十四話 燃える部屋の取引
なにもしなければ、ただ命を削ってしまうだけのこの状況。逃げ道は、俺の背後にある窓しかない。
もちろん、部屋の出入りなど本来であれば役割に適した扉があるものだ。だが……爆発の衝撃により扉は吹っ飛んでしまっている。それを扉の開閉の手間がなくなったと喜ぶには、いささか状況が悪すぎる。
なにせ、扉の向こう側に見える廊下には、すでに火の手が回っている。一か八かに賭けて廊下に飛び出したとしても、助かる可能性は低い。
二属性使いであり、風の属性魔法を操る第四王女ならば、自分に火が回らないように操作はできるはずだ。風を操り、火の道を作ってやれば不可能ではない。
ではないが……
「はぁ、はぁ……」
今の彼女に、それほど精密な作業ができるとは思えない。呼吸をするので精一杯、爆発の衝撃でどこか痛めたか。
まあ俺には、関係のない話。元々あの女を殺しにここに来たのだ。不測の事態が起ころうと、彼女が死にさえすれば俺の任務は完了だ。
……自然に発生したとは思えない。この爆発を、後で調べる必要はあるがな。この爆発は明らかに、異常だ。だれか特定の人物を狙うだけなら、こんな規模の爆発は必要ない。だとすれば、狙いが複数いたか……
「狙いは、俺か……」
いずれにせよ、このまま留まり続けるにはいかない。火の回りが思ったよりも早い……火だるまになるのはごめんだ。
逃げ遅れるわけにはいかない。できることなら第四王女が火に包まれるのを見届けたかったが……唯一の逃げ道を見張っておけば問題はないだろう。後々、死体を確認すればいい。
「さっさと退散するか……ぬっ?」
窓から逃げ出すため、わずかに第四王女から視線をそらす……その隙をついてか、第四王女は俺に向かって走ってきて……姿勢を低く、体当たり。その行動に殺気の類いはなく、油断していたためかくらってしまう。
窓から、勢いのままに俺を突き落とそうとしたのか……それにしては、勢いがまだ足りない。それどころか、彼女はまるで俺の腰に抱き着いている。
「なんの、つもりだ!」
「きゃっ」
しがみつく第四王女を振り払う。しがみつき離れまいとしていたらしく、床に尻餅をついたことできょとんとしている。
「い、今の力……あなた、いったい……」
「お前の言う通り、俺はお前の命を狙ってきた。それだけだ。俺を道連れにしようって魂胆か?」
命を狙いに来た男……このまま逃がすくらいなら、道ずれにしようって考えだろうか。その気持ちはわからないでもないが……
だが、あんなひ弱な王女にどうこうできると、思われること自体が心外だ。
「違います、私は……」
「黙れ。今すぐここで殺してやろうか」
まだなにかを言おうとする第四王女の態度が気に入らない。腰に差していた剣を抜き、彼女に近づく。
「っ……」
火に包まれてもがき苦しんで死ぬよりも、一思いに殺してやった方がいいのかもしれない。そう思って、彼女の喉元に剣を突き付ける。大抵の獲物は、これだけで泣き喚き命乞いをするものだが……
「……?」
なぜ、そんな真っ直ぐな目をしている。死ぬのが怖くないのか?
……ちっ、燃えてるベッドにでも放り込むんだったか。妙に癇に障る目だ。
俺の気持ちを知ってか知らずか、第四王女は口を開く。この状況で、驚くほどに呆れる言葉を……
「取引を、しませんか。私を、助けてください。代わりに私が、貴方を買います」




