十八話 逃亡
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
「どうしたそんなに息を切らせて。もうへばったのか」
「だ、だって! あ、あんな飛んで、落ちて、かか、壁を走って……」
今俺と第四王女は、城の外にいる。それも近くではなく、わりかし遠くに逃げてきた。あの火事の騒ぎにかかりきりになっていたら、ここまでは警備の目が回るのは後になることだろう。
なんせ、城から第四王女が消えた……誘拐をした状態なのだからな。火事の後、第四王女がいないことに気付いたら大規模な捜索が行われるだろう。
どうせなら、城を出る前に一人くらい殺しておくんだったか。そいつの顔を、顔がわからないくらいに潰せば、そいつの身元を第四王女と誤認させることは……いや、無理だろうな。
俺は魔法には詳しくはないが、それを使えば顔が判別できなくても、魔力の波長とやらで誰だか一個人を断定できるらしい。死んでいるのが第四王女だと誤認させることはできない。それに……俺は仕事以外で、極力人を殺すつもりはない。
「の……あの!」
「ん……あぁ、すまない。考え事をしていて気づかなかった」
さっきからなにやら耳障りな声がしていると思っていたが、それは第四王女のものだったか。この期に及んでなにをギャーギャーと。
「むっ、なんですかそれは。まったく……それよりこれから、どうするんですか?」
どうする……とは文字通りの意味だ。これから……第四王女を守るという新たな任務がある以上、第四王女に降りかかる火の粉は払う必要がある。
第四王女に危機が訪れないには、この世からいないことにした方が手っ取り早い。だが魔法による識別方法がある以上、ダミーの死体を用意しても意味がない。第四王女を死んだとするには、第四王女が本当に死ぬしかない。だがそれでは本末転倒。却下だ。
第四王女が死んでない以上、彼女を狙う者は必ず居場所を探し出し、見つけ出すだろう。第四王女を守るには、その刺客を一人残らず殺していくのが手っ取り早いが……この甘いお嬢様が、殺しを許可するとは思えない。
なら、前提としてこの国に留まるのは危険だ。第四王女の姉妹、第一から第六の王女の誰かが第四王女を狙っているとして、同じ国に潜んでいてもすぐに見つかるだろう。
「もしもーし。また黙って……」
「よし、この国を出るぞ」
「えぇ!? 今の一瞬のうちにどうしてそのようなことに!?」
「静かに。あんたがここにいるとバレたら、いろいろまずいんだ」
今は夜。人々が就寝している時間帯とはいえ、城の火事騒ぎに周囲は騒然としている。今も人が集まってきている。辺りは暗いとはいえ、人の顔が見えないほどではない。
こんなところに、第四王女がいると見つかればどうなるか。パニックになるのは目に見えている。だから彼女には今、念のために持ってきていたフードマントを被らせている。これならば、顔やドレスを隠せる。本当は、任務を終えた後城から抜け出す際、俺が使うつもりだったのだが。
そういうわけで、ここに留まり続けるのも危険だ。今人々の目は燃える城に向いているが、いずれそうではなくなる。
「行くぞ」
「え、行くって……」
「この国から出る。まずは、そのための準備だ」
第四王女が消えたことで、城では誘拐説が浮上するだろう。そして真っ先に上がる容疑者は……俺だ。第四王女の部屋には証拠となるものは残していないし、残っていたとしても火が燃やしてくれているだろう。
それ以前の問題だ。俺は、この仕事をデルビート・ロスマンを通じて受けている。彼には、今日のうちに始末をつけると伝えてある。俺が今日と言ったのだから、今日なのだろうとあの男なら思う。
そして今日、城では火事が起こり、標的のはずの第四王女と暗殺者の俺が姿を消した。火事は俺の起こしたものではないが、二人が姿を消したのは事実だ。ここで、二つの可能性が浮かぶはずだ。誘拐と、それか城ではなく別の所で第四王女を殺した。
どちらも同じ意味に思えるが、違う。後者なら、殺したと一つ連絡を入れれば済む話。だがそれをすれば、殺した証拠として第四王女の首を持って来いという話になる。それはできないし、それがされないということは、前者の考えになる。
誘拐。それも、身代金などを要求するためのそれではない。純粋に、暗殺者が標的を連れ逃げた……わかりやすい言い方なら、駆け落ちとかいうものに近いだろう。
「俺も、無事では済まないな」
殺し完了の報告をせず、標的を逃がす。それは、暗殺者としてとんでもない失敗行為だ。それをした俺を、見逃しておくはずもない。失敗イコール死だ。
元々標的の第四王女の始末、失敗した暗殺者の始末……これが、今後かいくぐらなければならない課題だ。デルビート・ロスマンはもちろん、彼伝いに他の暗殺者にも話はいっているだろう。それに、情報通の存在もある。
近いうちに、来るぞ……標的第四王女と、失敗暗殺者"はぐれ"を殺しに。他の暗殺者が。




