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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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(11)

 やはりというかなんというか。バスを使わずとも考えは皆同じなようで、行きの道路もまた込み入っていた。

 だがそれでも、エアコンの強度よりも四人の体温のほうが上回るような花見のオンボロカーが一般車を出し抜いて校舎入りに先んじることができたのは、士羽が最新の交通情報とそれ以降のシミュレーターを搭載した自作のアプリをもとに、ナビゲートしていたからに他ならない。


 かくして城壁のような壁を通過し、海岸線沿いにしばらく走っていると、ようやくにして施設らしい、コバルトブルーの巨大な筺体の群れが見えて来た。


「あぁ、やっとついた」

 もはやエアコンが機能していないので窓を全開にし、そこから身を乗り出しながら歩夢は呟いた。

「いや」

 それを聞いて花見は声を濁した。


「もう、着いている」

 ――は? と歩夢は問い返した。言っている意味がわからなかった。

「だから、あの『城壁』からこっち、全部が南洋分校なんだよ」

 保険医は捨て鉢気味にそう続けた。


 なんの冗談かと思った。

 守衛に対しての簡易的な手続きの後、門をくぐって後には野球場があった。野外ライブ会場があり、海水浴場があり、そこに連なる屋外プールがあり、フードコートがあり地産地消の土産物市(マルシェ)があった。

 そしてそれらを、今歩夢たちが走行している幅広の車道が繋いでいて、バスやスクーターが行き交っている。


 それらが全て、学校の設備、サービスだと?


「噂にゃ聞いてたが……こりゃどっちが本校か分かんねーな」

 さしもの鳴も驚き呆れ、額に浮かべるのが冷汗じみたものに転じつつあった。


 その後も

「うわっ、観覧車あるよ観覧車」

 だの、

「何のために学校行くんだよ……」

 だの、

「元々巌ノ王京校長の私兵や工作員を養成するために設立されたとか、海外のスパイの隠れ蓑のための施設とか、信憑性はともかく黒い噂の絶えない学校です。陽気に当てられて油断しないように」

