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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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(16)

 左の道は、鳴が行く。

 彼女に引率されるかたちで、真月、胡市がぞろぞろと連れ立つ。


「あのエロ鳥と離れられたことが今日一で嬉しい」

 などと冗談とも本音ともつかぬ調子で、彼女たちに聞かせるまでもなく独りごちる。


 もちろんこれは運否天賦によるものではなく、

「あー、今日はグー出したい気分だなー、グー」

 と思わせぶりにレンリに目くばせしつつ水着のヒモをあえて位置を直したりなどして気を持たせ、いざ手を出す段になってパーを繰り出すという高度な心理戦を展開したがゆえ、文字通り自分の手で掴み取った幸福だった。

 レンリは男泣きした。


 その一連の流れを知る真月はやや鼻白んだ様子でその背に追従していたが、やがて

「てことはあっち、お守り……ていうかまとめ役がいないんじゃないの」

 と、少しばかりの苦言を呈した。


「まぁそれこそあの鳥公がなんとか取り持つだろ。ていうかそれぐらいは役に立て。もしダメでも深潼もいるしな」

 あと、と鳴は視線をはるか前方に投げた。

「こっちもこっちで、世話役は必要だろ」

 そう言葉を向けたのは、落ち着きのない胡市にではない。そちらは、勝手知ったる真月に任せれば良いだろう。

 実のところもう一人、こちら側に振り分けられた人間がいて自分たちを抜き出るかたちで先に進む女がいる。先行はしているが、先導をするつもりもないらしく、白いカーディガンをなびかせて独り我道をひた進んでいた。


「世話が必要なのは、私ですか?」

 その少女……維ノ里士羽は、足を止めずに平坦な声で問い返した。


「お前以外に誰がいるんだよ……いったん歩夢たちと離れたからって、そー不機嫌になるなよな」

「別に不機嫌になどなっていませんよ」

(声と態度に出てんだって)

 いったい何の動機があって出不精の彼女がここまで同伴してきたのか、それはもちろん鳴には知るべくもないが、それでも露骨に気を悪くしているのは歩夢やレンリと別行動することが決まってからだ。


「あの鳥……あの程度のブラフを愚直に信じるとは……いったいどういう生き方してたらあんな馬鹿になるのか」

 などと苦く零しているあたり、どうやら逆に深読みし過ぎて仕損じたらしい。そして士羽自身の判断ミスであるがゆえにこそ、彼女の機嫌はより深く害されたのだろう。

 士羽はその足を速めた。

「おい」と鳴が呼び止めるのも聞かず、

「あとは任せます。言わずもがな、私には私の目論見があります。いちいちお遊戯には付き合ってられませんので」

 と言い残して、闇の中へと消えていく。


 不服そうなのは、そのお遊戯とやらに士羽自身の指示でおのれと朋友、敬慕する先輩が駆り出された真月である。


「……ごめんな。あいつも悪気があってのことじゃない。多分あんたらのことまで頭回ってないだけだ」

「だったらなおのこと腹立つんですけど。あなた、よくあんなのと仲良くできるわね」

「あんたと白景先輩と同じ。恩義があるし、あんなのだからほっとけないんだよ。……まぁ違う点があるとすりゃ、別に恋愛感情はねぇってことか」

「はぁっ!? そ、そ……その言い方だとまるであたしが、せ、先輩のことす……」

「あはは、今日びテンプレラノベのヒロインでもしない反応じゃないですかアネさん!」

「うっさいこの単細胞!!」


 仲が良いのか悪いのか。そんな言語的に物理的にと応酬を繰り広げる少女たちをよそに、鳴は一歩進み出た。

 そこは、開けた場所である。

 様々な国の文字が入り乱れる、野放図な立て看板の電飾が灯り代わりに天を照らし、建築基準をちゃんと満たしているのか分からない、屋台や建造物の数々が四角くく周囲のスペースを確保している。

 ちょうど先に取り壊された有名なスラム街、九龍城砦の直中に迷い込んだかのような趣さえあった。


 いくつかの小規模な出入り口、抜け道があるが、すでにこの空間自体に士羽の姿はない。そこまでは一本道であったはずだから、間違いなくここを通過しているはずなのだが。

(問題はここからどのルートを採ったのか、だな)

