(19)
出渕胡市に、鉄の猟犬が群れを成して寄せる。その集団行動は機械的にして精妙。されども勢いはその獣性を喪わず怒涛。
一方で鉄人となった胡市もまた人並外れた瞬発性を以て身を切り返し、その攻めの間隙を巧みに縫っていなしていたが、そのうちの一体が背に回り込んだ。
壁を張りついて、生物ではありえない速度と制動とで身体を切り返した猟犬は、そのまま少女の長躯へ特攻を仕掛けた。
それはかろうじて躱したものの、代償として体勢を大きく崩すこととなった。
雪崩を打つように殺到してきた獣たちは、胡市へとまとわりついて瞬く間に折り重なった。
爪で突く。牙を立てる。ワニのごとく噛み付いたままに身を捻り、さらなる負荷を加えようと手管を尽くす。
鉄を掻くがごとき異音が響き、少女のレギオン体からは火花が散る。それも彼女が重装の人外に化身していたからこそだが、もしそうでなければ凄惨な構図となっていたことだろう。
胡市はなんとか隙を見つけては、背を丸め込むように姿勢を推移させつつ、防御面積を増やしていく。
そしてその合間に、回天の布石を打つ。
水気を帯びた外気を我が身に取り込み、限度いっぱいまで蓄積する。
自らの内でそれが充溢した頃を見計らい、
「ズガドーン!!」
胡市は手足を一気に突き伸ばした。
その膂力に数体ほどが跳ね飛ばされる。
爆発的なオノマトペとは裏腹に、その総身から噴き出たのは冷気だった。
鉄人の関節という関節から、内に酸素を取り込むための通気孔から、溜め込んでいた気化された水蒸気が、氷霧を孕んで放出された。
元はリアクターと化した彼女がそのエネルギーの暴走に抗するための冷却システムを、逆噴射したものだった。
たとえばそれが、寒冷地仕様の白景涼のものであれば耐えられただろうが、所詮は量産機である。仕様外の冷風に侵された獣たちは、動力部や機動箇所を機能不全に追い込まれて、急停止した。
「アネさーん! 今行きますよー! アネさーんッ」
猟犬らを一掃した胡市。己はパッションの衝き動かすままに駆けだした。
もちろん、そんな大声を出さずとも通じる距離で、南部真月らは戦闘を繰り広げている。
だがその場に踊り込んだ刹那、
「バカっ!」
……と、真月もまた声を荒げた。
いかつい鉄面から「へ」と間の抜けた声が漏れ出る。
その黒鉄の足下で、地面は明度を高めて輝き始め、ついに爆発を引き起こした。
「ぐわー!」
女子らしからぬ、そして緊張感にも欠ける声をあげて、胡市は地面を削りながら転がった。
「おい、出渕!」
鳴も声をあげた。が、救助に駆け寄ろうとした鳴に「待って!」と制止をかけた。鳴は咄嗟に脇へと飛んだ。同様に、彼女いたあたりで爆発が起こる。そしてその間際にもやはり、その足下の区画は周囲よりひときわ明るかった。
――これが、厄介だった。
その一部のみではない。
この廃墟のごとき空間全体に、テクスチャのように、あるいはプロジェクトマッピングのように、平面の規則的な桝目が色と数字とに分別されて光線で描かれている。そしてそれは断続的に、順を追うようにして明滅を繰り返して、ある一瞬に止まってその区間が爆炎を吹き上げる、という法則性を持っていた。
そしてその元を辿れば、上空に鎮座する三竹のバイクの車輪。水平になったそこから照射される光だ。
「ったく、手足吹っ飛ばす気かよ」
「キャハハハ! ……手足吹っ飛ばされる覚悟もなしに、こんなとこ来ないで下さいよ、センパイ?」
鳴の独語を、頭上の三竹が拾って嗤う。
なんとか無事だった手を切り返すようにして鳴は自身の『小弓』を撃ち出した。
しかしそれは難なく射程外に逃れられ、代わり三竹が車輪のフレームを叩けば、鳴の行く手でまたしても爆破が起こって風が彼女を吹き飛ばす。
「こっち全然本気出してないんですけどー」
などと頭上のバニーガールは曰う。
煽りの意味合いもあろうが、事実でもあるだろう。
このルーレット仕様の『勝負師』なるキーは、ランダム性、ギャンブル要素の強いケレン味ある、非戦闘向きに成長したものだ。それが戦闘に耐えうるものとなっているのは、この多治比家三女のプレイヤースキル……もとい目押しの精度の高さによるためだ。
希少性はありそうではあるが、真っ当に防衛戦を展開するならもっとマシな『ユニット』を使ったはず。つまりはテストプレイも良いところで、あからさまにナメられている。
いつの間にか遮蔽物を利用した真月が、三竹と同じ高さに上り詰めて、爪を立てて飛びかかる。
「おっとお触り禁止ですよー」
彼女のバイクはツイと横へとスライドし、真月の奇襲は甲斐なく空を切って重力に引かれていく。
そして落下するその先で、まさに輝度を高めた五番の『パネル』が待ち受けていた。
が、その身を光の矢が横合いから叩く。軌道をずらす。
