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所謂『裏校』は、南洋分校が巨大なレジャー施設の地下に用意したアジトだ。
元は某国の活動拠点、あるいは非合法的な賭博による収入源として提供されるはずだったが、それが計画の段階で頓挫し、宙に浮いたところを『ユニット・キー』案件の交流コミュニティとして流用を始めたのが発端だという。
来るべき時代。やがて質量兵器や電子戦に取って代わる新たな戦場を生き抜く多様な部隊。その養成のために。
その一角に、そうした地下都市の全容を一望できるオフィスがあった。
外観こそ他と合わせていかにも荒涼としたヴァイキングの寝床のような塩梅だが、内部は洗練されたデザイナーマンションのごとき様相で、その大部分のスペースを占めるのが、最新の監視システム。動く影を自動かつ極めて精密に捕捉、追尾するそれは、オーダーが入れば水面を跳ねる小魚一匹さえ見逃さない。もっとも、魚よりも、海浜エリアを通過してきた水着連中の肌が自然、どうしても目立ってしまうわけだが。
そのモニターの前に、学生服の少女が陣取っている。
自慢のつややかな髪をブラッシングしたり、ネイルを整えたりしているところに、デスクに置かれた端末が通信が入ったことを報せてくれる。
いかにも無機質で芸のない、耳障りなハウリング音。だがこればかりはどうしようもない。当たり前だが地下の秘密基地。ここでは一般の電話会社の通信機器類はことごとく無効化される。使用できるのはトランシーバーか、でなければそれこそ『通信兵』系統の『ユニット・キー』か。
「……ハイハイ、ミタさん警備会社南洋出張所。夏休み中も休まず営業中という矛盾ー……ハイ?」
その端末を耳元に運び、ゲーミングチェアにもたれかかり、脚を組む。飛び込んできた依頼の内容を聞き返す。
正確にヒアリングをしつつもマルチタスクでキーボードを操作し、依頼対象をモニター越しに認識する。
「あー、ハイハイ。こっちでも確認しました……ありゃまぁ見たことある顔ばっかり並べちゃって」
などと毒づくも、
「とにもかくにも毎度あり。お振込みはいつもの口座にお願いしますね」
一も二もなく依頼を受注し、立ち上がる。
オフィス兼家族にさえ告げていないプライベートルームに入って来れるような不届き者などいようはずもなく、窓ガラスは一方通行のマジックミラー。木乃伊取りが木乃伊になるという具合に監視カメラがひそかに設置されている可能性も考えられるが、そんなものを見落すようなヘマなど彼女はしないと自負している。
よって豪胆に剣ノ杜のブレザーとブラウスを一息に脱ぎ捨て、下着姿となってクローゼットへ。
同じように豪快に開け放つとそこには様々な、様々な職業になぞらえたコスチュームがしまわれている。この制服も含めて、常備させられているものばかりだ。
こと荒事となれば、気が滅入ることも多い。だからこそ、気分に合わせてそれを着分けてモチベーションを維持することが他人が考えるよりも重要だ。防御面はストロングホールダーの展開する防壁が担っているのだし。
だがその服の隙間に、それとは異なる代物もまた引っかけられていた。
リングにくくりつけられた、剣先のごとき、種々様々な異形の『鍵』。『ユニット・キー』。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な……と」
左手でその鍵をまさぐり、右手をコスチュームに這わせる。
「まぁ良いや。ざっくりと持ってっちゃえ」
その一束をざっと手でさらい、偶然止まった右手が、一着を掴んでいる。
ハンガーをつまみ上げて「まぁこれも一つの選択か」とにんまりと口端を押し広げる。
いそいそと着替え始めた矢先に、ふいに目を向けたモニターが依頼とは別に、彼女と関わり合いのある人物が捕捉されていて、ふと手を止めて眉を寄せる。
本来ならばその場所に居ないはずの人間。こんなコミュニティなど近寄りもしないどころか、認知もしていないはずの、昼行燈の青年。
「和兄……?」
奥まった路地から足早にその場を去ろうとしている彼の、クローズアップされたその表情は、いつになく剣呑さを帯びていた。




