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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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(21)

 澤城灘と、深潼汀の競り合いは、まるで演武のような、輪舞のような軽やかさと柔らかさを備えた応酬だった。

 そのリーチによる不自由さを感じさせない柄の旋回が、少女と彼女の呼び出した『キャプテン』の人造レギオンを追い詰めていく。

 その連携を断つべく彼女らの間隙に穂先を突き入れた灘ではあったが、


「よっと」

 ひらり、身軽に汀は飛び上がった。

 その『相棒』とも言うべき怪人の双肩を両手でつかみ、新体操やサーカスのように三角帽子(トリコーン)の上で逆立ちしてみせる。

 さらに腰をひねってギロチンのように脚を振り落とすが、これは石突で撃ち落とされる。

 伸びきったその足首を、銀の蛇が絡め取って引きずり降ろさんとするが、とっさに汀は膝を曲げてその拘束から逃れて着地した。


 そんなじゃれあいのような駆け引きを繰り広げているうち、どちらの意図したものなのか、戦場は先の大水路の間に移っていた。


 引き戻された銀の蛇が一度、総身をブルリと大きく震わせる。

 それこそ生物の蛇が外敵を威嚇するために鱗を擦り合わせる動作にも似ているが、次に起こったことは、牽制でもなんでもなく、明確な攻撃だった。


 散らされた鱗が空中に固定し、また別の形へと変形する。

 ツツジの花のような形状となったそれは、その中央より光線を射出した。


「『キャプテン』っ、耐えろ!」


 人形に精神論を持ち出した汀の無茶ぶりに、レギオンは良く応えて彼女の盾となった。

 そしてかれの胸部で光が爆ぜる。多少以上のダメージがあるらしく、その偽りの身体の下肢が大きく後退し、上体は大幅に揺れる。


「ナイスだぜ、相棒!」

(あんたの『相棒』、どんだけいるんだ)


 歩夢たちの胸中のツッコミはさておいて、今度は汀が反攻に打って出る番だった。

 その『相棒』とやらの組んだ腕に飛び乗った少女は、その怪人をカタパルト代わりとして自らを撃ち出した。

 勢いよく飛び出た汀だったが、灘の四方に散らした浮遊砲台の再展開、最充填の方が速かった。

 自らを囲んだ鉄の華を、脇目で見ながら、少女は


「『伏兵(アンブッシュ)水兵(セイラー)』!」

 と鋭く命を発した。

 虚空に向けられていたものと思われたそれに、応える影があった。

 張り巡らされた水路。その下より浮上してきた、青と白とを基調とするレギオンの軍隊が、銛とも銃ともつかないようなものを構えてその先端から水流を射出した。


 ドリルにも劣らぬ鋭利さで、かつ的確に、『コズミック・サーペント』とやらの浮遊砲台を撃ち落としていき、自然流れは光線と鉄砲水と撃ち合いに推移していく。


 だが、灘サイドの方が後手を取られながらも数において優位に展開して、水流に潜むレギオンたちを撃沈させていった。


「くっ」

 その爆発で巻き上がる飛沫。それを浴びながら、汀は灘を攻めきれないまま落下した。

 その下にスライディングしてきた『キャプテン』が、主人の身柄を掬い上げてからゆっくり地面に下ろした。


「さすがは汀だ。ここに戦場が移ることを想定して、事前に『伏兵』を配していたか」

「でもそんな妙なユニット持ってくるとまでは読めてなかったんでね、不意打ちで一気にケリつけるはずだったのに力負けちゃったよ。ハンパにグレードまで底上げしてくれたせいでルール適用もできないし」


 簡単な感想戦のあと、苦味を奔らせつつもどことなく楽しげな笑みを称え合う。

 だが優勢となっている灘の蛇もまた、武装たる鱗をこそぎ落とされて、コードとも血管ともつかない部位を剥き出しにしている。

 それを一瞬見た彼は、『宇宙飛行士』の側の鍵を抜き取り、代わりの一基をあらためて差し込んだ。


〈〈同盟(ユニオン)! 『私掠船(プライヴェティーア)』! 『提督(アドミラル)』!〉

「百鬼夜行の軍勢よ、その黄金の爪牙を研ぎ澄まし不沈の太陽を噛み落とせ! 撃滅を開始せよッ、グレード4.2! 『アンチ・イモータル・ガレオン』!」


 火花を孕んだ黒煙が鋒の総身より噴き出る。

 それがやがて実体を作り輪郭を象り、銀の蛇に取って代わり、強力な咢で柄にかじりつく竜へと変貌する。その後頭部からは、バグパイプかガトリング、あるいはバイクのマフラーのような部位が突出し、唸り声とともに黒煙を吐き出した。