 胸中で独りごちる鳴だったが、ふと正中に戻した視線が、ひとりの異様な装束の少女を捉えた。


 もちろん、場違いなのは水着姿の鳴たちとて同じなのだが、いったいこの少女の恰好はどういうシチュエーションで用いるのが正しいのか。

 肌面積としては鳴の方が圧倒的に上なのだが、それでもオフショルダーの黒い上着や股を剥き出しにしたキュロットは十分に煽情的。だが過剰とも思えないのは、パーティーグッズのような安物ではなく、オーダーメイドらしく彼女の身の丈やボディラインに寸分違わず調整されているからだろう。

 しかしなおもってその服装は異質だ。

 その頭の、兎耳のカチューシャと、尻についた毛玉さえなければ、まだバニースーツではなくアイドル衣裳と呼称することを出来たものを。


「……申し訳ありません。ここから先は、関係者以外立ち入り禁止ですので、どうかお引き取り願います」

 その耳をまざまざと見せつけるように深く恭しく、少女は頭を下げた。


 自身のシルエットをすっぽり覆っていた鳴の後ろから少女の姿を覗き見た真月が、気難し気な表情をさらに険しいものとした。


「……あんただって、関係者なんかじゃないでしょ……多治比、三竹」

 その名が、厳密に言えばその姓が口端にのぼって時、鳴もまた少なからず衝撃を受けた。

 この『業界』で、この地で、多治比の名を知らない者はない。

 名家にしてこの街に本社を置く複合大企業グループの経営者一族。そして、今鳴たちが使っているストロングホールダーの量産体制を作り上げた。

 ……その発案者、設計者からプロジェクトやそれにまつわる権限を剥奪して。


 多治比三竹は、現家長の三女だ。

 そして一年生にして、その利発さ、辣腕ぶりさはすでに兄姉以上と方々から音に聞こえている。


 手入れと生き届いたつややかな黒髪と、そこに貼りつく兎耳が、小刻みに揺れる。先の慇懃な態度とは打って変わって、調子外れた笑い声転がす。気品と可憐さを持ち合わせながら、小悪魔的で挑発的な顔を持ち上げた。


「夏のバイトってやつですよ。ライフセーバーやってるんです。で、深潼汀のオマケを、出来る限りここで足止めしろってさっき指示がありまして」


 誰から、とは言うまでもない。例のスペクターNからの依頼だろう。


「そんなことより、真月センパイはどうなんです? 北棟、助けないでこんなトコでお友達と遊んでていいんですかぁ? というかそもそもセンパイ、西棟(多治比)の手伝い、ほっぽってますけど」


 激情の少女が、ぐっと唇を歪ませる。

 『旧北棟』の協力者として、そしてその苦境を知る者として、自身の本来の所属先である西棟には色々と言いたいこともあるだろう。

 だがあえて鳴はその前進と発言を、彼女の腹を掌で押し戻して遮った。

 もっともそれは真月を庇うためではない。鳴にしても、言いたいことが二、三はあるからだ。


「だったら、ここを先に通ったヤツがいるはずだ。そいつは無視して良かったのか?」

「あぁ、士羽センパイですか? 良いんですよ、多治比(ウチら)とセンパイ、前はちょっとイザコザありましたけど、今は不可侵条約結んでるんで。にしても薄情ですよねぇ、あの人。こっちには気づいたみたいですけどセンパイたちのこと、全然気にするそぶり見せなかったですよ」

「あいつを……そんな風にしたのは、お前ら寄生虫だろ。多治比」


 三竹はけたたましく笑った。

 剥き出しの肩が上下する。その笑い声に紛れて、


「多治比を舐めるな、脱落者の小者風情が」

 ――上級生を相手に底冷えするような、静かな恫喝が入った。


「もっともこっちにデータが流れて来たのは、ウチらや政府の仕業じゃないんですけどね。でもまぁ良いでしょう、言っても信じないし、これ以上の議論はただの時間の浪費です」


