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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第一章:ウヅキ、胎動
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(8)

 幾度とない、衝突が続いていた。

 歩夢を守護し、かつ彼女の敵を討たんとする剣は、桂騎を退けた。

 いや、そうではないことは分かっていた。

 この蛇男は、子どもにじゃれつかれているのを適当にいなしているのと同じ。どうやれば歩夢を無力化できるのか。片手間に歩夢の攻めをやり過ごしながら思案中といったところだ。


 昔ドキュメンタリーで見た豹のごとく自分に先を駆け、中空で隼のように身を切り返し、猿のように異形の長腕でもって蛍光灯の残骸にしがみつき、蜘蛛のように壁に両の手足をつけて這いずり回る。


 その時々にまったく別の種の動物になったかのような挙動は、おぞましさを超えて感心さえしたいところだ。


 だが、何より歩夢にとって驚きなのは、そんな尋常ならざる動きに追いつく自分自身にだった。


 飛び道具ではある歩夢の『剣』だが、射程とか飛距離というものは確実に存在しているらしい。見えない綱にでも引かれているかのように、剣が敵を追うたびに、彼女の身体も、ある程度の自由意志は残しつつ。知らず前のめりになっている。


 だが、それでも戦い方を知っている。いや、何かによって刷り込まれ、身体もそれに合わせてチューンナップされた。そんな気がする。


 逃げる側へ転じた桂騎は、するりと脇の教室へと身を滑り込ませた。歩夢はそれを追撃の機ではなく脱走の隙と見た。


 身を翻す。


「ばぁっ」

 その退路を、皮膚を半分ほど剥き、変色した臓器を晒した人型が妨げた。


 よく見ればそれが古ぼけた人体模型であることは明白だったが、ホラー映画でも多用されるそのインパクトは、一瞬でも歩夢の心身を硬直させるには十分だった。


 曲がり角から現れたそれは、樹脂で出来た身体を歩夢に傾けてくる。払いのける。見た目の割に軽い音がして響く。


 瞬間、逆サイド、ガラスが破砕する。散らばる欠片が、昼下がりの白日を照り返し、その中央を色形のついた風が突き破る。

 奥まった場所へと潜り込んだはずの桂騎が、外から現れた。


 横合いから突き出された足が、彼女の鳩尾を突いた。壁際まで飛ばされる。

 突起物だらけの脚部に襲われたにも関わらず、濡れたカーテン越しにそれを受けたように、痛みは鈍い。だが、重さは変わらない。呼吸さえ忘れるかのような衝撃が、遅れて歩夢を苛んだ。


