三話 次なる標的
「あんたが、俺を育ててくれた……こんな世界でも、生きていける術を教えてくれた。感謝してる」
ここにいるデルビート・ロスマンという男は、俺を暗殺者として育て上げてくれた人物だ。7歳でこの世界に足を踏み入れたときから、俺はこの人にすべてを教わった。
言わば、恩人……ってやつだ。暗殺者としての業を教えてくれただけではない、俺を拾ってくれたあのときも……
「……うぅっ」
「!?」
突然、デルビートの肩が震えだす。なんだ……なんで突然、このおっさんは泣き出したんだ?
「アン……まさか、こんな、感謝してるなんて、言われるときが、うっ、ときが来るなんて……俺ぁ、俺ぁ……ぐすっ」
「鬱陶しいんでやめてください。あとその呼び方も」
まったく……歳を取ると涙もろくなるとぼやいてはいたが、どうやら本当らしい。たったこれだけのことで、大げさな。
ま、泣きたいなら好きなだけ泣けばいいさ。用が済んだし、俺はこれで帰らせてもらう……
「おっと、ちょっと待った」
「なんだ、先に報酬でもくれるのか」
俺が帰ろうとした気配を感じ取ったのか、デルビートから制止の声がかかる。振り返ると、もう泣いてはいない。一瞬で涙を引っ込めたようだ。
さっきのは嘘泣きだったのか、涙を一瞬で引っ込める術でもあるのか……どっちでもいいことだが。この世界にいれば、あらゆる技術は武器になる。通行人に成りすまし、対象と接触……涙を見せ油断したところをバッサリ、なんて話も聞く。女なら成功しそうだが、まあこのおっさんの泣き落としなど誰も引っかからないだろうが。
……ちなみにこの仕事の報酬は、基本仕事が完遂したか依頼側……この場合は組織だ。殺してくれと、組織を介さずに本人から直接依頼が来る可能性も、ある。そして依頼側が、仕事の成果を確認してから報酬を渡す。場合によっては、先払いの可能性もあるが。
引き止めた理由がしょうのないことだったら、無視して帰るつもりだったが……
「実はついさっき、仕事の依頼があってな。これをお前に頼みたい」
真剣な目付き、そしてその言葉の内容は……俺の興味をひくに充分だった。
これまで、何百、いや何千でも済まない仕事をこなしてきた。その中で、一つでも心を打つ内容はなかった。ただ淡々と、仕事をこなしてきただけ。
それは今回も、同じだと……思っていた。
「今回の標的は……アルクド王国の第四王女、ティーラ・テル・アルクド。この娘だ」
差し出された資料と、それとは別の一枚の紙。資料には、今デルビートが言った標的の名前及び名前。もう一枚の紙には、その人物の姿、顔から体に至るまでの容姿が、映し出されている。
そこに映る美しい少女の顔を見て……心臓が鼓動を打った、気がした。