56. 匿ってるんでしょー?? ねえー? 出せってば。
化身に近き一輪の黒い牡丹と、ひと柱の神である昼夜の化身。
殊、神代においては、運命がモノを言う。
その戦いは、神話の一節となるべきものだ。
小競り合いなどではない。
物語の主役たる闘争なのだ。
「殺ス。」
始めに、黒い牡丹の輪郭が溶けた。
「児戯が。」
昼夜の化身が、何もない虚空を掴んだ。
その霞に囚われた、細い首。
しかし、黒い牡丹は嗤っていた。
「掴まえた。」
首を掴まれた。だからどうした。
そうとでも言わんばかりに陰から溶け出した、闇の粘液が蠢く牙を持つ顎で噛み付く幻想。
それは、邪龍の双短剣の左の牙。
漂う朧は、虚構として存在する。
その、霧散する欺瞞を引き裂く。
ゴキリ。
しかしね?
首を掴まれているのはパティちゃんで、その細い茎を手折ることは、簡単なのだよね。
幻想を、現実に引きずり堕とす昼夜には。
「あ゛はっ♡」
だとしても。
首が手折られた程度で死ぬヤンデレではない。
それで萎れる至高の黒い牡丹ではない。
人の形を保つことを亡くした植物の女王だ。
辺りに薄く伸ばした気配のいずれからも、腕を生やして牙を突き立てるのだ。
「品のない物の怪めが。」
昼夜の化身はそのひとつひとつを丁寧に、具象化して防いでいく。
パティちゃんと昼夜の化身の戦いはさながら、黒い煙と白い煙の交わらない合いである。
「あははははは! ロッちんも混ざれ! ベキ子は燃やせ! 豚は来て、死ね!」
そういう命令に奴隷は従わねばならない。
化身とは、理不尽な天災であるという常識に怖じけづいても仕方なく、ヤケクソになりながら性女も廃エロフも、パティちゃんを巻き込んだ攻撃をするのだ。
そして。
すべての災禍の真っ只中に呼び寄せられた豚畜生は、数秒ごとの絶命を繰り返すというご褒美に震えていた!
「ああもぉ! お嬢さまのバカバカバカぁ!! 『煉獄』『煉獄』『煉獄』『煉獄』『煉獄』ぅ! ぉおっぱいファイヤァあああああああ!!」
「我輩の水魔法、その神髄たる氷の槍を披露しよう。」
それは、かつて循環の化身が魔王を殺したときに使ったとされる、秘術。
弱き者の拙い剣を、心の臓腑へ届かせたという静寂。
循環の、豊饒と輪廻を司る化身の奥義。
其は、凍てついた止水。
停止した循環。
氷の槍。
「『タルヒ』よ。」
その存在を、昼夜の化身は知っている。
今生で魔王が死した理由を知っている。
その槍が、『閉じたる環』の片割れたる循環の化身王妃殿下が紡いで創った奥義であると知っている。
ゆえに。
殊更に警戒して、パティを突き放しても、食らいたくなかった。仕切直しになって、パティたちの調子を調えることになるとしても、避けたかったのだ。
その臆病風に気付いた者がいた。
そう。
至高の黒い牡丹だ。
「あれ? あれあれあれれ? どーしたの?? 煙のクセに氷が苦手なの?? ぷぷぷウケるーっ! え、マジで!? マジなの? ヤバ、やばぁ↑↑ ウソでしょーっ!? ただの氷だよ??」
おや、汗をかいたら正気に戻ったのかな?
「でさぁ、キモい人形はどこいったワケ? もしかして煙が隠してるの? ねえ、そうなんでしょ?? ねえー。出せよ。早く出せよ殺さないといけないんだし。匿ってるとか死刑だよね? あ?」
そうでもないみたい。
でも、パティちゃん。連戦と小休憩で、スタミナがキツくない? 大丈夫?
~to be continued~
ストックが尽きたので、土曜日は18時だけですごめんなさいっ><