ぐぇっ、とあまり可愛げのない呼気とともに獣の少女は、その矢を放った鳴のすぐ横合いに不時着し、自身を直撃するはずだった爆風を浴びた。
「痛いじゃない的場さん!?」
「いや、助けてやったんだよ」
「もうちょっと助け方あったよね!?」
そんな余裕があったのか、と問う間もなく、けたたましい嘲笑が頭上で鳴る。
「センパイがたの『鍵』って、『コメディアン』だったんですか? まぁネタ自体は面白くもないですけど、その必死さが笑えていいセン行ってますよ!」
などと言う揶揄とともに。
「…………クッッッソ腹立つ!!」
「まぁ、そりゃ腹立つように言ってるわけだしな」
何も嗜虐心からそう言っているだけではなかろう。こちらの判断力を削る意図も、そこには多分に込められていた。
そしてそれは南部真月に対しては見事に的中し、冷静さを欠いた猛獣の特攻などすべて徒労に終わり、爆炎に捲かれて彼女の身体は地を転がる。あと、ついでにそれに巻き込まれて胡市も飛ばされた。
「そらそら! どんどんいきますよー! 賭け方はどうしますか!? ストリートベット、それともカラムがお好みですか!? 選ばせてあげますよっ、チップは当然もらいますけどね!」
天に座すゲームマスターは、そう高らかに謳う。その指の動きは、フィナーレを迎えたピアニストのようでもあり、あるいは熟練の音楽ゲーマーやDJのようでもある。
そしてその都度炸裂が起こり、三人は散々に吹き飛ばされた。かろうじて鳴のみが自身の回避のみに終始集中しているためにダイレクトな被害はまぬがれている。
だが性質の悪いことには勢い任せにはしないこと。三人を内へ内へと追い詰めて、一気に屠る戦略を組み立てたうえでの、そうせざるをえない状況へと運行していく計画的な攻勢だった。
そして俯瞰する少女に対しては抗うべくもなく、鳴たちは穴だらけの地面に囲われるようにして、中央に固められた。並列するその有様は、三竹には銃殺刑に処されようとしている虜囚にも見えたことだろう。
「まぁ、ウチとしても命を獲ることがお仕事じゃないんで。頭下げて逃げ帰るならまぁその『鍵』で手を打ってあげても良いですけど?」
などと、すでに勝利を確信した様子で、多治比の女は案を示した。
――増長、ここに極まれり。
鳴は溜息をついて進み出た。それに張り合うようにして、ほかのふたりも前進する。
それぞれのムカデや汽車の鍵をねじ回しながら。
〈ハウンド・ハンティングチャージ!〉
〈ラッセル・ブロウィングチャージ!〉
めいめいに必殺の構えを取る怪人たちにも、三竹は臆することはない。
あぁはいはい、といった調子で雑に頷き、頬杖を突きながら空中で我が身を固定している。
先駆けて仕掛けたのは、胡市だった。
赤熱を帯びて飛び上がり、勇ましく突っ込んでいくも最小限の動きで避けられた。
間髪を入れず、建物の隙間より真月が回り込ませたであろう鉄鎖が伸びる。
だがそれも、三竹がツイと一指を滑らせるだけでその手前の壁を区切るパネルが爆発し、威力は相殺されてだらしなくたわんで宙で遊ばされる。
「あのねぇ、そんなバラバラな連携でどうこうできる相手じゃないでしょうよ」
などと、三竹がせせら笑う。
「そうだな」
そしてそれは鳴も認めるところだ。
「まったくそう思う。こいつらとは奇しくもさっきビーチバレーでも組んだんだけどさ、本当に息合わせるってコト、しねぇもんな」
などと嘆きつつ、自身の『ユニット・キー』を再装填した。
「すぐ頭に血を上らせる激情家」
南部真月が後輩の名前を鋭く呼んだ。再び飛び上がった鉄人は、たわんだ鎖を一絡げにつかみ取った。
「なんでもかんでも突っ込んでいけばいいと考えてる単細胞」
爆風にもめげず鉄鎖を握ったままに、バニーガールを中心として出渕胡市は四方八方、むちゃくちゃに駆け回る。
「そして」
「必要最低限の仕事しかしない、協調性ゼロのヤツ」
自身の仕事を終えた真月が軽く非難めいた口調で鳴の言葉を継ぐ。憮然とする彼女の眼前で多治比三竹が顔色を変えたがもう遅い。利き手や両脚を、胡市の鎖に絡め取られて三竹は身動きが取れなくなった。
「そんなスタンドプレーしかしねー女ども」
だがそれでもなお、強引に拘束から逃れようとする後背の正中に、鳴は狙いを定めた。
「――でもなんか勝っちゃったんだよなぁ」
〈エリートスナイパー・プレシジョンチャージ〉
群青の光弾が、その合成音声の後に鳴のデバイスから射出された。
かろうじて動く指先を必死に駆使して、三竹はその弾道を阻むべく爆炎の幕を張る。
しかしそれらをすべて、直線的な蛇行でかいくぐり、その紺碧の流星は三竹に迫った。
「腹撃ち抜かれる覚悟もなしに、こんなところに来るべきじゃなかったな……コウハイ?」
返ってきたのは、甲高い断末魔と爆発音。
乗っていたストロングホールダーを中央から穿ち砕かれ、その爆風に煽られながら多治比三竹は、地面に転落した。




