プロローグ:貴方を買います
「私が、貴方を買います!」
……その声色は、鈴のように澄んで美しく響いていた。俺を見つめるその瞳は、まるで宝石でも埋め込んであるかのような輝きを見せ、赤く輝いていた。
それはガラスのように目の前にいる俺を映す。そこにいるのは、白に近い灰色の髪を肩まで伸ばし、同じく灰色の瞳をした男。
「……」
彼女の銀色に流れる髪は、指を通せば一度も引っ掛かることなく流れてしまうだろうと思うほどにサラサラだ。闇夜を照らす、銀色の光のようですらある。
スレンダーと表現するべきその体は細く、なんとも頼りなささを感じさせる。もしも力強く抱き締めてしまえば、きっと折れてしまうだろうと思わせるほどに。
「……」
彼女が、俺を見ていた。その鋭い視線で、俺を見上げていた。腰を抜かして、動けもしない……弱々しく死を待つだけのはずの彼女は、しかもその目には死も絶望すらも感じさせない。
俺が動きを止めたのは、彼女の美しさに目を奪われて……というわけではない。もしそんな腑抜けた事態が起こったとしたら、その時点で俺は暗殺者失格だ。
俺が動きを止めた理由、それは……今しがた言われた、その言葉の内容だ。
聞き違いでないか、一瞬の思考。なんせ……この少女が、口にしたのは信じられない内容だったからだ。
「……俺を、買う?」
「はい」
聞き間違いでないか、少女の言葉を、確認する。その問いかけに返答する少女には、一切の戸惑いがない。嘘も誤魔化しも感じられない。
俺から目を離さない。その瞳に映る俺は、果たしてどんな顔をしているだろう。自分では無意識のうちに動揺しているのか、それとも……
少し考えたあと、彼女の喉元に突きつけていた"剣"を引く。
「戯言を聞くつもりはないぞ」
「私は本気です」
俺の視線から目をそらさず、まっすぐに見つめ返してくる。その瞳には、強い意志が宿っている。俺のような裏の世界で生きてきた人間には、決してない強さだ。
……面白い。
「私は……アルクド王国第四王女、ティーラ・テル・アルクドは、貴方を買います!」
今一度、同じ言葉を告げる。いや、先ほどよりもより強い意思を感じる。本人が言っている通り、紛れもなく本気でだ。
俺は、これまで依頼を……殺しを遂行できなかったことはない。どんな感情も不要だと、ただ冷酷に、対象を殺してきた。それだけが、俺の生きる意味。
だがこの時……初めての感情が、俺の中のどこからか湧いてきた。この気持ちは、なんだ。
不快では、ない。むしろ、これは高揚感というやつのようなものではないか。知識としては、知っている。だが実際に、こうして感じるのは……
「私は、貴方を買って……そして依頼します。私を、私の命を狙う者たちから、守ってください」
……命を狙う連中から、自分を守れと……よりによって、俺に依頼するのか。俺も、そのうちの一人……あんたの命を狙って来た、一人だというのに。
ただの命乞い、ではない。わかる。これまで何人の命乞いを見てきたか。その命乞いは本気ゆえに、醜いものばかりだった。
この少女は本気だ、本気で命乞いをしている、のではない。本気で俺に自分を守れと……俺を買うと……
……面白い。
「……いいだろう。あんたの依頼、このアルフォード・ランドロンが引き受けた」
彼女の瞳に映る俺は、笑っていた。なんと愉快で……面白い、少女だろうか。俺の見ていた景色が、変わっていく……そんな予感を、感じさせた。