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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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(18)

「なぁ良いの!? 汀的にはこの勝ち方ありなんです!?」

「うーん、まぁ先客がいるし、兄さんの方は一応起動はさせてて物理防壁が発動した状態だったし、もう浄化処理はされてたから後は沖にシュポーンされるだけだし……まぁオッケーでない?」

「あらまぁやっぱりリアリスト!」


 南洋の管理区長を出し抜いて無傷かつ短時間で突破した歩夢たちは、その放水施設を後にした。


 鳴たちと分かれてから何度か分岐に行き当たり、その都度再開されたメールナビに従ってきたが、ついにその案内にも終わりの時が来た。そこから先は一本道で、普段は開いていないような鉄の小径を通れば、終点と思しき鋼のドアがある。銀行の証券を閉まっているかのような、分厚いその扉の裏で電子音が響き、内より口を開けた。


 存在自体が非常識な地下都市の最奥。

 きっとその秘匿性と厳重性の先には、金の延棒のピラミッドとか宝石で築かれた山だとか、密かに開発された最新型の弾道ミサイルだとか、最終戦争に備えて製造されたロボットの兵団だとか、あるいは株とFXとで五百億(アホ)程稼いでいるモニター・ルームだとかがあるという想像をしたところで、荒唐無稽と一言に否定することは出来なかっただろう。


 だが扉の先に広がっていたのは、非現実的な光景であり、歩夢にとってはそれほど真新しいものではなかった。

 それでも、この享楽の一日が消し飛ぶほどに、美しい。


 ――あの、巨大な剣の形をした終末装置は。


 部屋自体は、幾らかの機材が据え置かれた空疎なものだった。コンサートホールや映画館のように、カーブを帯びた壁。その先に、打ち止めと思っていたはずの先が見える。戸口がある。方々の装置から光の縁でくり抜かれた回廊。そこにいわゆる『委員会』の言うところの『黒き園』が広がっていた。


「――これが、巌ノ王京猛が表裏二重の娯楽都市の裏に隠していたものの正体だ」

 そしてその機材と異界の合間に、ひとりの髑髏の面をかぶった人物が立ち塞がった。

「そして僕が、君たちをここに招いたスペクターNだ」


 そう名乗り上げて、深く辞儀をしてみせる。

 折れた体つきは細やかだが男のそれだ。声は涼やかで甲高いが、少年のものだ。


「退場の仕方こそマヌケだが、分校長の辣腕ぶりはホンモノだ。『輸送兵』を主体とするキーの複合利用による、本校旧校舎への進入口の確保(アプローチ)……今まで不思議に思ったことはないか、深潼汀? 何故、本校でのみ発生する『ユニット・キー』が、そしてそれと対し力を手に入れる適性持ちのプレイヤーがこの分校でも現れるのか。答えは一目瞭然だろ。あの親父はここで『上帝剣』の粒子を抽出し、それをここや地上の学生たちや生活用水、学食などの中に混入させていた。もちろん、『レギオン』にならない程度に極小の規模でね」


 慣れた手つきで装置のコンソールを操作すると、光柱が徐々にすぼんでいって、やがて本校に通ずるワープホールは口を閉じた。機材自体も、床へ壁へと格納されていき、後に残ったのはシンプルなスペースだけである。


「それが、我が校の正体だよ。とんだプレジャー・アイランドだろう。僕らの青春は、そのままあいつの供物として捧げられていたわけだ」

「なるほどねぇ、薄々の予感はあったけど、そういうカラクリだったのかよ」


 そう言って汀は、前へと進み出た。

 笑みは浮かんでいるが、目つきは剣呑そのものだ。


「……で、オヤジさんの目論見どおりロバになって跳ねまわる哀れな幼馴染に真実を見せるため、わざわざそんな暑苦しいカッコして回りくどい待ち合わせしてたってワケか……灘」


 名を呼ばれた少年が、仮面の中でフッと息を抜くのが聞こえた。あるいは軽く笑っていたのかもしれない。


「やっぱ、バレてはいるよな」

 そうこぼすや、仮面を下から剥いで髑髏を投げる。現れた素顔に懐から抜き出したアンダーリムの眼鏡を掛ければ、確かに端末の画像で目視した救出対象だった。


「あ、気づいてたんだ」

 むしろ意外だったのは歩夢で、そんな少女を汀は心外そうに顧みた。

「足利サン、オレのことどんなふーに思ってたの?」

「拉致された友達そっちのけで遊び惚ける(クレイジー)(サイコ)(パリピ)

