10. マジカル〇〇〇に[以下自主規制]!?
「豚。」
「はい、我が陛下。」
ガラガラと荷車が引かれていた。
空は鯨の肌の濃紺で、雲ひとつなかった。
豚は山賊が持っていた、お世辞にも乗り心地を保証しない傷だらけのリヤカーを引いて、パティに楽をさせている。
いや、あえて小石に乗り上げて、僅かな振動でパティの気分を害して頭を蹴られたいと、頑張っている。
「なんで――夜、ボクを犯さなかったの?」
それは、あまりにも自然に紡がれた言葉。
亀甲縛りで身を飾る豚、ジョナサン・ポルチーニ=ハイムを以ってして、瞬間の空白を作らしめた。
「……お戯れを。」
「ふーん。」
ガラガラと、荷車が煩かった。
「豚。……弱いの?」
音もなく、どこぞから持ち出した弓で矢を一条。
遠くでアホー鳥が末期の声を濁した。
荷車に寝転んだパティには、何も見えてはいなかった。
「お目汚しをいたしました。」
「ふーん。」
また、ガラガラと荷車が軋んだ。
しばらくして。
荷台の上、豚の背中で衣擦れと、湿っぽい吐息が聞こえはじめる。
「んっ。……はあ、はあ……っ。あっ。んんっ。」
それでもマゾ豚は、振り返らない。
「ね、ねえ……♡ ぶーたっ。」
「……。」
「見て、良いよ……っ♡」
荷車は、ピタリと止まった。
「我が陛下……それは、ご命令でございましょうか?」
「ちがうよ?」
パティの、鋭い言葉。
豚は、先の湿った吐息が、作り物だと気付いていた。
「……勿体なき栄誉を、賜りそこねたこの愚豚を、お叱りくださいませ。」
「許す。」
「拙豚は、幸せにございます。」
そうしてまた、小石の多い道を進むのだった。
「でも、バカな豚。」
それが、独り言として消えていくことを、望まれた言葉だとわかる。
「今、この場でなら、汚い豚を受け入れるって言っているのにね。」
パティは、ちょっとだけ拗ねた。
「揉みたくないんだ。」
ちょっとだけ、不満だった。
「弄りたくないんだ。」
ちょっとだけ、不安だった。
「味わいたくないんだ。」
ちょっとだけ、嬉しかった。
「ボクを。」
ちょっとだけ、期待していた。
だから悔しかった。
その感情の香りを、豚は嗅ぎ取ってニヤついて聞いていた。
しかし声は、平素を気取っていた。
「我が陛下。……忌憚のないお耳汚しを、お許しくださいますか?」
「許す。」
花の民の血、その中でも最も高貴なる一族の血を、半分混ぜられて作られた、パトリツィア・デル・フィオーレ。
前世では、余りにも役柄に没入し過ぎた。
一日の大半を仮想世界で過ごし、そこでの栄華こそ至上としたために、実世界の姿形を忘れた。
ゆえに、パティが『メスガキ』であるのは、それ以外、為す術を知らないからだった。
「拙豚が、もし、そのような事態に陥ったのであれば、我が陛下。」
「なに?」
「そうなる前に、自害しておりましょう。」
「ああ、そう。」
「ええ、拙豚は、いえ、拙豚の願いは、我が陛下。お嬢さまが、この豚畜生が憎むべき相手に、情愛の、発情の視線を投げかけて、拙豚など眼中に収めずに、腰を振り続ける破瓜の情事の傍らで、自身を慰めつつ断首されること、なのでございます。かつて、姉のように慕っていた者が裏切られるときに、拙豚は、どうしようもなく興奮したことを、覚えております。」
豚にしても、その告白は恐怖であった。
パティに嫌われること、それがこの上ない苦痛に思えた。洞窟の入り口で見かけた瞬間に、一目惚れをして以来、それだけが唯一の恐怖となったのだ。
「……そっか。」
ゆえに。
パティが、事もなげに聞き過ごしたことが、どれほど嬉しかったか。
「安心した。」
ゆえに。
この言葉には、豚の耳を動かすほど疑ってしまった。
ちなみに獣人族は感情が出やすい耳の動きに敏感だ。
「だって、裸で抱き合っても貞操の危機は無いんでしょ?」
あっけらかんとした言葉に、豚は微笑んだ。
「ああ……我が陛下。」
「まあ、さっきボクが揉んでたのは、ふ・く・ら・は・ぎ! なんですけどー。」
パティちゃん、今更になって、ちょっと恥ずかしくなっちゃったからって、顔真っ赤にして誤魔化しても説得力は皆無だぞ。
「……でもさあ、ボクが、今のボクじゃなくなったら、どうするのさ。」
「お戯れを。半妖精の山の民の隣人で、初潮も迎えていないことブフッ! ありがとう存じますぅ♡♡」
「キモい。」
「ぬふっ。ええ、ええ。まあ、ですから。」
豚は、最後の最後で馬脚を、いや豚脚を顕した。
結果、パティちゃんから蹴りを賜ったのだった。
~to be continued~
応援とか、感想とか、色々くださいませっ><
あ、パティが荷車の上で、一体どんなことをして、あられもない声を出したのか、答え合わせはしませんが、たぶんそれで合ってますっ><
冬休みなので、一日二回更新がんばる!