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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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(17)

 右の道を、歩夢たちが行く。

 もちろん日陰者たる彼女は片割れの深潼汀とはかなり距離をとって、カラスを抱えてとっとこと歩いているのだが、その腕の中でレンリは何度目かもつかない溜息を吐いた。


 理由はわかっている。

 最初はその落胆をある程度は汲んで辛抱してやろうかとも思っていたが、流石に終わる目処なく続くと、いい加減に限界だった。


「ん?」

 自分の頭の上まで、レンリを持ち上げる。

 そして短い足を左右に広げると、その間に膝を立てて一気に振り下ろした。


「だァオ!?」

 足利流秘技、尾骶骨砕き。プロレス技で言うところのアトミックドロップ。

 もちろん、ホールダーの恩恵を受けて一時的に身体能力を強化出来ると言っても、歩夢に格闘技の知識などあるはずもない。

 したがって、加減の仕方も当てどころも分からず、結果容赦のない一撃が、備えざるポイントにクリーンヒットする。


 馴れ合いのレベルを超過した激痛のあまり、レンリは飛び上がって奇声をあげて突っ伏した。

「あ、ごめん」

 これには思わず歩夢も素で謝った。


「ありゃ、どったの」

 その声のあまり先行していた汀が顧みて駆け寄ってきた。


 実質、この女とのワンペアである。

 誰だ、鳥を一人にカウントした奴は。しかも誰も何にもツッコまなかったのか。戦力的には偏り過ぎではないのか。


 すでに過ぎたことながら、止めどなく愚痴が脳内を巡る。

 その隙に空いていた汀にカラスを引っ攫われた。

 汀の腕に抱きすくめられ、まんざらでもなさげに碧眼を細めている。


「おーよしよし、このお姉ちゃんにイジめられたんか」

「バブー、ちょっとこの状態で寝返り打っていい?」

「……」

「おっ、なんだ歩夢。ははん、さてはヤキモチだな?」

「いや、女の子らしくそうしようともしたけど、十代の兄代わりを務めようかっていう、おそらくは中身成人男性であろう人が『バブー』はマジで気持ち悪くて引きました。むしろやめてください」

「うん、ゴメンな! でも大人でも時折童心に返るどころか赤ちゃんになりたい時はあるんだよ! たとえば今みたいに自分の非の割に合わないバイオレンスを受けた時とかな!」

「…………ばぶー」

「赤ちゃんのフリして罪過から目を背けるな!」

「あっはははは!」


 汀が笑い声を転がした。その拍子に、レンリは取り落とされて地面に尻餅を突いて、癒えぬ痛みに追い討ちをかけられてまた悲鳴を軽く上げた。


「いやー、やっぱ足利サンたち面白いわ。好き」

「わたしは取ってつけたように好きとか言えるあんたが嫌い」

「ははは、手厳しいなーもう! でもオレは、そーやって真っ向から言ってくれる足利サンが、ホントに好きだよ」


 この女、天性のタラシ気質なのか。めげずにこちらの肯定を続けてくる。


「オレは男とか女とか関係なく、好きなもんを好きになって、で、分け隔てなく遊びたいんだ。でもさ、やっぱ体つきはここ一年かそこらでどんどん女っぽくなっていって、胸もおっきくなってくし。そういう点では足利さんみたいな体でいたかったよ」

「レンリ艦長、この女に全力腹パンの許可を」

「不許可です。多分マジメな話だから、本人にとっては」


 レンリの言う通り、嫌味抜きの率直な感傷だったのだろう。しみじみと噛みしめるように汀は続けた。


「だから今までつるんできた男友達とかも、妙によそよそしいというかソワソワしてるってかさ」

「そりゃさっきみたいなスキンシップ取られたら距離感がどうにかなっちゃうって」


 両翼を組んでしきりに頷くレンリは、どちらかと言えばそのスケベ男子どもの心情に共感しているようだった。汀は嫌悪感を浮かべずも不本意げに唇を尖らせつつも、やがて歩夢の手を取りニッカリと嬉しげに白い歯を見せた。


