(20)
「っ!」
多治比三竹が爆炎を突き抜けて地面に落ちた。
ただしその衝撃は体捌きによって分散され、無傷だった。
「ひどいじゃないですか。頭から落ちてたら確実に死んでましたよ」
「よくも抜け抜けと……あんだけいきがっておいて、自分だけが例外だと思わないことね……どうかした、的場さん?」
いや、とストロングホールダーの射角を下げて鳴は言葉を濁した。
着弾寸前に何かの影が、自分と三竹の間に割って入った。一瞬の交錯のうえ、人の形をした
それが爆炎の光加減による見間違えなのか、それとも実態をもった存在だったのか。
鳴にはいずれにも自信が持てないでいるし、三竹が認知しているそぶりを見せないあたり、彼女のもたらした幻覚や手駒でもなさそうだった。
不明瞭な鳴の態度に訝る様子を――顔は見えないが態度で――見せつつも、特に問題はないものとして向き直り、あらためて多治比三竹に問いかけた。
「というか、どうせ別のストロングホールダーぐらい用意してんでしょ」
返答は、いわくありげな余裕の笑み。そして掲げられた右手に……場に踊り込んでくる、無数の自走バイク。ここまでは戦力の温存とスペースの問題から控えていたそれらが、ぐるりと三竹を護り、かつそれと敵対する少女たちを取り巻く形で整列した。
「ヤブを突いて、ヘビが出た」
「うっさい!」
さすがに量的に予想外だったのか。鳴のぼやきに、軽く焦った様子で真月が答えた。
「今度は容赦しないですよ。まだまだこの通り、より上位の駒が用意されて……」
得意げにうそぶく多治比の娘の口が、吊り上げられた嘲笑が、そこまで言いかけて止まる。
腰元に伸びた手も、そこにあるはずの何かを掴むはずが空を切って所在なくさまよっている。
鳴には、彼女が何を引き出そうとしたのか、流れから容易に予想がついた。
『ユニット・キー』を収めた鍵束。たしかに鳴たちを目撃したはずのそれらが、ごっそりと少女の持ち物の中から消えていた。
「お探しのものは、これかい?」
――そしてそれは、建物の死角より覗かせた腕にぶら下がっている。
人のものではない。蛇のごときメカを腕に取り付かせた、異形の影。
外見のモチーフは賊とも毒蛇ともつかぬ、衣を被った怪人。
(コイツか)
そのシルエットは、爆発の間際に視た鳴の記憶と合致した。
そして、おそらく自分は彼の正体にも察しがついた。
桂騎習玄。
剣ノ杜本校を巣穴とする、『ユニット・キー』やホールダーを専門とする、泥棒。
「いや、あんまりに隙だらけなもんだったから、ちょいと食指が伸びちまってな。悪いね、多治比の嬢ちゃん」
「……」
「もっとも、コイツらはどうせカネと権力にモノ言わせて収奪したもんだろ。あんたらにとっちゃ大した痛手にもなりゃしない、だろ?」
「…………」
整列するだけして、動かす『鍵』がないのだから、もはやその二輪車は無用の長物に過ぎない。
そのデクどもに囲まれながら少女は、絡むような怪人の物言いに最初、一切反応しなかった。
勝ち誇っていたがゆえに、今の自分が客観的に見て、如何に惨めで滑稽か。それを一番痛感しているのは、他ならぬ彼女自身だっただろう。
「…………そんなに死にてぇのか、この有象無象の痴れ犬どもがあああぁっ!!
多治比三竹の感情の爆発は、何の前触れもなく、不発弾のごとく突然に巻き起こった。
駆動しないストロングホールダーの二基三基、力任せに蹴倒したかと思えば、顔を両掌で覆ってその内で呼気を荒げる。
だが、訴えるだけの暴力は、もはや彼女の手持ちにはない。
いやひょっとしたら秘蔵の一個ぐらいは別に持っているのかもしれないが、その痴れ犬とやらにムキになってそれを持ち出した時点で、彼女の敗けと多治比に泥を塗ることが確定する。
その事実を緩やかに認めていくかのごとく、手の内の呼吸は、次第にその静けさを取り戻していった。
「…………なーんて、ね」
虚勢か、真の余裕か。
手を顔より離した時、彼女の表情には笑みが張り付いていた。
「そもそも、ナメプしてる後輩ちゃんを四人がかりで必死になって叩いてようやくとか、それってそっちの勝ちとも言えないでしょうし、時間稼ぎの任は確かに果たしました。あんたらに給料分以上の仕事すんのもバカらしい」
などという減らず口とともに、少女は身を切り返した。
「逃げんのか」
「好きなだけ吼えといてくださいよ。……ちょっと気になることがあって、今日は早めに切り上げたいところなんで」
そして去り際放ったセリフの調子からすると、少なくともその最後の言葉こそは本心であったような気がした。
……そしておそらくは、本気になればこの四人を打ち倒せるというのも、あながち完全な虚勢でもなさそうだ。
「……素直に悔しがるあたり、久詠の方がまだ可愛げがあったわね」
その気配が消えてより、息をついて肩から力を抜く鳴の傍らで、怪人三人が『キー』を抜いてその武装を解いた。
「礼は要らんぜ、姉さんがた。惚れてくれるのは勝手だが」
「そんなワケあるわけないでしょ、火事場泥棒」
「どっちかと言えば、爆心地泥棒ですね!」
少女たちを顧みたその男子は、キザったらしいセリフも辛うじて愛嬌に替える程度には人好きのする、整った面立ちだった。
そして賊という割には卑しさや欲深さといったものを感じさせない。ふてぶてしさは、南洋の制服をまとい変装しているその総身に充溢しているが。
「こんなところまで盗賊稼業の出張か。夏休みがないってのは世知辛いこった」
そう揶揄を飛ばす鳴に、不敵な笑みを称えたままに桂騎は言った。
「むしろ祭りの時こそ稼ぎどきってな……とは言っても、今回ばかりはちゃんとした商談でこっちに来たんでな。今のは、まぁ小遣い稼ぎさ」
「と言うと?」
「多治比三竹がそうだろうと言うように、こっちはこっちで都合がある」
つまりは、それについては口を閉ざす、ということか。
追及より先に、手を振ったのを最後に少年の姿は何処かへと消え去り跡も残さない。
「で、どうする? つっても、歩夢たちと合流するしかないだろうけど」
少し崩れた水着の紐を直しつつ、鳴はふたりに尋ねた。
だが、真月は神妙な顔つきでじっと周囲に捨て置かれたバイクを見下ろしていた。
「どーしたよ」
今度は鳴がそう尋ねる番だった。
いや、と先の彼女のようにやや濁してから、真月は真面目くさって呟いた。
「せめて一台なりとも、かっぱらって『旧北棟』に持って帰れないかなって」
「火事場泥棒はどっちだよ」
「どっちかと言えば、爆心地泥棒ですね!」
「気に入ったのか? それ」