 などと口々に言い合いつつも、何事もなく集合場所に到着した。


 駐車場も既にして満杯で、仕方なくロータリーに荷物と歩夢たちを置いてから、花見はさっさと走り去っていった。


「おーい! 博士ー! メイセンパーイ! 足利サーン! あと鳥チャーン!」


 そんな彼らの姿を認めるや、大声を放って駆け寄ってくる影あり。

 最初は小豆ほどのサイズだったその影が、みるみる間に距離を詰めて、ノースリーブのパーカーから伸びた健康的な腕をブンブン振る深潼汀としての輪郭を得ていくところで、


「やばい」

 と歩夢は独りごちた

「どーしたよ」

 箱詰めにされていたためか、念入りに屈伸している鳴がその意を尋ねる。


「あの暑っ苦しくて晴れがましいツラにそのままのスピードでカウンターアタック突っ込ませたら、さぞや気持ちいいだろうなって思っちゃった」

「……その罪深い魂が浄化される教会でも併設されていると良いですね」


 頼まれもしないのに答えたのは士羽であった。

 当然後先の面倒さが上回るので実行には移さず、汀は士羽に抱きつこうとしてかわされ、代わりそれよりも遥かに小柄なレンリの胸に顔を埋めた。


「これはこれで」とでも言いたげなまんざらな汀と、心なしか嬉しそうに目元を綻ばせるレンリ。

 なんとなくイラッとして歩夢は爪先で軽く汀の脇腹を小突いた。


「へへへっ、どーよウチの学校? 中々珍しいだろ?」

「多分唯一無二よ、こんなバカげた校内」


 跳ね起きた汀に応えたのは、歩夢たちではなく、その汀の背後から現れた二人組のうち、一人であった。憶えのある、向こうっ気の強そうな雌犬である。


「あっ、座敷犬(ポメラニアン)先輩じゃん。ちっすちっす」

「……出だしっから口も態度も愛想も性格も悪いわね、足利歩夢」


 その上級生、南部真月は、夏の陽気の下には見合わぬ陰気な目で睨み据えた。


「違いますー! アネさんはポメラニアンじゃなくてマルチーズですー!」

「どっちも違わぁっ!」


 本気とも冗談ともつかない差し出口を挟んだのは、真月や歩夢よりも二頭身ほど上の、大柄な女だった。


 伸び上がった体躯に「ん?」と眉をひそめたのは、鳴だった。


「お前……長距離の出渕胡市か?」

「おぉっ、そういうアナタは的場のパイセン! そうです、ワタシが剣ノ杜のコリン・スミスこと出渕胡市です!」

「ゴールできねぇだろ、それ」


 鳴が珍しく体育会系ネットワークを披露したところで、歩夢は当然の疑問に行き着く。


「ところであんたら、なんでいるの?」

 彼女らの反応から察するに、偶然ということはありえない。つまりは汀と一緒にここで待ち受けていたということになる。


「こんな広い場所で、人探し。当然増援を呼んで然るべきでしょう」

 その問いに答えたのは、背後から進み出た士羽だった。

 しかしその彼女にしても、不服そうな顔を見せている。


「もっとも本来なら、白景涼を呼んだはずなんですけどね」

「……いくら借りがあるって言っても、こんな雑事に先輩を呼べるわけないでしょ」


 真月は非難の眼差しを正面から受け止めた。

 本当なら『旧北棟』の貸し借りは互いにかけた迷惑を差し引いてとうに清算されているはずなのだが、いちいちそれを持ち出すあたりが士羽らしい。

 そもそも、その場にいずにモニタールームや保健室に引きこもっていた女に、何の貸し付けができるというのか。


 もっとも、ここでその議論をしたところで無益なので、歩夢は黙っていた。鳴は士羽に代わり、申し訳なさそうに潔く頭を下げた。


「……悪いな、こんな場所まで」

「……別に。そもそもそんな貸し作らせたのがあたしだし。その罪がチャラになったなんて思ってないし」

「そうですよ! 気にしないでください!」

 などと、懐の広さを見せた。


「でもボスってばホントは来てるんですけどねぇ! 道中熱中症で倒れて医務室送りです!」

「そりゃあんなカッコで来ればああなるよな」

「ねー」

「ちょっ……言わないでよあんたら!?」


 ……と思いきや、汀と胡市の会話から汲み取るに、単に涼の名誉のためにカッコつけていただけらしい。


「すげぇな、今のやりとりだけで何考えてどんな服装で来たのか大体察しついちまった」

「理解も納得もできませんがね」

「バカなの、あのオッサン」

「先輩はバカでもオッサンでもない!!」


 士羽がさらに進み出る。このまま複数人で立ち止まっていれば、通交の障りとなるでも言いたそうに視線を送りつつ。


 それに従い、ぞろぞろと汀を主軸とした集団も移動を始めた。

 今日に限っては認証システムがパスされているらしいメインゲートを潜ると、まるで一港湾都市のようであり、それを題材としたテーマパークのようだった。


 規則正しく敷き詰められた石畳の上に、多種多様なテナントが立ち並び、物品や食料が売り買いされている。その資格情報の多さに、歩夢でさえ心動かされそうだった。


「じゃ、こっから海浜エリアに向かうからついてきて!」

 と、意気揚々と汀が士羽に代わって先導を始めた。


「でも残念だったな、真月」

「……何がよ」

 おもむろに自分が狙っていたカラスに声をかけられて、真月は心なしか不機嫌そう、というか負い目を拭い切れていない様子だ。


「涼とデート出来なくて」

「なっ……」

「そーなんですよ聞いてくださいなトリさん! そこはかとなくウキウキしつつめっちゃ気合い入れてこの服とか水着とか選んだのに、いざ集合してみれば例の暑っ苦しいコート姿着てたボスを見た時のあのガッカリ感たるや、そんでそのままブッ倒れたボスを見た時の何とも言えない哀しみと憐れみとほんのちょっぴりの侮蔑の眼差しと言ったら! クロートさんならご飯三倍デス!」

「あんたちょっとは黙ってなさいっ!」


 なるほど、義理人情の問題のみでなくそういう下心もあったわけだ。

 予想しなかった即席コンビに辟易しつつも、そこにいない当人を想い、真月は大義そうに息を吐く。


「……まぁしょうがないっていうか、ほんとに北棟のこと以外にはまるで頭の回らないダメな(ヒト)だけど、そこが彼を白景涼たらしめるっていうか……その、でもたしかにちょっと残念ではあるんだけど、全部カタつけなきゃきっと楽しめないヒトなんだからどうしようもないよね、うん」