「だから、博士や足利さんみたいな、取り繕わない正直なヒトが大好きだよっ! 色々と問題はあるけど、もちろんこの学園のハチャメチャさ加減もね!」


 このまま輪舞でもしかねない汀の積極性に辟易しつつも、歩夢は強いてそれを拒めないでいる。

 自由意志というものを持たないためか、あるいは別の何かに起因するものか。


「あんた自身が、()()()()()()()()?」

 と、思わず問いがこぼれた。

 汀が、一瞬真顔になって顧みた。だが、上ずった声で、

「やっ……やだなーもー! オレは気ままに青春を謳歌する自由人だよ、ウン……そうなりたいと、願ってる」


 レンリはそんなふたりの様子を喜悦の眼差しで見ていたが、ただ一言、

「……博士(あいつ)は正直なのとは違う。むしろ逆だからこそ面倒くさい」

 とのみぼやいて締めくくった。


 ~~~


 緩慢で、かつさっきのように時折足を止めつつも、一本道である以上なんだかんだ前進自体は続いていて、やがて違う景観へと行き当たった。

 囲む障壁は煩雑なものではなくなり、隙間なく溶接されたコンクリートのもの。LED灯が目の痛まない程度に奥まったその空間にあまねく明るさをもたらしている。


 取り込まれた海水を、この裏の区間で浄化処理でもしているのだろうか。透明度の高い水が何条もの溝に溝に沿って流れ込んできて、それが中央付近で大きなラインで統合されて流水プールのようになっていた。


「これ、どこに繋がってんの?」

「一応ここ浄水施設になっててさ。ゴミとかを除去して、クリーンな海水にしてこのまま沖に再放出してるんだよ。環境保全に協力してるってこと」

「それ、海水浴とかこことかで、自分たちで汚してるのを自分たちで掃除してるだけなんじゃない?」

「…………それは言わないお約束!」


 そこを挟んで、数人の、そして記憶に真新しい男たちがいた。


「見つけたぜっ! 暴力チビ!」


 保健室を襲撃してきた学生たちだった。これより手前の、アジト的世界観を持つ空間ならさぞその荒くれた風体は似合っただろうに、多少文明らしいところに出るともうミスマッチ感が凄い。

 だが自分たちの姿が客観視できる理性などあろうはずもなく、偉そうに胸を張っている。


「ここに入ってくるのが見えたンで先回りしたんだよっ」

「この間はよくもやってくれたなァ、仏頂面!」


 と、唱和するかのごとく別の男が歩夢に眼力(ガン)を飛ばす。しかし歩夢はお構いなし。

 すたすたと歩こうとするも、他のひとりと一羽は足を止めたままだ。


「……で、誰だいそこのイカした女は」

「オレ? いや会ってるだろ? 汀だよ、ナギサ」


 自身の肢体へ向けて上へ下へとせわしなく視線を動かす無頼どもに、キョトンとして汀は顔を指さした。

 本当に知覚しえていなかったらしく、仰天の表情を浮かべて

「ウソだろ!? お前、オンナだったのか!?」

 などと口にする。

 ――気づかないほうもどうかとは思うが。

 途端に、歩夢と汀への敵意は飛散し、どこか所在なさげに、あるいは好奇の目に変わった彼らに、汀はうんざりとした様子で見返していた。


「笑止! 惰弱、柔弱、軟弱!」

 暴風の如く強い語気が轟いたのは、その折であった。


「カチコミと息巻いていざ相手が女だと知るや、及び腰だの舐め出すだの欲情するだの! これじゃあ遅れを取るのも道理ってもんだ!」

 そう吼えながら、悪漢どもの背後をかき分けて現れたのは、痩せぎすの男である。


 身の丈は声ほどには大ではなく、夏服らしき片鱗が覗える改造服を着ているあたり、学生ではあるのだろう。

 だが、覇気が他の男どものそれとはまるで異なっている。額に巻いたバンダナは、瞼や眉毛さえ覆い隠すほどだが、その下の獅子のごとき細い瞳は、精悍さと活力に満ちたものとなっている。

 程よく日に焼けた手足には無駄な贅肉も筋肉もなく、チーターのようでもあり、その脚の下のサンダルで地面を踏みしめればその圧で薄く張った水面が跳ねてしぶきが舞った。


 その大音声にしばし忘我していた一同ではあったが、男たちはただその声量に面食らっていただけで、同行していたことはもちろん知っていたようだ。


「そ、そうだっ! てめぇらをブチのめすために、親分が合宿を終えて帰ってきてくだすったんだ!」

「まーそういうこった! テメェらだな、俺様の子分を体重計でブチのめしたってヤツぁ!」

「……俺様て」

「子分って」


 やっちまってくだせぇ親分って。

 とまれ、その声の圧を緩和するべく半ば耳を塞いでいた歩夢は、

「誰アレ?」

 とレンリと汀のどちらかでも良いので問うた。

縞宮(しまみや)舵渡(かじと)。まぁ本校で言うところの管理区長。南洋の学生サイドのまとめ役」


 まとめ役。なるほど牽引力はあるようだが、果たして正しいルートに導くだけの理性があるのかないのか。

 手短に答えた汀は、面識があるのかそれともあまりに目立ちすぎて有名なのか。気おくれすることなく進み出て言った。


