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「……なんだ、これは」
ようやく歩夢たちと接近で来た維ノ里士羽を待ち受けていたのは、二方面の理解しがたい戦闘の光景だった。
片や竹馬の友たる汀と灘が互いに争い、しかも製作も設計も覚えのない、奇妙なモジュールを灘が使用している。
もう一方では南洋の管理区長代行、縞宮舵渡相手に、歩夢が応戦している。
ここから踏み込んだものには、まるでその経緯が理解できない。向こうも通路の死角から士羽が覗きこんでいることなど気づきもしない。
灘のホールダーの柄にかじりつく竜型のレギオン。その首の付け根から、黒煙が噴き出した。
それは汀の周りを侵食していき、それを腕で振り払った彼女の周囲では、機雷のごとき球体のエネルギーが展開されていた。
「くっ!」
汀が後方に飛んだ。その前方に立ちはだかったキャプテンが女主人の意志に応じて彼女の身柄を足蹴にして距離を稼ぎつつ、自分は盾となってそれら機雷の暴発から彼女を庇った。
『キャプテン』が膝を突いた。当然レギオンに痛覚などあろうはずもないからして、肉体的に限界が来ている証左だろう。
灘のFAタイプのストロングホールダーの特性は、非人型人造レギオンを構成し、サポートボットとして、一つの『鍵』でバリエーションに富んだ戦術が可能なところにある。
一方でその出力ゆえに制御は難しく、ユーザーの性格やセンスによっては低グレードのものに使用が限定される。
そしてまさに、澤城灘がそのタイプだった。
――にも関わらず今、あの出力はグレード4相当。いやそれ以上。
それを可能としているのは『提督』の駒だ。それ単独では、グレードの割に大した火力も発揮できない彼らしい『大人しめの良い子』。だが、あのU字型の強化パーツがそれを制動役として機能させて、ハイグレードの『駒』のエネルギーを安定化させている。
作ったのはいったい誰だ、多治比か?
それに、他の『ユニット・キー』自体が、澤城灘の行動や精神性の延長線上にない。
誰か提供したものがいるのか。
問いは尽きない。考えようはいくらでもあるが、無数にある可能性から絞ることはできない。
もう一方はダイレクトかつ明快な危機だ。
何をどう血迷った結果か知らないが、まさか歩夢が単身南洋最強の男に挑むこととなろうとは。
雄声勇ましく、手斧のごとく縞宮はCNタイプのホールダーを振るう。
赫光を放つエネルギーの半円の刃は、リーチこそ短いが、その分振りと切り返しの速い連撃に形勢は歩夢の防戦に傾いている。
何を考えているのかわからないぬぼっとした表情は常のままだとしても、疲労は相当に蓄積されているはずだ。
それでも桂騎習玄と争った初陣よりかは、はるかに
手数は最低限。だが防御のタイミングとポイントは的確。体力を温存しつつ反撃の機をうかがっている。
だが、如何せん男女の体格差、体力差というものがある。場数の差というものがある。『キー』の性能差、出力差がある。
「もらったぁっ!」
唐竹割りに、縞宮はホールダーを振り下ろす。
その一撃は割けるまでもなく、少女の前をかすめた。
だが、彼にとってはそれで良い。その空を切って地面を断つその行動こそが、『バルバロイ』にとって正しい運用方法だった。
迸るエナジーを叩きつけられた地面が割れる。だが、散らされたコンクリート片に、飛散したエネルギーが乗り移る。やがてそれはナイフに短槍、鏃、斧といった象をとって、軌道も滅茶苦茶に少女を襲った。
『重装歩兵』の大盾を用いて致命的な被弾は避け、かすめた分のダメージも防壁が遮断する。
だが少なからず命中していた。はじめて歩夢の表情が変わり、眉根が寄った。
これが縞宮舵渡のメインウェポン。
破壊すればするほどに、暴れれば暴れるほどに、その戦術の幅が増えていく。
士羽は援護をすべく、カーディガンより自身の『ユニット・キー』を抜いた。
ほかよりも一回り大きい。特別仕様のそれには専用のモジュールが改造で施されていて、そこに取り付けられたスイッチで、同じく専用のホールダーの次元跳躍によって取り出せる。
だが、彼女はそのスイッチを押すことを躊躇った。
乱戦であるというのもある。
全体に効力を及ぼすこの一式を使うには、不安定な局面ではあった。
そもそも、あの灘のモジュールが厄介だ。おそらくは自分のそれと、噛み合わせが悪い。
だからこそ、今この一時は静観して、
「――静観して、またお前は大事なものを見逃すんだ」
痛烈な皮肉が、横から飛んだ。
気が付けば至近。すぐ足下に、レンリはいた。
「結局お前の本質はそれで、最大の欠陥もそこだ。やたら分別面で超越者を気取って他人を見下してるくせに、その実自分が現実からも本質からも真実からも程遠い」
「知ったふうな口を利きますね、鳥」
「……そりゃ、お前みたいなしくじりをしたことある人間を知ってるからな……俺が自分の人生の中でもっとも嫌いな、最低の裏切者にな」
「では」
彼らしからぬ、しかしある意味士羽にとっては平常どおりのカラスの冷淡な態度に、彼女もまた『鍵』を上衣に押し戻しながら、熱を込めずに問いかける。
「そういう貴方はどうなんです? 今こうして、私と並んで歩夢たちの戦いを傍観している、無能者は」
「……そうだな」
レンリは短い脚をぐっぐと屈伸しながら答えた。
「俺は無能者だ。よしんばお前さんが疑るように秘めた思惑があったとしても、それを公に出来ない卑怯者だ」
けど、とストレッチを終えたカラスはなお続ける。
「それでも、この身の賭けどきは知っている。たとえ貸してやれるほどの力がなくたって、心を尽くすことはできる。そうでなきゃ、救えない魂があることを学んだんだ……そして今が、その時だッ」
ズアアアア、と裂帛の気合いとともに、レンリは戦いの渦中。肩で息をする歩夢の下に馳せ参じようと我が身を滑らせた。
「邪魔ッ!」
「あひん」
「……」
ちょっと機嫌が悪くなっていた歩夢に、レンリはあえなく踏み潰された。




