四十四話 その想いは
……意識が、薄れゆく。こんな身体であっても、血を流し過ぎれば判断能力が低下する。
暗殺者をやめ、第四王女に導かれるように彼女を守ることになったが……その責務も最後まで果たせないまま、こんなところで死んでしまうのだろうか。
いや……俺はもう、死んでたな。
「なんて無様な姿だよ、アン。俺ぁ心底がっかりだ」
「……っ」
「最後に聞く。……暗殺の世界に戻ってくるつもりは、ねえんだな?」
デルビートは、最後の慈悲だと言わんばかりに銃を向ける。この期に及んで、まだ俺に選択肢を与えてくれるというのか。
きっと、こんな状態からでも「戻る」と言いさえすれば、デルビートはそれを受け入れるだろう。……第四王女は、殺した上で。
「……断る」
「……そうか」
暗殺の仕事も、護衛の仕事も中途半端に守り切れなかった。これで、デルビートの所に戻ったら、俺はそれこそ最期まで芯の揺らいだ男になってしまう。
ならば、最期くらいは……
「アルフォード、さん……?」
守ると決めた人の手を握って、死のう。
「……あたたかいな」
そういえば、こうして人肌にしっかり触れるのは、いつぶりだったか。人の体温というものは、こんなにもあたたかかったんだな。
死者である俺に体温はないし、こうして人肌を求めて誰かの手を取ったこともない。自分からこんなことをするなんて、初めてのことだ。
……不思議だ。こうしていると、知らない映像が頭の中に浮かんでくる。これは……生前の、記憶だろうか?
『あ、大丈夫? 血が出てるじゃない。これ、使って』
そう言って、転んだ俺に手を差し出してくれたのは……この、第四王女だ。そう、死ぬ直前、あの場所でこの女を見かけて……その姿に、俺は目を奪われたんだ。
その際転んでしまい、心配したティーラが俺にハンカチを差し出してくれた。人にそんな風に優しくされたことのなかった俺は、身分違いだとはわかっていてもその姿から目を離せずに、そして……
「あの時……俺は……」
「え?」
その直後、俺の人生は終わった。だからだろうか……死ぬ直前に、瞳に焼き付いた神々しいまでの笑顔が離れなかったのは。あの笑顔を見るために、俺は今ここにいるのだと、そんな大げさなことさえ感じた。
だからだろうか……第四王女ティーラ・テル・アルクドの姿を見た時、殺すために部屋に侵入した時……奇妙な感覚に、襲われたのは。自分を守ってくれと言われて、それにうなずいてしまったのは。
自分を殺した相手を、憎むことができないのは……俺が、この少女のことを……
ドンッ……!
……重々しい音が、轟く。体の内側にまで響き渡るような重い音。それがなんであるか、なんでも聞いてきた俺には考えるまでもない。
「アルフォードさん!!」
額に感じた衝撃、視界を赤く染めていく液体……耳が割れるほどに、騒がしく俺の名を呼ぶ少女の声。泣き叫び、俺の体を揺らすが、俺の意識は一気に暗闇に落ちていく。
もう一発の銃声が響くのを聞き届け、倒れた俺の上になにかが覆い被さる感覚を最後に……俺の意識は、途絶えた。




