだろうからな。あ、でもちゃんと休みもあるからな!」
気にすんなと笑って言ってくれたテオさん。ここまで言ってもらっているのに断るのは逆に失礼だろう。
「ありがとうございます!このご恩、店で働いて必ず返していきます!これからどうぞよろしくお願いします!!」
腰を90度に曲げて深くお辞儀をする。ここまでしてくれるのだ。自分のできる限りの事をやろうと思う。
そう1人で意気込んでいると、
「そうだ、俺のカクテルも飲んでみてくれないか?」
「え…。」
「売り上げが悪くてな…。何がいけないのか、アドバイスが欲しいんだ。」
楓ちゃんが良ければだが、と言ったテオさんに首を縦に振り返事をする。
「は、はい!私で良ければ。」
そう言うとテオさんは嬉しそうに笑った。テオさんがバーに入ったので私はカウンター席へと移動する。すると、今まで黙ってたシルヴィアさんが声を出した。
「楓ちゃん、隣にいらっしゃい。」
お言葉に甘えて、隣に座らせてもらった。
「シルヴィアさん、改めてよろしくお願いします。」
「あらあら、ご丁寧にどうも。こちらこそよろしくね。」
シルヴィアさんは頭を撫でながら返答してくれた。しかし、疑問がある。こんなあからさまに怪しい人間を受け入れていいのかという事だ。
自分で言うのもなんだが、怪しさマックスだと思うんだ。私なら精神科をお勧めするレベルで。だから、思い切って聞いてみることにした。
「あの、シルヴィアさん。私、絶対怪しいと思うんです。発言だって、本当かどうか分からない。なのに何故何も言わないんですか?」
「だって、楓ちゃんは嘘ついてないもの。目を見れば分かるわ。それに私、人を見る目はあるのよ?」
と少し得意げに笑ったシルヴィアさん。思わず見惚れてしまった。めっちゃ美人。笑った顔の破壊力半端ない。
この方を射止めたテオさんは一体何者…なんて阿呆な考えになったので一旦落ち着こう。
何にせよ、彼女が何も言わなかったのは大丈夫だと確信されていたからだった。そんなの嬉しいに決まってる。
「ありがとうございます。信じてくれて。」
「いえいえ。それに私、娘が欲しかったのよ。だから、楓ちゃんの本当のお母様にはなれないけれど母親だと思ってくれると嬉しいわ。」
なんて、頰を赤らめながら言われたら速攻で頷くよね。頷いちゃったよね。こんな方が母親とは恐れ多いけれど、気持ちはすごく嬉しい。でも、私はお母さんというよりお姉様の方がいいと思う。だって女神だもん。
「お待たせ、出来上がったぞ。」
お喋りをしていたらカクテルが完成したみたいだ。カウンターに置かれたそれは赤ワインの色をしたものだった。グラスは私の使ったのと同じでタンブラー。
「ドラゴンの生き血だ。」
自信満々の顔で物騒な名前がとんできた。まあ、そんな感じの名前のカクテルは向こうの世界にもあったけどね…。
シェーカーは使ってなかったからステアしたカクテルかなとグラスを持ちながら考える。少し匂いを嗅ぐと何故か鉄の匂いがした。
なんで?これ飲んでも大丈夫なやつかな…。まあ、鉄の匂いがするカクテルもあるさ。ここは異世界だもの。うん。
自分を納得させつつ、いよいよ口へ運んでいく。そして口に含み飲む。まず香ってきたのはベリー系の甘い香り、その後に血の匂い。少し、いや大分我慢してそのまま飲めば、口の中はあっという間にカオス状態だ。
ベースであろう甘口の赤ワインとベリー系の実の酸味と甘み、鉄の味と苦味がプラスされていてもはや何がなんだか分からない。
ただ、残すのはダメだと思ったので一気に飲み干す。
そして、私の記憶はそこで途絶えた。