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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
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(7)

「学校で」

「行方不明」


 鳴が言葉を発し、レンリがそれを継ぐ。

 その連携が妙に気に食わなくて、肘鉄をカラスの頭頂に突きおろし、


「それって、剣ノ杜(ウチ)で?」

 むぎゅと潰れたそれを上から会話に参加する。

「うんにゃ、南洋(ウチ)で」

 かぶりを大仰なほどに振って答えた汀が言うには、こうだ。


 先にも伝えた通り、巌ノ王京なる分校長が話の流れとか衝撃の事実とか来るべき本校への介入だとかまるで無関係のところでワニと戦い重傷を負って後、南洋分校内ではその不在の隙を突いて新興勢力が台頭。キーやホールダーがらみの利権や力を巡って内部抗争が勃発して日々その勢力図を塗り替えていた。


 その事態を憂慮した自称自警団、深潼汀と澤城灘は、各勢力の鎮圧に乗り出したのだが、その戦いの最中に、例の灘という少年が姿を消した。

 

 もちろん汀としては学内外を問わず方々を捜しまわった。が、どこにも姿が見えない。

 ヘタをすると本校以上の設備システムを導入した分校においては、生徒の入退をも記録、管理がされているらしいが、その下校の記録さえもないままに、一週間、二週間と経過していた。


 唯一の目撃情報によれば、ふらふらと、どこかに誘われるように建物の影に入っていったらしいが、その後の消息は具体的なポイントや移動先などはまるで見当もつかなかったという。


「……その後もオレはあいつの行き先を探していた。でも一向に見つからないばかりか、ああいう手合いに襲われる始末だ」

 汀はお手上げとばかりに両手を軽く持ち上げ、その姿勢のままベッドへと仰向けにダイブした。

「襲われる心当たりは」

 まるで気のない町医者のごとき、平坦でなおざりな士羽の問いに、汀は続けて答える。


「ない! ……って言いたいトコなんだけど、正直怨みは買ってるだろうしなぁ。一応あいつらにも聞いてみたんだけど、金で雇われただけみたいだし」

 そう言いかけた時、ふと思いついたことでもあるのか、秒ごとにせわしなく動いていた汀の四肢が、ぱたりと力なく垂れた。


「……ひとつ、有力な心当たりがあった」

「それは?」


 士羽が再度問う。いい加減に冷えてきただろうと、冷蔵庫よりカルピスを取り出した。まだ冷えが甘いとは感じるが、それでも渇きを癒すには足る。


「あいつが消えた後、入れ替わるようにひとりの男が現れた。おそらくは本校を入れても有数のホールダーユーザーの灘が消えて、均衡が崩れたせいなんだろうな。そいつはまたたく間に学園内に一大勢力を築いた。オレも一度だけ出くわしたことがある」

「そいつの名は?」


 さすがに未知の敵、それも鍵とホールダーを悪用する相手ともなれば、さすがに無視は出来かねるらしい。

 いくばくかは興が乗ったような調子で、士羽が尋ねる。

 剣呑なその様子に当てられてか、汀の真剣味も増していく。


 だが何を思ったのか、クピクピと飲っていた歩夢のカルピスを横合いから奪い、それで唇を湿らせた。

 そして腹を括って飛び降りるかのごとく、汀はその人物の名を告げた。


「そいつの名前は、スペクターN!!」


 ……入道雲が、割れた窓から緩やかに流れていくのが見えた。

 この一、二分間は空気を読んだかの如く静まりかえっていたアブラゼミが、再びの合唱を始める。


「いや、ふざけたマスクをつけてたから顔とか分かんなかったけどさ、灘を追っていたオレの前に姿を見せたんだよ。クセの強いボイチェン仕込んでてマジで半分ぐらいしか聞き取れなかったんだけど、『お前を対等に戦うために僕は生まれ変わった』だの『澤城灘は死んだ。だが生きてもいる』だのふざけたこと言って消えちゃってさあ。多分、外のヒゲもそいつに雇われたんだと思うんだけど……くそッ、いったい何者なんだ……スペクターN!」


 握る拳を固めて憤る汀。対する三人は、クーラーなど不要なほどに冷ややかな反応を見せていた。

 一度は彼の方角を向きかけてきた士羽などは、完全に興味が失せたように機材のお相手に戻っていった。


「放っといていいんじゃない?」

「なんてヒドイこと言うんだ!?」


 あからさまなオチを察して適当な調子で締めくくろうとした歩夢に掴みかかって汀は揺さぶる。

 殴り返そうかと思った矢先、転身してカラスを抱きすくめる。それを邪険に取り払うと今度は鳴の胸に顔を埋めんとして難なく回避され、今度は士羽に再度猛接近する。


「なぁ頼むよ博士! 『委員会』はいつもみたくチガイホーケン云々カンヌンって取り合ってくれないし、特に副委員長は南洋の名前出した瞬間めっちゃ嫌な顔して門前払い食らわせてくるし、もう博士たちしか灘のこと捜せそうなヤツいないんだよ〜!」


 だが生憎にも、抱えて胸板に押しつけているその石頭は、極めつきだ。一度拒んだら徹底的に関わりを断つのが、この維ノ里士羽という女で……


「良いですよ」


 という、女、で……


「ってふざけんな」

 歩夢の罵声をそれこそ完全に無視して、博士は心の読みにくい表情のままに、汀に諾意を示した。


「えっマジで!? いやー、試しに言ってみるもんだな」

「ダメ元だったのかよ」


 突っ込む鳴は冷ややかだが理性的に、さらに疑問点を挙げた。


「でもさっき言ってたけど、警備どうするんだよ。本校の生徒ったって学園自体に簡単に入れないって聞いたことあるぞ」

「夏休み中にオープンキャンパスだかなんだかがあるでしょう。一部施設が一般開放されてるから、そこを足がかりにスペクターNだか澤城だかを探れば良いでしょう」

「おう、サマフェスな! オレもそれが楽しみで入学したんだけど……そうだよ! 良ければゴタゴタ抜きにしても遊びに来てくれよ!」


 説明に最中にすでに決意していて、構想を巡らせていたのか。あるいは即興なのか。すぐに作戦案を提示してくる士羽に、自分から持ちかけてきた問題そっちのけで遊びに誘ってくる汀。その温度差に苦い顔を隠さず、鳴はため息を吐いた。


「にしたって、あたしら休日返上かよ」

 その苦言はもっともだが、そんな事情に斟酌できるような女なら、もっと円満な人間関係を築いて順風なスクールライフを送っていたことだろう。


「どうせ、大した予定などないでしょうに」

 そんな歩夢の見立て通り、まるでそんなことなどお構いなしに、多少の人情があれば言えないことを容易に吐き捨てる。


「そうでもないよ。パリピごと世界を滅ぼす予定が入ってる」

「…………いやいや、冗談でもそういうことを言うなよ!?」


 軽く小粋なジョークのつもりだったが、レンリに声を大にして叱られた。

 自分でもその声量に驚いたかのように、カラスはつぶらな碧眼を大きくさせつつ俯きがちになった。


「で、そういうあんたはいつものように快適な部屋で引きこもりってわけ」


 そのレンリは気にはかかるがひとまず置いておいて、皮肉な調子で士羽に畳みかける。

 だが返って来たのは、意外な言葉だった。


「あいにくと私も夏休みを堪能したい気分でね。一緒に行きますよ」

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