四十二話 弾丸
ドンッ……!
銃声が、鳴り響く。重々しい音だ。それは、拳銃の中にあった鉛の玉が、引き金を引くことによって外へと放たれたことを意味している。
銃口からは煙が上がり、そこから弾丸が放たれたことは明らかだ。
狙っていたのは第四王女の額。俺はそのまま引き金を引き、第四王女の額には風穴が空いた……はずだった。
「……え?」
「……」
恐る恐る声を出す、第四王女。その額に、風穴は空いていない。生きている。弾丸は、直撃していない。
外した……俺が故意に、外した。引き金を引く直前、銃口をずらした。第四王女の側……地面に、穴が空いている。
外れたのではない、外したのだ。目の前の女は、俺を殺した女であるはずなの……なにも考えずに引き金を引けば、その命を奪うことができたのに。
「な、なんで……」
「なにをやっているんだ! アン!」
たった今殺されそうだった、当の本人が困惑した声を漏らす。しかし、それに被さるように怒号にも似た大声が響く。デルビートのものだ。
困惑を孕んだその声は、当然と言えば当然だろう。自分を殺した相手を殺すために、拳銃を渡した……それが、この結果なのだから。
「そいつは! お前を殺したんだぞ! なのになぜ……」
「あぁ、なんで、だろうな……自分でも、わからない。わからないが……この女は、殺したく、ない」
自分でも、自分の気持ちがわからない。それは俺がもう死んでいるからだろうか。それとも……
ただ、自分を殺した相手が憎いとか、逆にわざと外してやろうとか……そんな気持ちさえ、ない。生き返った当初は、自分が死んだ現実を恨んだりもした。
だが、それも今となっては……その気持ちさえ、消えていた。
「アルフォードさん……」
「殺したくない……? アン……お前、どうしちまったんだ? 自分を殺した相手だ、憎くないはずがないだろう」
正面の第四王女、背後のデルビート……両者とも、困惑している。しかし困惑しているのは、俺も同じことだ。
だが、はっきりしているのは……この第四王女、ティーラ・テル・アルクドを俺は、殺したくないということだ。
「悪いなデルビート……俺は、撃てない。殺したく、ない」
「……おい、おいおいおい、どうしたんだ本当に。殺したくない? 意味がわからん……今まで何人も殺してきただろう。しかも、自分を殺した相手だぞ? まさか今さら殺しが嫌になったと? そうなのか?」
「そうじゃない。これまで何人も殺しておいて、そんな虫のいい話は言わないし、これまでの行為を後悔してもいない。それでも……殺したく、ない」
どうしてしまったんだ、俺は……殺しが嫌になった、というわけではない。
それとも、これまでの殺しはあくまで『依頼』の上での殺しだったからか? 仕事としての殺しは数えきれないほどにやってきたが、思えば自分の意思での殺しは、やってこなかったように思う。
「わ、私……とんでもないことを、しました。だから……」
「……死ぬのが怖くないのか?」
「怖いですよ! だからアルフォードさんに、私を守ってくれるよう依頼したんです。……でも、私がアルフォードさんの人生を壊してしまったのは、事実です。だから、アルフォードさんになら……なにをされても、私は受け入れます」
俺に、自分を守ってくれと依頼した第四王女……その当人が、俺に殺されても受け入れると言っている。
当人の了承はある。それでも、俺がこいつを殺したくない理由は……
「そいつと行動するうちに、情でも移ったのか?」
「! そんな、ことは……」
いつの間にか、俺の耳元で囁くほどに接近していたデルビート。振り向くが、すでに間近にデルビートはおらず、少し距離をとっていた。
「情、だと……?」
俺が、この女に情? たった数日行動を共にしただけで? そんなはずはない。ならば、なぜ俺は……?
「残念だよアン……せっかく、また仲良くやれると思っていたのに」
「……っ」
デルビートは俺に、第四王女を殺せば、また暗殺の世界に戻してやると言った。そして、結果として俺は第四王女を殺すことはなかった。
だから……デルビートが再び、俺を殺しに来るのは当然のことだ。鋭い殺気が、全身を刺すようだ。
「仕方ない……やっぱり、こうするしかないか」
「!」
そう言ってデルビートが取り出すのは、拳銃。まだ持っていたのか。
それを構え、俺へと向ける。狙いは頭か……頭を吹っ飛ばせば、俺を殺せるからな。だが、そう簡単に受けてやるわけにはいかない。
引き金を引く瞬間を確認すれば、俺なら避けることだって……
ドンッ……!
重々しい音と共に、弾丸は放たれた。そして……
「……え……」
……その弾丸は、第四王女の胸元へと直撃した。