 少女はそう言って、指を鳴らした。

 闇の奥、家屋の隙間を縫うようにして、無人の小型バイクが躍り込んでくる。

 むろん、自走する時点でただの車両であろうはずもない。

 SSタイプのストロングホールダー。

 白景涼の使うそれよりも一回りほど軽量化小型化が施されているが、それがゆえに小回りが利くようだ。それも一台や二台ではない。視認できるものだけ数えれば、十台ほどはある。


「貴方らはここを通って汀と合流したい。ウチは仕事で通せない。じゃあ闘るよりほか選択肢なんてないんじゃあないですか?」


 うそぶくや少女は、鍵束を腰元から抜き取った。

 そこに括りつけられていた『ユニット・キー』をもぎ取ると、ぞんざいに四方へと投げ放った。


〈猟犬・追撃(プシュート)形態(モード)


 強烈な磁気にでも吸われるように、キーは差し込み口に飲まれていった。

 同じ合成音声が鳴たちを囲み、やがて自走する二輪車は、サイズはそのままに獣の、四足の鉄の犬へと変形を遂げた。


 残る一台、特別仕様なのか黄金と紅色に煌めく手元のバイクには、三竹手ずから『鍵』を挿し込む。


勝負師(チャレンジャー)遊撃(レイド)形態(モード)

 形状そのものに目立った変化はない。

 代わりそれは、横倒しになるや、車輪が虹色の発光を地へと吐き出しつつ宙へと車体を打ち上げた。

 軽い掛け声をともに、完全に浮上する前に飛び乗るや、その上に腰を落として脚を組む。


「無駄なこととタダ働きは嫌いなんです。さっさと始めちゃいましょ」


 そのコスチュームに着替えておいてどのクチが、と文句を言いたくないでもないが、その主張自体にはおおむね同意だ。士羽や歩夢たちに追いつくためにも、たとえ荒事になってもこんなところで道草を食っている場合ではない。


 そもそも、高説を垂れている合間にすでに鳴たちもそれなりに武装を進めている。

 鳴の足下には、灯一より返された自身のホールダーが追いつき、それを爪先で拾い上げて

〈軽弓兵〉

 鍵を、ねじって回す。

 ビキニ姿で力を行使するのはさすがに初だから、なんというか肌寒さにも似た所在のなさを如実に感じてしまうが仕方がない。


 真月、胡市の両名の右腕にも、LSタイプと思われるデバイスが装着されている。

〈猟犬〉

〈ラッセル〉

 真月とは旧北棟脱出において一悶着あったそうだが、鳴はその力を見ていない。

 が、その動きに無駄がないあたりを見ると、ふたりとも素直に戦力として認めてよさそうだ。にっくき多治比が相手ともあって、先とは違って士気の漲りもまた格別なようだ。


 それでも、相手に質量ともにアドバンテージがあることは否めないが。


 真月はその百足の牙のごときその爪で虚空を裂き、胡市は真正面に正拳を叩きつける。

 硝子を割るがごとくに破砕の異音が鳴り響くと同時に、彼女たちの振り抜き、突き出した拳の先で空間に亀裂が奔り、その中より流出してきたこの世ならざる粒子が物質化して少女たちを包み込んで鎧となる。


「よっしゃあ!!」

 その名の通り、除雪機関車を想わせる鋼の魔人となった胡市が、その不利にも挫けず強く意気込む。

 女性らしさを少なからず残すそのボディを小突きながら、同じく獣とも鉄ともつかぬ身体となった真月が、


「周囲のは任せたわよ、胡市。的場さんとあたしは、あのガキ叩くから」

 と方針を定める。

「任せてください! たかだかグレード2程度のザコ、いくらいたって物の数じゃありませんよ!」

「ほーザコか! ちなみに今あたしが使ってるのも同じ鍵なんですけど!?」

「アネさんはザコなんかじゃないですよっ、ほらなんというか、ガッツが違う!!」

「フォローが雑っ!」


 ……姉貴分にも容赦ない胡市とそれにいちいち反発する真月のコンビネーションにはいささかの不安感は残ったが、それもお互いに忌憚なく言い合える良好な関係とでも思っておこうと鳴は決めた。


「さぁて……じゃあ茶番も終わったことですし、さっさとお仕事終わらせちゃいましょうかね」

 という、三竹の生意気極まる宣誓をゴングに、四人の乙女の戦いが火蓋を切った。

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