「ひどい……」

「あと、サイコの頭文字はPな」


 咳払いが聞こえる。話の腰が思い切り折られた少年、澤城灘のものだった。


「おっと脱線した。で、わざわざコレを見せるためにこんなとこまで呼んだのか?」

「もちろん、それだけじゃない。用は二つ……いや三つだ」


 そう言って灘を指を立てた。


「一つはこれ自体という物証を見せること。もう一つは……ここを、共に破壊してほしい。そしてこの分校長不在の間に、事実を世間に公表するとともに、この学校と言う名の実験施設を、閉鎖に追い込みたい」


 いかにも、行き過ぎた正義感や生真面目さによって悪堕ちしたヒーローの掲げそうな信念だった。言いそうな口上で、闇に誘うべく差し出された手だった。

 しかしそれは、にべもなく幼馴染に断られた。


「お前らしくもない性急さだな」

 呆れながら汀は言った。

「第一、ここを潰したって、あの『剣』がある以上、また誰かが同じような場所を作って、同じことを、よりえげつないコトをする。だったら、おもしろおかしいオッサンが上手いことコントロールしてくれていた方が良いだろ。で、オレたちがそれを未然に防ぐって」

「そう言いながら、本当はお前が手放したくないんだろう」


 そう切り込まれて、汀はやや押し黙った。


「その力を、この生活を……そして、自分がヒーローでいられる場所を」

「……」

「お前は幼い頃、入退院をくり返す虚弱なお姫様だった。そして、今もってなお、本来は理知的な人間だ。享楽主義者で正義の味方を演じているに過ぎない。だが、その執着こそが親父の餌食だと何故気付かない?」


 おそらくは、長く彼女を知る彼の評は、図星だったのだろう。押し黙った少女に、その片鱗を確かに歩夢も見ていた。


 彼女は正直に生きる者が好きだと言った。

 何故ならそれは、自分がそれとは程遠い人間だから。


「……否定は、しないよ」


 汀はそう言って灘の投げた面を拾い上げた。そして自身の顔にそれを押し当てつつ、くぐもった声で


「でもやっぱりその提案は受けられないよ、灘。今の危なっかしいお前には乗れないって、演じてるオレも、ホントは冷たい自分も告げてる」


 それに、と少女が面を投げ捨てた時、その表情はこざっぱりとした、屈託ない笑顔となっていた。


「オレは正義の味方を気取ってるわけでもないし、良いか悪いかじゃない。こんなごった煮の無法地帯でも、オレは好きなんだよ。お前がこの学校に連れてきてくれたから、今のオレがある。だからいずれは去らなきゃいけないとしても、力づくで学校ごとブッ壊すなんて、させたくない」

 今度は、それを受けて灘が笑み返した。

「……やっぱり、お前は変わらないんだな、ナギ」

 呟くように漏らす。

 嬉しさ、寂しさ、そして諦観。

「……どうせ断られるとは思っていた。そしてそれはきっと正しい。ここを潰したところで、『上帝剣』が存在する限りは軍事利用や利権争いは必ず起こる。そしてそれを取り除くにはやはり鍵とホールダーの力は確かに必要だ」