 その圧、その熱。先のものと勝るとも劣らない。

 汗を弾けさせながら、汀はじりじりと後退していく。


 のこのこと、歩夢とレンリがやってきたのはその時だった。

 ふたりの世界に没入しているふたりに向けて歩夢が

「がんばえー」

 と、童女のごとき声援を送る。


「おうっ! 応援ありがとな!」

 汀が屈託ない笑みとサムズアップを向けてくるので、歩夢はますます憮然となった。


「困ったな、イヤミが全然、通じない」

「……いや、よしんば通じてたとしても同じ反応を返しただろ。これが陽キャの余裕というやつだ」

「むかつく」

()()()()それなりに腹を立てているぜ……小娘」


 歩夢の足下から、何者かが会話と間に割り込んで来た。

 べしゃり、と水音とともに、激流の内より、海洋に投げ出されたはずの縞宮舵渡が現れた。


「え、どうやって戻ってきたの?」

「そんなもの、遡上してきたに決まってるだろう!」

「鮭かよ」

「鯉だ!!」


 レンリの呟きに鼓膜を痛ませるほどの大音声をもって返し、ぼたぼたと、汗とも海水ともつかぬ液体を落としつつも己の腕で拭いつつ、舵渡は続けた。


「俺様は小川で奢る鯉だった! だが、海の広さと激しさ、そして雄大さを知り、その流れと一体になることで龍と成った! 登竜門とはまさにこのことだな!」

「それ、比喩だと思うぞ」

「そして小娘、無手勝流の何たるかを心得ているとはな! 怒りを通り越して感嘆の域だ!」

「むてかつりゅー?」

「……きっと国語だけ成績良いタイプなんだろうな、うん」


 思想から知見まで隔たりがあってズレまくっているせいで、まるで異星人とのファーストコンタクトのごとくコミュニケーションが成立していないが、とりあえず無用の怒りと関心を買ってしまったことだけは確かなようだった。


「――しかし」

 と、舵渡は歩夢たちの横を素通りして、じっと水向かいの少年少女の立ち合いを、もっと絞れば澤城灘を中止した。

「あの軟弱者、いつの間にあれだけの技量を身に着けやがった……?」

 などと珍しくも思案顔。だが刹那的にその理性と忍耐は飛散し、

「おおかた、狐か何かにでも憑かれたんだろ! 叩いて直すしかねぇやな」

 などと物騒な納得とともに足を彼らの方へと向けた。

 その進路に、歩夢は知らず足を運んでいた。


「邪魔する気?」

「当たり前だ。スペクターNもとい澤城灘は施設最奥まで多くを引き連れて侵入した。管理区長相当の権限と義務ってもんがあるんでな、一応掣肘を加えなきゃならん」

「それは(あいつ)がやるでしょ」

「深潼汀じゃあ今の澤城には勝てねぇ」

 断言するような調子で縞宮は答えた。

「あの妙ちきりんなアダプタだけのハナシじゃない。俺様の知る澤城灘はあんな攻めに出られる男じゃない。野郎を灘と見ている限りはあの小娘に勝ちの目はねぇよ」


 だから退け、そう言わんとする南洋の長の前に、なお歩夢はその身を留めたままだ。


「正直汀がどうなろうと知ったことじゃない。負けりゃあんたがやれば良い。でも、あの勝負がつくまでは、手出しはさせない」

「ほう? さっき見た限りじゃあ、それほど仲良しでも気心の知れた感じでもなかったがな」


 それはそうだろう、と歩夢は頷いた。


「たしかに出会ってこのかた、アイツには散々引きずり回された」

 何やら一方的に懐かれている――というか誰にでも満遍なくあの距離感なのだろうが――歩夢はその公言どおり、


「深潼汀は、好きじゃない」

 のだ。


 散々引っかき回して、トムソーヤやジェームズボンドの真似をさせておきながら、結局は巻き込んだ周囲はそっちのけで彼女の世界に没入する。そのくせ巻き込まれた方は「仕方ない」と彼女の横暴を受け入れる。

 しかも汀は恐らくある程度計算でそうしたキャラクターをロールしている。

 その理不尽と悪辣に腹が立つ。


「あと、ナチュラルにスタイルの良さを自慢してくる」

「嫌いの理由の大元、そこじゃないですかね……」


 カラスの疑念を黙殺し、歩夢は言葉を進めた。


「そんなアイツだけど、散々迷惑かけられてひとつのことを身をもって学んだ」

「ほう? そいつは何だ?」

「お楽しみを邪魔されると、気分が悪い」


 その教訓を憚ることなく口にした時、縞宮舵渡はしばし呆れた様子であった。

 だが、野生的に頭の巡りは早い方らしい。歩夢の言わんとするところを汲んで、肩を揺すって大笑いした。


「うわはははははは! つまり何か!? 『自分がやられたら嫌なことを他の人にやっちゃいけません』ってか!? した側に同じ報復をしてやるのを筋ってところを、お前は道徳の授業よろしく考え、彼奴らの本懐を遂げさせてやるってのか!?」

「気が向いたら、妨害(そっち)もやるよ」


 だが足利歩夢の心の賽は、この目を指した。

 それは猫よろしく、あるいは泡沫のごとき、一過性の感情(きまぐれ)。すなわち

(いくらアイツでも、なんか楽しそうに試合してるところを邪魔されたら可哀想だな)

 という、我ながら妙なお節介。


「……良いぜ、俄然お前にも興味が涌いてきたところだ」

 その結果この男のどういう反応を呼び起こすのか。

 半ば悟りながらも、そう決断し、行動してしまった。

「その啖呵の下のあるのは菩薩の慈悲か、義を知る士魂か? あるいはそれらを(かわごろも)にした冷血動物か」


 にわかに沸き立つ血の熱が、掌に握り固めたままの鉄器と鍵の煌めきが、男の表皮から水蒸気を立ち上らせていく。

 そしてホールダーを歩夢に向けて定め、悪童よろしく笑いかけるのだった。


「前座の余興代わりに確かめてやるから、今度こそ逃げてくれんなよ!」

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