離婚保険
「何かいい企画は無いか」
上司はコーヒーを置き、部下に言った。
「そうですね。
私は人を助けたいと思ってこの職に就きました。
困っている人を助けるモノを企画したいですね」
部下は遠い目をして言った。
「いいねぇ」
上司は微笑んだ。
過去の自分を思い出し。
でも、それじゃあダメだ・・・
「いまどんな人が困っている?」
「シングルマザーですね」
部下は即答した。
「養育費は十分じゃあないし。
中には払わないヤツもいる。
公的支援も・・・
保険で助けられないですか」
そう彼らは保険会社の人間だった。
保険商品の企画について話していたのだ。
「でもなあ。
ダメだなあ」
上司は重くつぶやく。
部下は表情を消した。
分かっている、でも助けたいと思って。
「でもなあ。
成り立たない。
会社はただの人助けじゃあ成り立たない。
ちゃんと利益を出さないと。
今、離婚率は何%だ?」
「30%くらいですね」
「保険を成立させるためには掛け金はいくらになる?」
「一万円を超えるだろう。
若い夫婦が払えるか?」
「じゃあ、掛け捨てじゃなく、
貯蓄型にすれば・・・」
部下は語尾をにごした。
「離婚すると思って積立しないだろう」
「何か手助けしたいなあ。
シングルマザーを」
部下はため息をついた。
有能で知られる上司でも無理なのか・・・
男は胸を熱くした。
二人の話を背で聞いていた。
職業柄、関係は浅くはない。
ただ保険料を出し渋る、そういうイメージ。
彼らも商売だからしょうがないが。
名探偵にお任せあれ、と心でつぶやく。
そう彼は自称名探偵藤崎誠。
今まで何件もの殺人事件を解決・・・
するわけがないが、いろいろなトラブルを解決してきた。
彼のあらゆる人脈を使って。
1年後、ある保険会社から『離婚保険』が発売された。
離婚時に一子につき150万円が払われる。
二子なら300万円、三子で450万円というように。
それも驚きの掛け金、500円、ワンコインだった。
商品の販売は上々で、SNSでも話題になった。
『子供つくっても心配ない』
『私もやっとけば良かった』
『偽装できそう』
『そう離婚しやすくなる』
など賛否はいろいろ。
離婚保険はその後も順調に売れた。
保険会社は破綻せずに。
離婚保険が一つの話題になり、
夫婦の話し合いが増え、離婚が減っ・・・
ということはなく、相変わらず離婚は減らなかった。
保険金は払い続けられ、利益がでてないのは明かだった。
しかし離婚保険の販売は続いた。
「どうだ離婚保険いいアイデアだったろう。
まあ、元は俺のアイデアじゃあないけどな」
藤崎は言った。
自称名探偵藤崎誠はあの保険会社の男の思いを実現させたのだ。
「そうだな、離婚したシングルマザーには評判いいようだ」
太田は言った。
太田は、次世代の総理大臣と呼ばれる与党衆議院議員、大臣経験者でもある。
藤崎とは官僚時代の同期で、これまで太田の困りごとを何度も解決してきた。
「出生率も上がったし、結婚も増えたようだ」
「まあ、結婚しないと離婚保険には入れないしなあ」
藤崎はニヤリとした。
「でも、話を聞いた時、財源どうするって思った。
保険料の支払いが大変だからな」
離婚保険、保険の収支が黒字になるとは思えなかった。
しかし、財源は確保されていた。
さらにそれが節約できたのだ。
その財源とは子供手当てだった。
政府は出生率の低下の歯止めをかけるため、
一子に100万円払う方針を決めていた。
その財源を使ったのだ。
離婚する夫婦は1/3なら、十分採算がとれ、逆に節約できるという寸法。
太田は二度うなづく。
「いいアイデアだな。
バラまくんじゃなく、
困った人に払う、俺の理想だ」
太田が困っている人を助けたいと思い議員になったことを藤崎は知っていた。
「名探偵にお任せあれ」
藤崎は胸に手をあて、深く頭を下げた。