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三十九話 忘却の中の過去



 額と額が、ぶつかり合う。互いの息遣いも感じられるほどに、近く睨み合う。


 それも束の間、互いに再度頭突きを食らわせた後、至近距離での殺し合いが始まる。


 得物で切り刻み、得物がなければ素手で殴打し……痛みも感じている暇がないほど、痛みを感じるよりも先に目の前の敵を排除しなければという思いが、乱打戦を激しいものへと変えていった。


 いや、死者である俺に痛みは感じない……はず。なのに、さっきからおかしい。いつからだ、こんな……この男と、再開してからか? それよりも、もっと前からか?



「ははっ、楽しいなあ、アン!」


「っ、それは、あんただけだ……!」



 切り合い殴り合いの展開には、デルビートに分がある。わかりやすく言うならば、俺が一発与える間に、デルビートは三発を食らわせてくる。


 いつの間にか得物(たんけん)は二刀とも折れ、正真正銘デルビートとの殴り合いに発展していた。


 暗殺者……元ではあるが、それにしたってこれは最低の部類に当たる殺し合いだ。いや、もはや殺し合いなのかもわからない。



「ぶっ……!」



 こうして、標的と殴り合う展開など、暗殺者としてはあるまじき行為だ。暗殺ですらない。


 しかし、この男とは……こんな不格好な方法でも、決着をつけないといけないという、気持ちがあふれていた。



「お、らぁ!」


「ぐっ……!」



 思い切り頬を殴られ、倒れる。口の中が切れた……くそっ。


 さっきから、妙なことが頭に浮かんでくる。痛みを感じないはずだったこの体に、痛みを感じるのはなぜだ。あぁ、頭の中がごちゃごちゃだ。



「アルフォードさん!」



 そんな中で、聞こえてくるのは……第四王女の、ものだ。不思議だ……あの声を聞くと、胸の中が熱くなっていく。これはそう、初めて会ったあの城でも……



「隙だらけだ!」


「!」



 倒れている俺の顔を、デルビートが踏みつけようとする……それを、俺は横に転がることで回避。そのまま起き上がる。踏みつけられた地面がへこんでやがる……どんな、力だ。


 肉弾戦で負けている……俺に魔法が使えれば、戦況は変わったのかもしれない。が、あいにく死者であるせいか俺には魔法が使えない。第四王女の援護でもあれば別だが、そもそもこれは俺が決着をつけなければいけないことだ。


 魔法が使えないのは向こうも同じ。少なくとも、俺はデルビートが魔法が使えると聞いたこともない。互いに条件は、五分……



「アルフォードさん……わ、私……」


「下がってろ、巻き込まれても責任はとらんぞ」



 第二王女(あね)の屍を前にしても、なお俺のことを気に掛けるか……ずいぶんとお人好しなことだ。


 俺はこのままでは、殺されるだろう。だが、そうなればこの女も……そんなことはさせない。



「あぁー……イライラするぜ、ホント!」



 その時だ……怒号のような、声が上がる。それは、乱雑に髪をかくデルビートによるものだ。


 どうかしたのか……この殺し合いに、痺れを切らしたのか? 俺は、身構える。



「なんでお前は、その女を選んだんだ……えぇ!? 俺を捨てて、よりにもよってその女を……」


「……なに言ってるんだ?」



 さっきまで非常に殺しに来ていたかと思っていたら、いきなりどうしたんだ……


 俺が暗殺者という家業を捨てたのは、第四王女に雇われたから……それも、殺しではなく護衛の依頼。それを、俺は受けた……


 結果的に、育ての親であるデルビートを捨てたと思われても、仕方ない。いや、実際に捨てたのだ。それを恨むのはわかる。わかるが、この態度の豹変は……?



「なあアン……知らないってのは、罪なことだよなあ。そう、思うだろ?」


「……?」



 言いたいことが、理解できない。



「さっきから、なにを……」


「その女と! アルクド王国第四王女ティーラ・テル・アルクドと! そうやって仲良く話しているのが耐えられないってんだよ!」


「わ、私……?」



 俺……だけでなく、第四王女にも矛先が向かう。咄嗟に第四王女を背にするように移動するが……さっきまで、俺を優先し第四王女には手を出さないと言っていた。それなのに……


 今のデルビートは、なにをするかわからない危うさがある。



「わ、私が……あなたになにか、しましたか? お姉ちゃんをこ、殺されて……今も、怒りを、向けられて……」



 お人好しかと思えば、妙に気が張っているところもある。真正面からではないとはいえ、デルビートに向かい合うとは。


 姉……第二王女を殺した理由は、暗殺の依頼によるものだと、デルビートは言っていた。その言葉に嘘はないだろう。だが……


 今のデルビートからは、それ以外の怒り……私怨のようなものさえ、感じられる。



「失礼ですが、私はあなたとは、初対面のはずで……」


「……なにかしたか、だと? くっくく、そうかとぼけるのか。それとも、忘れてるのか」


「デルビート?」



 なんだ、デルビートは、なにを知っている? 第四王女と、どんな関係がある?



「本当は、アンには教えたくなかったんだけどなあ。どんな思いがあれ、アンが初めて自発的に行動した結果だ……見守ってやりてえじゃねえか」


「なにを……」


「お前は、ただ与えられるだけに暗殺の仕事をこなす……長年そうしてきたな。体だけじゃなく心まで死者になっちまったかと、落ち込んでたんだぜ俺は。そんなお前が初めて、自分の意思で、仕事を放りだし……あろうことか標的を護衛することになった。仕事失敗、だが俺は嬉しかったんだぜ? お前が初めて、自分の意思を見せたんだからな」



 デルビートの、言う通りだ。死者としてよみがえった俺は、しかし与えられる仕事をこなすだけの存在になっていた。それしか、生きる道を知らなかったとはいえ。


 それに、反抗する形になった結果が未だ。だが、デルビートは俺の判断を、喜んでくれていたという。


 なのに……



「なのに、なあ……その護衛相手が、その女だと知って……いや、その女が過去しでかしたことを調べて、お前の判断を喜んだ俺自身に後悔したよ」


「過去……」


「しでかしたこと?」



 第四王女の、過去? それを調べ、後悔した……?


 後ろを、振り向く。しかし、当の第四王女は身に覚えがないと言わんばかりに、首を振る。本人に、その記憶がないということか。それほどまでに幼い記憶か、無自覚に忘れているのか。


 その忘却した過去に、デルビートが憤怒するほどのなにが……今でも、その怒りのメーターは上昇していて……



「お、教えてください! もし私があなたになにかひどいことをして、それを忘れていると言うのなら……まずは、ちゃんと謝罪して……」


「教えろ? あぁなら教えてやるよそして思い出せ人殺し! お前が11年前、そこにいるアルフォード・ランドロンを殺したってことを!」


「……は?」



 一瞬、なにを言われたのかわからなかった。ここにいる、第四王女が……11年間、7歳だった俺を……


 殺した?

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