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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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(10)

 そして、当日に至った。

 例のごとく別々の時間帯に家を出た歩夢、レンリペアと士羽、そして鳴は、それぞれ現地の最寄り駅に集合となった。


「すごいな、これ全部南洋のサマフェス目当てなのか?」

「校長やらかしたのに?」

 そこはすでに大層な賑わいになっていて、若者層を中心とする文字通りの人海をかき分け、地下鉄から地上に出て、目印のスターバックスの前に至る。

 すでにその店先で鳴が待っているのが見えた。

 猛暑に加え、この人間の密度による温度上昇のためか。露出それ自体は控えめだがいつになくシャツの生地が薄く肉感的だ。

 本人が意図しているかはともかくとして、フリーで立っているのだから衆目を集めていることは確かだった。


「あれ……絶対わたしら来る前に声かけられてるよねー……」

「かもなぁ」

「『三十分でいくら? 諭吉何枚でどこまでしてくれんの?』とか」

「……それ、本人が聞いたら殺しにかかるぞ」

 そんな鳴だったが、現れた歩夢の顔色を認めるなり、軽く目を見開いた。

「おい、大丈夫かよ」

「ヒトゴミ……」

「にひどく酔ったっぽくてな。ついさっきまで益体もないこと言って気を紛らしてたし」

「『あいつ絶対ナンパされてるぞ』『いや、ウリだと勘違いされたんじゃないのか』とか?」

「すごいな鳴、なんでわかった」

「まぁお前らだしな」


 歩夢は青白くグロッキーな面持ちで、覆われた手の裏からシャレにならないレベルの震える呼気を発する。


「で、どうすんだよコレ。本当に学校まで行けんのか、これ」

「飴舐めるか、あんたのおっぱい痕が残るぐらいビンタすれば持ち直すと思う」

「なるほど、すでに正気かどうかさえ怪しいと」

「じゃあ俺が代わりにやろうか?」

「先行カウンターでそのクチバシ叩き折られる覚悟は良いかクソ鳥……しゃーねぇ、士羽が来るまで店入って休むか?」

「無理」

「なんで」

「スタバって海外渡航経験者か、MacPC小脇に挟んでないと泥水ぶっかけられて出禁にされるんでしょ」

「陰キャの構築する世界観はすげぇなぁ」


 ボケの連続投球を鳴が迅速かつ的確に打ち返している間に、歩夢も鳴持参ののど飴を口に押し込まれ群衆に慣れたことで持ち直し、そして士羽もやってきた。


「っし、なんだかんだ揃ったところで、カチコミに行きますか」

「でも、こっからどうやって?」

「直通のシャトルバス出てたろ」


 と、事前に予習をしていたらしい鳴だったが、その表情は向かいに臨時的に設置された停留所を目の当たりにした瞬間からげんなりとしたものに変わる。


 そこはすでに長蛇の列となっていて、どう見ても一時間以上の待ちが必要になり、そもそも近寄ることが出来るかさえ怪しい密度だ。


「そうだと思ったので、代わりの車を用意しました」

 と、予定調和のごとく士羽が他の二人一羽に先んじて歩を進め始めた。

「お前、日本の運転免許なんて持ってたか?」

 追いすがるレンリはどこか怪訝そうだったが、

「持ってませんし、書き換えもしてませんよ。だから代わりに保険医の花見をこの先に待たせています」

「二重スパイとはいえ体よく使ってんなぁ……」


 鳴は呆れながらぼやいた。休日返上で学校行事に駆り出される教職員の悲哀を痛感する一行だった。


 果たして士羽の案内どおり、少し外れたあたりの路上に、花見大悟がいた。

 さすがに一応のプライベートに白衣は着ておらず、代わりに同系統のジャケットを着てはいた。


 ――しかし、問題はそこではなかった。


「なっ……!?」

 車を見た瞬間、レンリは断片的な呼気とともに絶句した。


 丸みを帯びた、前時代的なボディ。

 男性的なイメージとは遠くかけ離れたクリーム色。

 この人数を押し込むのが精いっぱいという座席は、『ひろびろ快適』だとかのうたい文句で売り出していた時代よりもだいぶ前のタイプだと証明していた。

 しかしレトロカーが趣味というわけではなく、ただただ車そのものに興味がない、乗って動かせればそれで良い、といった様子なのは、だいぶガタついたままの整備状況からも明らかだ。


(馬鹿な、こいつ確か三十手前だったよな!? 結婚してガキがいてもおかしくない年齢の男が、中古の軽!? アラサーの乗用車か、これが……っ? 彼女とのドライブデートとかどうするんだよ!? 俺が女だったらコイツに乗せられると理解した瞬間Uターンするぞ!)


 しかし士羽は何も言わない。何か言いたげではあったが、さすがに脚代わりを頼んでおいて苦言を入れない程度の分別はあったようだ。


「なんか、ノスタルジックっすね……」

「メルカリで十六万で買えた」

「へー」

(しかも安さ自慢!?)

 感嘆を流しこそすれ、鳴の目から光がうっすらと抜け落ちていた。


 歩夢はそもそもクルマ自体に興味がない。それこそこの花見大悟と同じ嗜好性の持ち主ではあろう。小学生が市民プールに行くような格好と手荷物で、例のごとく「ぷぴー」と気の抜けた表情をしているが、「窮屈そうだな」ぐらいは考えているかもしれない。


 レンリとて、そこは斟酌しなければならない。

 今この感情は、非難ではない。嘲笑ではない。

 人生を投げ捨てているがごとき車のチョイスに、本気で彼の将来を案じているのだ。

 だが、あえて言葉にする必要がどこにある。


(良いじゃないか、三十路の男が軽自動車に乗っても。犯罪なわけがない。笑われる要素がどこにあるというんだ。それぞれの人生じゃないか。そして価値観も時とともに変わりゆくんだ。いつかこの屈折した独身男に彼女が出来た時、素敵なワゴン車とかキャンピングカーで、爽やかにアウトドア生活を送るかもしれないじゃないか)


 ゆえにレンリはあえて何も言わない。

 代わり、自身を叱咤し笑顔を貼り付けて、ぎしぎしと羽で無理やりにサムズアップを作ってみせた。


「い……いいシュミっすね!!」

「鳥、一番態度に出てたから、お前の座席はボンネットだ」

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