 細められた瞳の中には、様々な色が混じっている。


「それで、最後の用は?」

 問いかける汀に、笑みを退かせた灘は爪先で床を小突いた。

 その一部がそれに合わせて突出し、その裏に格納されていた長柄物を、灘は掴んだ。


「僕と、戦ってほしい」


 ストームブルーとも言うべき、深い滋味の青を下地とした、幾何学的な白い紋様の入っている。ベルリンに再建された、イシュタル門のカラーリングにも似ていた。

 先端には三角状の突起があり、その付け根には鍵穴があり、大振りのそれを槍と称するのは苦しいだろう。むしろ鋒、あるいは神の射放った巨大な矢のようである。

 おそらくがその鋒矢の武具こそが、彼の扱うストロングホールダーなのだろう。


「……いや、意味わかんないんだけど」


 すかさずツッコミを入れたのは歩夢であった。

 この街を破壊しよう、断られた、じゃあ戦おう。まるで文脈がつながっていない。こんな場で思うことさえバカバカしいが、理論的ではない。

 てっきり黙殺されるかと思っていた歩夢な率直な感想に、灘は反応を見せて彼女とレンリを顧みた。


「……別にわかってもらおうとも思わない。けれども、これは僕なりのせめてものケジメで、未練で、そして自己満足で自罰行為だ」

「全然答えになってないんだけど、もうわたしは行って良い?」


 歩夢を見返す曰くありがな眼差しには、一抹の未練めいたものを感じさせる。

 それが何なのかは伝えないままに、灘はかぶりを振って払拭したようだった。


「足利歩夢、そしてそこの鳥になった男……君たちに、恨みはない。悪かったのは僕達だ」

 当たり前だ、と歩夢は内心でツッコミを入れた。

 勝手に厄介事に巻き込んでおいて、こちらの非などあろうはずもない。


「けど、せめて君らにはそこで見届けていてほしいんだ。できることならね」

「おい、その『僕達』っての、よくわかんないけどオレも含まれてるわけか?」


 汀の問いかけに、灘は曖昧に微笑み返すばかり。汀は大儀そうに息を吐くや、

「良いよ」

 とさらに一歩、進み出た。

「でも、ただ戦うばかりじゃ能がない。オレが勝ったら、さっき言ったバカげた考えは捨てること」

「……分かった」

「で、そっちが勝ったら? お前の計画に協力でもするか」

「まさか。無理やり従わせたところで意味はないだろう……けど」


 言いよどんで逡巡して、それからうっすらと、少年の頬に朱色が差し込んだ。


「ずっと、お前に言えなかったことがある。それに答えてくれとまでは期待してないけど……でも僕が勝ったら、言わせてほしい」

「ん、なんだよ。今言えよ」

「……勝ってからじゃないと、僕らの関係にケリつけてからじゃないと、意味がないんだよ、ナギ」


 そう儚げに、灘は微笑を称え、甘やかな韻を帯びた調子で少女の名を呼んだ。

 伝染したかのごとく、少女の頬にも紅が灯る。せっかく進めたその身が、ぐぐっと後ろに引き下がっていく。せわしなく髪の結び目をがしがしと梳ってから、その手を虚空へ向かって突き出した。


「あぁーもー! 調子狂うなぁっ! お前こそ、今なんかヘンなキャラのスイッチ入っちゃってるぞ!?」


 荒ぶる少女の足下に、周辺と進路のみ液状化させて、超小型の潜水艦が躍り出る。

 それが飛び上がると、少女の左手に固定されて鍵溝を展開させていく。


「まぁ良いや、オレが勝っても、その言葉引きずり出してやるからなっ!」


 吼えてみせる幼馴染。彼女の眼前で、灘は奇妙な器具を取り出した。

 U字型に鋳造された、鉄具。蹄鉄のようでもあり、プラグを統一するためのアダプタにも見える。

 いや、その先端は一本の鍵溝になっているから、アンバランスながらもY字型の鍵ともいえる。

 その正体を汀も知らないのか、不審げに眉をひそめていたが、強い反応を示したのは、レンリだった。


「『ユニオン・ユニット』!? 馬鹿な、何故お前がそんなものを!?」

 温まりつつある場の空気に当てられたわけでもあるまいに。大仰に反応してみせ、その碧眼をいっぱいに見開く。

 だがそんな鳥の狼狽をよそに、灘は銀と金、二色二振りの『ユニット・キー』を、その左右の分枝にそれぞれ突き立てた。


同盟(ユニオン)! 『宇宙飛行士(アストロノート)!』・『提督(アドミラル)』!〉


 男のものとも女のものともつかない合成音声が響き、そして中央の鍵溝を蒼刃の付け根にねじ入れ、中空に向けて傾けた。


「天駈ける銀の戦船よ! 鋼の竜骨を抱いて星海の果てを拓け!」

 それはモチベーション向上のための気炎だったのか、それともこの特殊なキーを動作させるための音声コードだったのか。

 いずれにせよ、灘がその祝詞を唱える、その一節ごとに、蒼の矛先は輝度を増し、その頂点から発せられた銀光の塊がやがて鋒の柄を細く長く絡め取っていく。


「抜錨せよ! グレード3.5! 『コズミック・サーペント』!」


 締めくくりの宣告を皮切りに、銀色の鎌首が、物質化して鋒矢と一体化していく。

 そして生物と兵器が融合したかのようなその長物を両手で傾けて、少年は勇壮な面持ちでみずからの幼馴染と対峙したのだった。

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