「手間かけさせんなって」

 腹部でもっとも相手に苦痛を与えるようなポイントをグリグリと爪先で押しながら、蛇は言う。


「その妙ちきりんなデバイスで純化はされたみたいだが、なに、多少後味が悪くなる程度でやることに変わりはねぇ。大人しくその鍵さえ渡してくれりゃあ」


 言い切るのを待たず、横っ面に剣をぶつける。

 鋼が響く。だがそれは敵に一撃を呉れた音ではなく、蛇の頭がそれを彼方へ弾き飛ばしたためのものだった。


 ここに至って、戦闘の素人は理解する。

 相手は、場数を踏んでいる。スペックこそそれこそ自分と大差はないのかもしれないが、それでも完全な優勢に持っていけるだけに技量がある。


 加えて言えば、地の利も持っている。

 まともに前進することさえ容易に許さないこの空間で、どこをどう移動すれば良いのか、我が家のごとくその勝手を把握しきっている。


 つまり戦いにおいて今の自分と彼とでは、如何ともしがたい差の開きがあると言うわけか。


 ――なら、何も問題はない

 その程度は大したことじゃない、と自分の中で誰かが言った。


 経験を積んだ方が強い。自分の陣地で戦った方がそれをわきまえた効率の良い行動が取れる。そんなことは当然のことだ。校舎の中心に巨大な剣が突き立つより、よほど自然だ。


 だったら、自分のとるべき行動は、ひとつだ。

 一度大きく首を仰け反らせ、それから歩夢は、額を相手の眉間へと叩きつけた。


 思わぬ反撃に、軽く退く。

 その間隙に、足を振りほどいた歩夢は自身を割り込ませ、今度は自分から割り込ませた。

 肉迫する。


「おいおい、だから暴れると余計に痛いだけだべ?」


 相手に大きな動揺はない。ダメージもない。

 横面に剣が翻って叩きつけられても、難なくかわす。


 だが、初めて彼はおのれから退いた。さらに畳み掛ける。本来かわすべきところでも、あからさまな誘いであっても、まっすぐ突っ込み、罠だろうと偽撃だろうと食い破るように。


 力量は、相手の方が上。こちらの手の内をその経験に基づいて万全に対処してくる。


 だったら、その思惑からことごとく外れれば良い。


 本来ブラフにもならないような誘いにも全力で突っ込み、命や我が身惜しさに体勢を立て直すべき瞬間に、突っ込む。どこかに身を隠させる、隙を与えず。


 思うは易し、行うは難しといったところか。

 だが今の歩夢には、それを為せると不思議と思えた。過剰な自信のためではなく、客観的な展望として。


 それに、他人を嫌がらせることも、誰かの期待を裏切ることも、得意だった。


 初めは仔犬をあやすような余裕半分困惑半分といった調子の桂騎だったが、フード越しの目の色から、その余裕の部分が抜けていく。


「っ!」

 歩夢の剣が、フードの端を掠める。ここに至って、桂騎もまた明確な敵対行動に出た。


 大きくしならせた蛇が、刃の鎌首を歩夢に伸ばす。

 歩夢は、左腰のホルスターと化した翼を銃口ごと傾けた。その引き金を絞ると、光と熱の塊が、弾丸となって飛んだ。


 だが、弾の形を保ってたのは、わずかな時間だった。空中へと二発、三発。撃ち出されたそれは、円形の盾の形となって空間を埋め、蛇の突きをしのいで弾く。小さな、だが数をそろえて組み合わさったそれは、亀の甲羅や花序のように見えた。


 自らの右腕たる蛇が目論見も軌道も大きく外れて、桂騎はバランスを崩した。すかさず再び間合いを詰める。くり出した人生初渾身のストレートが、その異形の顎を捉える。直撃。いや、すんでのところで退がられ、威力を殺された。


「初陣の新兵の割に、ずいぶんとイキが良いな」

 衝撃をやり過ごした顎を大事そうに撫でさすり、桂騎が言った。鉄鎖の音を奏でながら、伸びきった蛇首が巻き戻っていく。

 その付け根を、左手で開き、中にある鍵を回して再び収める。


〈シーフ・ロブチャージ〉


 抑揚のない合成音声。金貨を重ねるような音と、蛇の唸り声が絡み合う。刃に、蛇のようにツタのように盗人の腕のように、ブラックライトのような光輝が巻きつきうねる。


 ――来る。

 肌の内外でひしひしと感じる。


 どうすれば良いかは、敵のメカの操作と、ひとりでに動く右手が教えてくれる。

 鞘の側に収まっていた鍵を、回す。


〈ライト・インファントリー・アサルトチャージ〉


 鳴らされる足音。ケェン、と甲高く謳う機械の鳥。

 錠の音ともに解放された腰の剣を抜き放つ。

 半透明『剣』はそれに呼応するように、彼女の頭上に回り込み、一本が二本、二本が四本に分裂する。


 手に抜いた剣を桂騎へ向けて傾ける。

 その動きに合わせて頭上に浮く四口の剣先もまた、前方で身構える蛇を捕捉する。


 両者が狭い場でさんざんに暴れまわった弊害か。パラパラと、天井から破片がこぼれ落ちる。

 緊迫の場にスパイスでも散らすように。


 停止していたのは、一呼吸する間さえないほど刹那の時であったことだろう。

 だが、決してわずかな油断さえ許されない、一時だった。


 桂騎は踏み込む。

 歩夢は迎え撃つ。


 そして両者の影は完全に重なってひとつのものとなった。

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