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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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(23)

「何やってんのさ、あんた」

「お前のあんよに、潰されている」


 レンリは自らに置かれた足と状況を客観的かつ冷静に答えた。

 だが歩夢は、圧迫そのものは加減してくれた。もぞもぞと身じろぎすれば、簡単に抜け出すことが出来た。

 屈みこんで首を傾げつつ、


「何しに来たのさ」

 などと問い直す。


「いや、だから……助けに」

「どうやって?」


 よくよく考えれば嫌なヤツと口論の末なんかヒートアップして無策に突入しただけだった。

 そう正直に打ち明けることができず、口ごもるレンリだったが、


「……おい、もう良いか」

 焦れたように、縞宮舵渡が両人の背に向けて問いかける。

 屈みこんだ歩夢は、じっとレンリの碧眼を見返していた。

 いや、少女の眼差しは彼を見返しているようで、意識はそちらにない。ふと軽く目を見開いて、縞宮の声を聴いた後、その瞳が別の動物のように動いた。

 縞宮の死角より、彼の破壊した床の跡を見た。反面傷のついていない壁に、そして水路の淵をそれに沿った一帯を。


「いや、やっぱ役に立ったわ」

 歩夢は表情を変えず言った。

「え、ほんとにか」

 自分でも驚きの反応に碧眼をパチクリとさせるレンリに

「ホントホント」

 と歩夢はお墨付きを与える。

 そしてレンリの頭頂に歩夢の掌が落ちてくる。

 くっ、とかすかに曲げた指を食い込ませながら、


「お陰で、算段がついた」

 と小さく呟いた。


 転瞬、天へと向かってレンリは投げつけられていた。

 虚を突かれた縞宮の視線が反射的にそれを追う隙に、両腰の『キー』を入れ替える。


〈軽歩兵〉

〈騎兵〉


 火力よりも処理速度を優先した、低グレードの両翼。

 今となってはごくありふれた光弾を連射しつつ、高速で移動して歩夢は縞宮の背後に回り込んだ。


「ほう?」


 呼気を漏らす南洋の王の玉体はその場に不動。眼だけが素早く身を切り返して蛇行する歩夢を追っていた。

 みずからに肉薄する弾幕がその実、当てる気がない牽制であることを読み切っている。そして彼のホールダーが狙うのもまた、少女そのものではなく床。

 大雑把に地面に何度も叩きつけ、それを槌とし、コンクリートを素材に武器を鍛造し、それに猟犬のごとく歩夢の背を追尾させる。


 さながらミサイルのような光と土煙の尾を引いて歩夢のくるぶしを掠め、床を穿つ。

 中空より俯瞰しているレンリにはその弾道がよく読めた。

 より速く、より鋭く、より切れを持ちより数を増していく。やがて歩夢を追い越して逆に回り込んで前途を遮ったので、彼女もまた翻って急転身。水路の側へ逃げんとする彼女だったが、そこで縞宮が始めて動いた。


 間合いとしては半歩。だが彼の手はその実寸よりも伸びあがったような錯覚を覚えた。

 掴むところがないので歩夢の二の腕を。

 骨を割らんばかりに強く握りしめて拘束するや、

「機動戦の展開、遠距離攻撃。どれも近接相手にはセオリー通りの戦運びだな」

 嘲りながら少女の痩躯を引き寄せ、凄んでみせる。そしてその手に握りしめた得物の、異様なパターンの光輝が密着したその構図に艶というものを感じさせない。


「だが言い換えれば凡手も良いとこだ。そして最終的な目的はこの俺様を誘い込んでまた勢い余らせて水流の中へ突っ込ませようてハラだったろうが、二匹目のドジョウは食わせねぇよ」


 そううそぶく縞宮舵渡は事のほか冷静だ。ただの三枚目ではない。この荒くれどもの巣窟の管理を任せられているには、暴力的なカリスマだけではない、ということか。


「――半分は、正解」

 だが歩夢の目にも、目の前の凶漢に対する畏れはない。


「必要なのは最初からここに全部あった。手段、材料、環境、条件、動力、目的、そして賭ける(モノ)。元々惜しむものなんて何もない」

「……あ?」


 そして歩夢はおもむろに天を仰ぎ、

「それをあいつが教えてくれた」

 と、落下してくるレンリに曰くありげな目くばせをした。

 彼女の真意は何が何やら見当もつかない。だが自分を歩夢が呼んでいる。求めている。だったら理屈も逡巡もなく、自分はそれに応えるだけだった。


「歩夢ーッ!」

 軌道を調整して体重をかけて下に我が身をせり出し、レンリは急降下した。

 不審げに両者のやりとりを見守っていた縞宮の顔色が、自身らの周囲に視線をふと投げた瞬間ににわかに変わった。

 生々しい床の傷跡。歩夢を追尾して地面を穿ち抜いた弾痕は、ミシン目のごとく、断続的な線となって水路の溝を底辺とする三角形を描いていた。


「……おい、まさかてめぇ!!」

「勝つ必要なんてない。競り合う必要もない。要するに、あんたをここから追い出せればそれで良い。あいつらの戦いを見届けるかどうかなんて、わたしの知った事情(コト)か」


 縞宮は逃れようとしたがもう遅い。

 捕らえたと思っていた歩夢に、逆に拘束されている。

 次いで彼女自身を妨害しようとしたが、判断が遅い。順序を逆にすべきだった。すでに動揺とレンリへの視線誘導の隙を突いて、歩夢は腰の『騎兵』を回している。


〈カルバリー・ブレイクアウト・チャージ!〉


 本来加速に、敵の突破に用いられるべきエネルギーを、歩夢は足裏から垂直に地面へと叩きつけた。

 刹那、轟音を立つ。歩夢と縞宮を基点として、弾痕によって切り離されるかたちで、区画が割れる。それはまるで、ケーキに乱暴にフォークを突き立てて切り分けたかのようでもある。


「お、おぉぉぉぉ!?」

 縞宮がふたたび水路に落ちていく。もちろん、歩夢も落ちていく。

 その手がふいに伸びて、


「は?」

 がっしと、レンリの羽根を握りしめた。

「ぎゃあああああっ!?」

 一人の少女と男と、そしてなぜか巻き込まれた一羽のカラスは、大飛沫をあげて奔流の中へと沈んだ。

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