コンフォートゾーン
変わらなきゃって思ってるんだけど、思ってるだけで、なかなか変わることってできないよね。これって僕だけかなあ。意志が弱いのかなあ。
いやいや人間誰しも、そうだ。皆同じような悩みを抱えているんじゃないか。人間、いや動物全般には今のままでいたいという本能がある。
今のままでいたいっていう本能?
そうだ、ホメオスタシスという。今のままで十分安全だから、安定したいという気持ちだ。今でそこそこなら、あえて危険を冒して今の場所や環境から抜け出すことはない、と本能は考えている。
なるほど。だから変わりたいと思っていても、今のままがいいっていう気持ちが邪魔をしてくるのか。
そう、お前の中の本能が、「よく考えろ、今のままで良いじゃないか、わざわざ無茶するな」と囁いてくるのだ。
たしかにそうだ、そう考えると僕だけが弱いんじゃないって思えてきた。
そりゃよかった。
でも、変わりたいんだよね。もっと、なんかこう、自分らしくなりたいというか、今のままじゃダメになりそうな気がするんだ。
コンフォートゾーンから抜け出したいというのか?
できれば…。できるのかなあ。
方法はある。まずゴールをコンフォートゾーンの外に設定するのだ。
は?
目標を決めろと言っている。無理な目標でもいい。いやむしろ無理な目標、本当にこうなりたいという目標だ。
なんか普通だね。
ここからだ。その目標はだいたいの者が達成できない。ちゃんとした方法をとらないからだ。
ちゃんとした方法?
2つある。知りたいか?
もう、教えてよ。
強烈な経験をするか、システム化するか、だ。
は?
1つは体験だ。すごく悔しいネガティブな体験か嬉しいポジティブな体験だ。しかも「すごく」というよりは「激烈」とでも表現できようか、メチャクチャな体験だ。その体験が今までのコンフォートゾーン内だけしか見えなかった景色ではなく、コンフォートゾーンから飛び出した外の景色を一瞬見せてくれる。あ、こんな景色があるんだと思えるだけで目標に向かって、信じて進むことができる。
なるほど。もう一つは?
それは、その目標までの道のりをシステム化することだ。言うなれば、強制だ。自分の意思で動くのではなく、強制のレールに乗るのだ。例えば部活動だったら、試合に勝ちたいと思うだろう。でもきついことはしたくないとも思う。この葛藤が心の中で起こる。でも部活動は休めないから、少しくらい嫌でもいく。そこにいけば自分は目標に近づける可能性があるから。これを毎回考えて行動していると、その時の気分で、コンフォートゾーンを選ぶ。要は、「別に今のままでいいや」となる。自分の意思だけで毎回葛藤に勝つのはきついからだ。
なるほど。だから、塾に行ったり、習い事したり、少しの強制力があるところに皆いくのか。




