表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
88/187

(12)

 そしてパンドラの箱(クーラーボックス)の封印が切られた。

 酸欠になりかけていたレンリを救ったのは、他ならぬボックスに押し込めた歩夢である。


「生きてる?」

「おう、ちょっと元の世界の連中が俺を彼岸の彼方へ引きずりこみかけてたけどな」

「シャレになってないよ」

「いや誰のせいだよ」


 文句を言いながら箱内より這い出たレンリの目に、海浜緑地エリアの光景が飛び込んできた。

 水平線の手前には白浜。異国情緒あふれる並木。テントやsンドラの箱が開かれた。

 酸欠になりかけていたレンリを救ったのは、他ならぬボックスに押し込めた歩夢である。


 文句を言いながら箱内より這い出たレンリの目に、海浜緑地エリアの光景が飛び込んできた。

 水平線の手前には白浜。そこにはルームタイプやタープタイプなど、様々なテントが持ち込まれ、乱立し、思い思いに夏のビーチパーティーを楽しんでいる。

 かくいう自分たちのメンツの中でも、鳴などはソロでテキパキと骨組みを組み、パラソルやテントなどで日陰を確保していた。


 さすがにバーベキューなど火気類の持ち込みはご法度なようだが、それでも食欲を満たすための屋台やクッキングカーなどが出張ってきている。


 状況把握を終えたあたりで、自分たちのための環境を整えた鳴が戻ってこようとしていた。

 彼女の水着姿を視界に収めてしまいそうになり、うわっ、とレンリは反射的に両目を翼で覆った。


「なんだよ、らしくもなく目のやり場に困るってか?」

「いや、俺ショートケーキのイチゴは最後まで取っとくタイプだから」

「……周り全員女なのに、臆面もなくクソみてぇなセリフ吐けるコイツの胆力すげぇな……」


 鳴はからかうつもりだったようが、浅いんだか怖いもの知らずだかよく分からないカラスのセクハラ発言に、逆に気を抜かれたようだった。


「そうかい、じゃあ期待度薄のほうから行ってこいよ。ほら、まずはこのワン公から」

「はぁっ!? 何が哀しくてこんな珍獣に見せなきゃいけないのよっ」


 エントリーNo.1。鳴の手にとっ捕まって突き出された、南部真月。

 意外。着用しているのはタンクトップビキニ。通称タンキニだ。

 本来は白景涼に見せるため力を入れて来た、というのはあながち虚勢でもなかったらしい。

 白いレースで自らのウィークポイントを防護し、すっきりとくびれた腹や腰なり、恥じらいから所在なさげに交差させた脚なりは、魅力として押し出さんと言う心意気を感じる。

 まさしく自分の体形に真摯に向き合い、選び抜いた努力がほほえましい、攻防一体の構えである。


 そんな彼女が足早に去っていくと、その先向こう、鳴が頑張って組み立てたタープの下では、ひとりの女がさもそれが己のために築き上げられたものと言わんばかりに陣取っていた。


 エントリーNo.2。維ノ里士羽。

 むろん規則である以上この娘も水着にならざるを得ず、普段の厚っくるしい白衣を脱ぎ捨ててはいるものの、ワンピースタイプの黒い水着の上から薄手のカーディガンを打ち掛けているため、さほど印象に変化はない。

 リクライニング用のアウトドアチェアを独占して、分厚い本を読んではいる。知性的にページをたぐる所作から、海外の小説か学術論文でも読んでいるかのような雰囲気を醸してはいるが、この炎天下でそんなものを汗みずくになって読んだところで頭に入って来るわけもあるまい。

 おそらく実際は空想科学読本か怪獣大図鑑とかそんなあたりのジャンルだ。


「てか、あいつ水着とか持ってたんだな」

「持ってなかったよ。だから引っ張り出して買いに行ってやった」

「あー、女同士だとそういうこともできんのか」

「まさかお前も連れてけってのか?」


 怪訝そうな鳴の眼差しを空咳で打ち払い、次いでさらにその先、水平線の沖合で派手にしぶきをあげている巨大魚が一体。


 否、エントリーNo.3。突如として招かれた新星、出渕胡市。

「あはははははは!!」

 いっそ狂気的とも感じられるほどのけたたましい、底抜けした笑い声とともにクロールする姿は、まさに圧巻の一言に尽きるパワフルさだ。

 まとっているのは競泳水着。しかも水泳選手愛用とか、そういう類のものだろう。

 肉体を引きしめるそれはほぼ黒に近い紺を下地に、白いラインが入り、そのコントラストが、派手な泳ぎ方も相まってまるでイルカ、否獲物に今まさに食ってかからんとするシャチを連想させた。