 犬の耳にも似たツインテールをいじいじと指に絡ませて、うなじまで血を登らせて、真月は口ごもる。


「あっ、この店鬼滅とコラボってます!」

「冨岡さん、真顔でアロハシャツ着てるよ」

「聞きなさいよあんた達!? ……いややっぱ聞かなくて良いっ!」


 まぁその時には、レンリも胡市も興味が別に行っていたわけだが。

 歩夢はそんな彼らの脇をすり抜けて、そのグッズショップであるものを購った。




 そして、更衣の瞬間である。

 海浜エリアは水着のみでの入場可という頭のおかしいルールに則って、歩夢も水着に着替えることになった。


 只今より、鳴、士羽、そして新たに加わった胡市辺りから文字通り、虚飾なしの物量差。もって生まれた天性の肉質が、丸裸となった己に襲いかかることは歩夢には容易に想像がついた。


 だが足利歩夢。すでに覚悟の上に立っている。

 あとは暴風が去るのを待つがごとく、耳目を塞ぎ心を閉ざして祈るのみだ。


「……何持ってんだ、お前」

 先に着替えにかかっていた暴風源が一角、的場鳴がシャツを捲り上げた手をパタリと止めて、更衣室に侵入してきた歩夢を見た。


 その間隙から覗く武器の圧迫感たるや。

 一刻も早く、拷問にも似たこの瞬間を終わらせたい歩夢としては、その問いに律儀に応えるよりほか選択肢はない。


 彼女の視線の先、歩夢が小脇に抱えているのは、古式ゆかしいタイプの宝箱だった。厳密に言えば、それを模したクーラーボックスだった。それに二重ロック式の施錠をしたうえで、結束バンドで硬く封をしている。


「レンリ」

 歩夢はその梱包容器ではなく、内容物を答えた。

 どうせこの色欲の権化はその矮小さと愛嬌を悪用して覗き見を敢行するに相違あるまい。

 なので先手を打って、道中のショップで買ったそれに色魔を封じたのだ。どのみちペット持ち込みも禁じられているので、こうするよりほか、レンリが海浜エリアを通過する方法はあるまい。


「……そうまでして持ち込む理由はなんだよ」

 一石二鳥の妙案だと思っていたが、鳴の受けは悪い。

「深潼に男子側から持ち込ませれば良いだろ」

 なるほどその指摘はもっともだった。基本的に他人に頼み事をしない歩夢の認識からは、抜け落ちていたアイデアだった。



「え? オレがなんだって?」



 背後から声がした。

 顧みれば女子更衣室に、ごく平然と深潼汀は入室している。


「…………おい」

 歩夢の声は、底値を記録した。

「なにフツーに入ってきてんだ」

 鳴にとっても、まさかカラス以上の胆力を持つ痴漢がいるとは思いもよらなかったのだろう。らしくもない緊張と動揺が、問いの端々に滲んでいる。


 だが、ほかに騒ぐ者はいない。

 一般利用者も、周りのメンバーも。

 むしろ、こちらの正気を問うがごとく、

(なに言ってんだこいつら)

 とでも言いたげな視線を脇目より送ってきている。


「いや、なんでって……着替えるためだけど」

 汀の声にいやらしいような響きはない。ごく当たり前のように、接していた。


 ――ごく、当たり前……

 そこにおいて。

 未使用のコインロッカーに荷物を投げ込み、パーカーとTシャツを勢いよく脱ぎ捨てた汀の上体を目撃した時点において。

 ……そこから現れたライトブルーのブラジャーと、その内に押し込まれた――珍妙な箱を抱えてO脚気味に棒立ちになった歩夢よりも――明瞭に分かる胸の盛り上がりを目の当たりにした瞬間。


 歩夢と鳴は、自分たちの今日に至るまでの思い違いのようやく悟ったのだった。


「あれっ? ひょっとしてオレって男子だと思われてたの」

 キョトンと目を丸くして問い返す汀は、みずからのアンダーバストのあたりをまさぐりながら小首を傾げた。


「オレ、多分足利サンとかマッキー先輩よりスタイル良いと思うけど」

(やっぱコイツあの時殴っとけば良かった)

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