「縞宮の兄さんっ! 悪いけど、今はスペクターNがこの先で待ち合わせしてるんだ。だから構ってらんないんだけど!」

「おう、人の留守中に好き放題してたってぇ小僧か! 俺様もヤツには言いてぇコトの一や二とあるんだが」

 と、猛獣の目線が後ろに回った男どもを見る。

 背丈と顔のいかつさではわずかに勝る鬚面たちが、肩をすぼめて委縮する。まぁ自分不在の間に『子分』とやらが新顔に鞍替えしていたら、彼らにこそ言いたいことがあるだろう。

 だが直接に罵ることはせず、代わり彼らの肩を小突いて回り、凶猛に犬歯を剥いて縞宮は笑った。


「不出来なヤツらだが、これでも盃交わした仲よ。ケジメはつけさせてもらうぜ。もちろん、返す刀でその覆面野郎もブチのめす」

「……盃って、飲酒」

「多分、スポドリの飲み合いじゃないかな、大会の打ち上げとかで」

「割と健康的だな」


 歩夢やレンリのぼやきにも律儀に答えつつも、汀は答えない。むしろ、縞宮の返答を得てかえって退けない状況となっていた。

「悪いとは思うけど、そのどっちもさせない」

「そうかい。じゃあ深潼の、俺様と闘る覚悟はできてんだろうな?」

 汀の答えを受けて、縞宮の纏う気配ますます剣呑なものとなっていく。逆に、火に油を注ぎ込んだ感さえあった。

 こと戦闘に関しては場数を踏んだ相当の実力者であることは、その気と余裕の失せた汀の横顔から見て取れる。ましてや、数の利も向こうにある。

 歩夢はしばしそれを相互に見遣っていたが、息を吐いて汀と並び立った。


「足利サン?」

「集団戦になれば、こっちが数で圧し負けるでしょ。こうなったら、一対一でケリつけるしかないんじゃない」


 そう言った歩夢の頭上に、通気口に潜行させていた彼女のホールダーが舞い降りて、くわえていた『ユニット・キー』を歩夢の手に落とした後に裸の腰に取り付いた。

 ベルト状に変形し、展開した翼のうち、左の鍵溝に、

〈コサック〉

 氷の青白さと透明度を持つ、『旧北棟』で進化させた鍵をねじ込む。

 縞宮を除く男たちがそれぞれのデバイスを抜き取って身構えたが、元より狙いは彼らではなく、その足下の大水路であった。


 歩夢の射放った凍気を帯びた光弾は、着水と同時にその水面に氷を張った。

「ほう……?」

 と、腕組みしながら南の王は、

氷橋(すがばし)ってわけか」

 などと独り合点する。


 やがて凍結部分はどんどんその面積を広げていき、周囲の気温を下げると同時に氷面自体は人間が複数人渡れるだけの広さを手に入れた。


「面白ぇ、氷の闘技場とは乙なもんを作りやがる。これなら、逃げ場なしのガチンコが出来るってわけかい」

 もっとも、とあくまで強気に南の男は嗤った。

「俺様としちゃあ、そこの鳥含めて三匹まとめてかかってきても構わねぇけどなァ」

「鳥?」

「あ、そう言えばなんかいる」

 ようやくレンリの存在に気付いたらしい荒くれどもや、鳴と同じく縞宮の遣う得物は、軛型のCNタイプ。

 だがそれを絶対的な自信とともに握りしめるあたり、彼らとは違って

〈バルバロイ〉

 と読み上げられた『ユニット・キー』は、近接戦闘タイプなのだろう。なおのこと、汀が一騎打ちに応じれば圧倒的に不利な状況といえた。


「いや、わたし一人で良いよ」

「足利サン!?」

「もとは体重計ブン投げたのはわたしだし……多分これが、手っ取り早い」


 聞こえよがしにそう言い切った少女に、「ほう?」と言った調子で縞宮は目を眇めた。

 てっきり逆上して仕掛けてくると踏んでいたが、そこは王者の器というべきか。愚弄に対する怒りを呑んで我が力として脚にため込む。


 そして時とともに己が力が充溢するのを見計らい、

「じゃあ片づけて見せろっ! 今この瞬間にでもなァ!!」

 と、獣のごとく吼えた。獅子のごとく跳ね、氷橋を突破すべく強く踏み込んだ。


 ――もとい、思いっきり踏み抜いた。


「うおっぷ」

 一カメ。


「うおっぷ」

 二カメ。


「うおっぷ」

 三カメ。


 ……などとありもしない定点カメラを幻視してしまいそうなほど、リアクション芸人顔負けの見事な底抜けっぷりに急流に転落し、そのまましぶきをあげて沈む。再浮上することなく流されていく。

 本来、氷橋とは基となる材があってはじめて人や物の往来が可能となる。

 いくら超自然の力と言っても、まして絶えず流れる水を完全に凍結して道を作れる理などなし。これは氷橋などではなく、ただの薄氷でしかなかった。


「お、親分ーッ!?」

 後に残された子分たちは、目の前から消えた自分たち大将を救うべく、慌ててその流れの先をたどって消えていった。


「……まさかこんなアッサリ引っかかるとは……」

 あまりに上手く事が運んでしまったせいで、若干肩透かしを食らった気分にもなり、南洋の学生たちの将来が少し心配になった歩夢であった。

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