 恵まれたプロポーションを持ちながらも色気、という観点においてはぶっち切りのワーストかもしれない。


「あっ! 鳥チャーン! 起きたんだ!」

 砂浜を走って駆け寄ってくるのは、エントリーNo.4、深潼汀。

 むしろ意外なダークホースとも言うべき絶妙な均衡のスタイル。紺青に白いストライプの入ったビキニは、ともすれば露出度においては一団で最大かもしれない。


「ほらっ、一緒に泳ご! ねっ」


 そう誘う自分自身はすでに一泳ぎしてきた後らしい。

 開放的な性分に見合わぬ、細やかな絹肌。元より頓着しない主義なのか。それとも自信の表れか。それを惜しみなく陽光に輝かせ、レンリの前で屈み込み、人懐っこい笑顔を弾けさせて手を差し伸ばす。

 その際、左右の丘がたわみつつ中央に寄せられたことはあえて語るまでもなかろう。

 己にない諸々の眩さを喰らって、歩夢は手で目を覆っていた。


「……もしガキの時分にこの距離感とスタイルの近所の姉ちゃんが居たら俺、確実に性癖歪む自信あるわ」

「今までは歪んでねーのかよ」

「むしろ安直でしょ、コイツの場合。中学生か?」


 手を戻した歩夢が棘を含ませ揶揄するところの安易な性癖にとって、ド直球ドストレートな体躯が図らずもそのレンリの視界に飛び込んできた。

 No.5。大本命、的場鳴のご来光である。

 なるほど上半身こそ黒ビキニだが、下半身はデニムパンツで、露出は汀を下回るだろう。

 だが大元の破壊力が凄まじい。

(胸すっご、腰ほっそ、尻ちっさ)

 その驚嘆を安易に口にしないだけの分別は、レンリにも存在していた。

 

「なんだかんだサービスするのは何なの、グラドル気取りなの? ソフマップなの?」

「サイズ合うの店とかウチにこういうのしかなかったんだって」

「あっ、二枚重ねしてるー! オトナー、オシャレだー!」

「いやシャレっけ……では一応あるんだけど、そもそも前提として固定しとかないとまろび出るから」

「二枚重ね……? まろび……?? ?? ??????」

「……理解の及ばない概念に直面して歩夢の脳がバグっている……」


 ではその歩夢はどうか。

 こちらもマリンボーダーのワンピースタイプ。下にはキュロットを履いている。

 普段はすさまじく適当な感じで結わえている髪も、今日は鳴か士羽あたりに弄られたのかお団子ヘアーだった。

 コメントもなくそれを見つめていると、


「へいへい、選外がトリをつとめて御見苦しうござんしたね」

 フハッ、と自嘲の呼気を漏らし、目元の闇を濃いものとする。

「卑屈だなぁ、あえて挙げなかったのは、お前がオンリーワンだからだよ」

 レンリは歩夢の足下に座り直してそう言った。


「歩夢がこうして、水着とは言えあーだこーだと選んだり、友達に髪型を整えてもらって陽の光の下に出て遊んだりする。そのこと自体が、俺にとってはかけがえのない幸福なんだ」

「……それ、あんたが勝手に思ってるだけだから」

「そう、勝手に噛みしめてるだけだ。でも、理屈抜きに、どうしようもなく嬉しいんだ」


 と自分の気持ちを率直に伝え、「意味わかんない」とのお言葉を賜り、プイとそっぽを向かれてしまう。

 回り込んで顔色を見た鳴に対しても、身をよじって頑なに表情を見せない。

 もっとも鳴はその反応自体が何がしかの興となったらしく、意味深かつ愉快げに喉を鳴らした。


 その視界から少し外れたあたりで、士羽がチェアから立ち上がってこちらを眺めているのをレンリは見た。

 歩み寄ろうともしていたらしい。だが、レンリの眼差しに気が付くとやがて、白砂を踏みにじりながらその身を返していった。


 それからして、一同は夏のレジャーらしいことを満喫することにした。

 ジャブ程度に波打ち際を走り回ったり、ビーチバレーを交代でやったり、砂にもぐらせ寝かせた身体を頼まれもしないのにグラマラスに体型へと作り替えられたり、、


「良かったな、歩夢。たとえ砂の身体でも、泡沫の夢が叶って!」


 ……スイカ割りに見立てて、不届きなカラスの脳天にゴルフクラブで割ろうとしたり、そしてそれら一切の行事をカメラアプリのファインダーに収めたり。

 無理やりに引き立てられた士羽や消極的にだが参加する歩夢を除けば、皆それなりにこの一夏分の娯楽を満喫したと言えるだろう。


 掘っ立て小屋風のレストランでやや早めの昼食を取ることになり、動き回った身体は塩分を欲するらしく、ソース焼きそばやラーメンなどを暑さに構わず注文した。


「そう言えば」

 せっかくなのでロケーションを重んじてココナッツジュースを注文した歩夢は、

「わたしは割とどうでも良いんだけど」

「なになに?」

 歩夢から皆に語り掛ける希少なパターン。それを逃すまいと言わんばかりに、目を輝かせて汀が身を乗り出した。眼前へ向けて押し出された谷間に対しわずかに鬱陶しそうに距離を取った後、椰子の実に貫通させたストローを噛みつつ歩夢は続けた。


「例のあれ、澤城ナントカのことはどうでも良いの?」


 あ、と。

 汀を中心とする一、二名かが、間の抜けた呼気を漏らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